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中日一筋16年、左の中継ぎとして長年活躍した岡田俊哉投手(33)が今季限りで現役を引退することが6日、分かった。近日中に会見を行う。
智弁和歌山では1年夏から3季連続、4度出場し甲子園を沸かせた。09年ドラフト1位で中日へ入団。4年目の13年に1軍デビューし、自己最多の66試合に登板した。マウンド度胸を買われ、17年にはWBC日本代表にも選ばれるなど22年までに350試合投げ、チームに欠かせない存在だった。
23年春季キャンプで野球人生最大の危機に見舞われた。2月22日、北谷での楽天との練習試合で6回に登板。投球時に踏み出し、地面についた右足を滑らせ転倒。右大腿(だいたい)骨を骨折した。「なかなか折れない骨が折れた。歩けたらいい。日常生活が普通におくれるようになれば100点じゃないかって思っていた」と話していたほどの大けがだった。
24年から育成契約となり、背番号も「21」から「210」に。周囲のサポートと懸命のリハビリで今年5月1日に支配下に復帰。背番号は入団時につけていた「11」になった。支配下復帰会見では「怖さは今もあります。全然。投げられているけど、怖いのはやっぱり怖い。やっている時はたぶん抜けないと思うけど、でも、それよりも背番号2桁になりたかったし、1軍で投げたいという思いがあった。何でもやります。1軍で投げることができるのであれば」と話していた。
3年ぶり1軍復帰は5月4日広島戦(マツダスタジアム)での先発。3回1/3で負け投手となった。1軍最後となった6月19日オリックス戦では、4年ぶりに本拠地バンテリンドームで1軍戦に登板し2回1失点。竜党から大歓声を浴びた。1軍では3試合、0勝1敗、防御率8・59も2軍では13試合(先発10)4勝1敗、防御率1・90と好成績で1軍復帰へ懸命に投げ続けていた。
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プロ通算は353試合登板で19勝24敗19セーブ、防御率3・61。
◆岡田俊哉(おかだ・としや)1991年(平3)12月5日、和歌山県生まれ。智弁和歌山で甲子園に春夏4度出場。09年ドラフト1位で中日入団。4年目の13年に初登板し、同年は66試合で7勝5敗2セーブ、15ホールドをマーク。23年オフに育成契約も、今年5月に支配下復帰。17年WBC日本代表。今季推定年俸1000万円。178センチ、69キロ。左投げ左打ち。
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