AIでは「お前がそこまで言うなら……」は引き出せない 昭和的“非論理”セールスの極意

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2025年08月12日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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AIには引き出せない言葉がある

 「なぜAI時代になっても、昭和的なトークが通じるんだろう……」


【画像】あくまでソフトタッチで働きかけよう


 最先端のAI技術が普及し、非効率的なやり方が次々と淘汰されている。ChatGPTが瞬時に完璧に近い提案書を作成する時代だ。それなのに現場では相変わらず、論理的とはいえない不思議なコミュニケーションで契約を取ってくる営業がいる。


 そこで今回は、AIには引き出せない2つの「不思議な言葉」について解説する。AI時代のコミュニケーションに悩んでいる人は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。


●AI時代に通用する2つの「不思議な言葉」とは


 私がコンサルティングの現場で発見した不思議な言葉。それは、


 「せっかくだから」


 「そこまで言うなら」


 この2つである。


 「せっかくだから、いただこうか」


 「そこまで言うなら、1つ頼むよ」


 営業が提案した後、顧客がその気になるケースだ。断れなくなった瞬間の言葉ともいえる。


 ある若手営業の話をしよう。彼は理路整然とした提案活動をしていた。データに基づき、ロジカルに商品の優位性を説明する。しかし、その話し方では思うように結果が出なかった。


 ところが、上司から「この2つの言葉を引き出すよう話してみなさい」とアドバイスを受け、試してみると、本当に仕事が取れるようになったのだ。


 なぜこんなことが起きるのか?


●顧客が購入する「本当の理由」


 私がコンサルティングで困ることがある。クライアント企業の営業が「顧客が商品を購入する理由」を正しく捉えていないことだ。


 多くの営業はこう思い込んでいる。


 「お客さまのニーズに合った提案をすれば、必ず売れる」


 売れなければニーズを捉えていないか、商品が合っていないかのどちらかだと考える。顧客をどのように「感化」させるかという発想がないのだ。


 非論理的だと言われようが、これが現実である。顧客は営業から熱心に情報提供されることで、「せっかくだから」と労力を買ってくれることがある。営業の押しの強さや情熱に負けて「そこまで言うなら」と白旗を上げることもある。


 もちろん、全く興味がない場合や、不要であれば購入を決めない。ところが、


 「購入してもいいが、もう少し考えてからにしたい」


 「他の商品も検討してみたい」


 これぐらいの迷いであれば「熱意」を見せることで、決断する顧客もいるのだ。


 「すみません。強引に売り込んでしまったようで」


 「いいよいいよ。実は前から欲しかったんだ」


●「熱意」に負けてしまう人間心理


 営業の熱意に負けてしまい、決断してしまう人がいる。以下の「自燃人」「可燃人」「不燃人」で分類すると、まさに「可燃人」だ。


・自燃人:すぐ火がつくタイプ


・可燃人:火をつけようとすればつくタイプ


・不燃人:どんなに働きかけても火がつかないタイプ


 一般的には大多数が可燃人だ。いくら働きかけても、そう簡単に火はつかない。理屈に合っていても、すぐには「その気」にならないのだ。意思決定するにも自分のペースがあるので、「相手から言われたからといって」自分の判断を変えることなんてしたくないのである(繰り返しになるが、理屈が通っていることが前提である。顧客にとって不要なものを、熱意だけで売ろうとしてはいけない)。


 ある法人営業の事例を紹介しよう。


 IT企業の営業が、製造業の企業に基幹システムの刷新を提案していた。顧客の反応はこうだった。


 「導入する気はあるけど、他にも優先すべき課題がある」


 「他社も検討してから決めたい」


 これが典型的な「判断しかねる」状態である。可燃人である顧客は、そもそも理由もなく先送りする。決め手に欠けるとか、他に優先すべき課題があるからなどと“言い訳”をして決断しない。


