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慶應義塾大学や早稲田大学に所属する研究者らが発表した論文「Heterogeneous associations of retirement with health and behaviors: A longitudinal study in 35 countries」は、退職が健康に与える影響を調査した研究報告だ。
世界中で高齢化が進む中、多くの先進国が年金支給開始年齢を引き上げ、人々の退職時期を遅らせようとしている。しかし、退職が健康にどのような影響を与えるのかについては、研究によって結果がまちまちで、明確な答えが出ていなかった。
この研究では、退職が人々の健康にどう影響するかを調べるため、米国の健康退職調査(HRS)とその姉妹調査のデータを統合し、35カ国における50〜70歳の10万6927人(50.5%が男性)を平均6.7年間追跡調査した。
研究では、各国の年金支給開始年齢を操作変数として用い、退職の内生性バイアス(健康状態が退職決定に影響する逆因果関係)を排除し、できるだけ退職そのものが健康に与える影響を分析した。
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分析の結果、退職は全体的に見て健康に良い影響を与えることが分かった。認知機能は向上し、日常生活を自立して行える確率が上昇し、自分で健康だと感じる主観的健康評価も改善した。また運動不足が解消される傾向を確認した。
特に注目すべきは男女の違いだ。自分で感じる健康状態については、男女とも退職後に改善が見られたが、女性の改善度は男性の約2倍だった。さらに女性は、記憶力などの認知機能が向上し、入浴や買い物、金銭管理といった日常生活動作を自立して行える確率がより多く上昇。健康習慣も改善し、運動不足の人の割合が減少し、喫煙者の割合も減少した。
先行研究によると、女性は退職後により社会的に活発になる傾向があり、男性よりも多くの社会活動に参加することから、身体活動の機会増加につながっている可能性がある。また、女性における喫煙の減少は、仕事上のストレスからの解放によるものと考えられる。喫煙はストレス対処行動の一つであり、女性は男性よりもストレスに対して反応的である傾向があるため、退職により喫煙の動機が失われる可能性があるという。
また、国レベルの違いは観察できなかった。地域や国の所得水準、高齢者人口の割合による退職効果の違いは見られず、35カ国全体で一貫した結果が得られた。また、学歴や退職前の仕事特性(肉体労働や裁量権の低い仕事など)による違いも認められなかった。
Source and Image Credits: Koryu Sato, Haruko Noguchi, Heterogeneous associations of retirement with health and behaviors: A longitudinal study in 35 countries, American Journal of Epidemiology, 2025;, kwaf126, https://doi.org/10.1093/aje/kwaf126
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※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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退職は健康に良い影響? 研究報告(写真:ITmedia NEWS)15
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