 これを「決断回避の法則」と呼ぶ。決断しないことを決断するということだ。


●なぜ「決断回避」が起こるのか


 人間には現状維持バイアスがある。変化を嫌う心理だ。とくに「可燃人」は顕著に出る。


 「現行のシステムを変えるべきだとは思うが、今のままでも何とかなっているしなあ」 「他部署との調整も面倒だしなあ」


 こんな思いが頭をよぎる。何か明確な理由があって決断していないわけではない。だから論理的な説明をしても響かないのだ。


 そういう可燃人の顧客には、何度も接触し、押したり引いたりを繰り返す。決して「圧」をかけてはいけない。ソフトタッチで回数を重ねよう。


 「先週もお伝えしましたが、競合他社は既に導入を始めています」


 「今回は無理にとは言いません。ただ、御社の将来を考えると……」


 このような働きかけを続ける。ソフトタッチで働きかければ、顧客も以下のようにソフトタッチで断われる。


 「そんな風に焦らせないでよ」


 「こっちも、いろいろと調整しなくちゃいけないんだから」


 万が一、次のようにヘビータッチで言い返したら関係はかなり悪化するだろう。


 「去年の12月には、そろそろ決めたいと仰っていましたよね?」


 「何を調整することがあるんですか? もう半年以上たちますよ?」


 今日のところは断られたっていいのだ。相手は自分のペースで判断したい可燃人だから、粘り強く、次のように働きかけよう。


 「またデータが悪化しているようですね。そろそろシステム導入を本格的に検討されたほうがいいかもしれません」


 「こちらの会社の成功事例をお持ちしました。ここまで成果が出ているようです……」


 すると、ある日突然、


 「せっかくだから、詳しい提案書を見せてもらおうか」


 「そこまで言うなら、一度社内で検討してみるよ」


 と言ってくれる。ようやく重い腰を上げてくれるのだ。営業からすると「ようやくか」と思うだろうが、人間なんてそんなものだ。だから営業には「粘り強さ」「執念」のようなものが大事なのである。


●組織マネジメントでも同じ現象が起きる


 興味深いことに、この現象は営業だけでなく組織においても同じだ。なかなか言うことを聞かない部下でも、


 「課長がそこまで言うならやります」


 という部下はいる。同じ原理である。


 ある製造業の課長の話だ。新しい品質管理システムの導入を部下に説明したが、反応は冷ややかだった。


 「今のやり方で問題ありません」


 「新しいシステムを覚える時間がもったいない」


 典型的な可燃人の反応である。しかし課長は諦めなかった。なぜなら、そのシステムを活用したほうが生産性がアップすることが明らかだったからだ。毎週の会議でも必ず触れ、個別面談でも話題にした。あくまでソフトタッチで、


 「君たちの負担を減らしたいんだ」


 「これで残業が月10時間は減るはずだ」


 このように言い続けることで、3カ月後、ついに部下たちが折れた。


 「課長がそこまで言うなら、試してみます」


 「せっかくだから、やりますか……」


 上司にとって、火がつくのに少し時間がかかるタイプは厄介だ。しかしいったん火がつくと、その行動はずっと続く。


●AI時代だからこそ「人間らしさ」が武器になる


 AI時代になり、完璧な提案書は誰でも作れるようになった。データ分析も瞬時にできる。論理的な説明も得意だ。


 しかしAIには「せっかくだから」を引き出せない。「そこまで言うなら」と言わせることもできない。なぜか?


 それは人間にしかない「熱意」や「情熱」が必要だからだ。人間の心に火をつけるのは、やはり人間だからである。


 顧客のニーズを研究し、商品開発や提案スキルを磨くことは基本だ。それが前提であり、妥協することなくやり続けるべきだろう。しかし大抵の場合は、それだけでは不十分だ。相手は人間であり、コンピュータではないからだ。


 営業も組織マネジメントも、結局は人と人との関わりだ。相手の心に火をつけることができるかどうかが成否を分ける。


 「せっかくだから」


 「そこまで言うなら」


 この2つの言葉を引き出せる人こそ、AI時代を生き残ると私は思う。営業だけではない。論理と感情、データと人間味。そのバランスが今後ますます重要になるだろう。


 昭和的と揶揄(やゆ)されるかもしれない。だが人間の心理は、そう簡単に変わらない。AIが進化すればするほど、人間らしい営業活動やマネジメントの価値は高まるのだ。


著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)


企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。



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