「ある日、副検事が“これですか”といって一枚のレシートを差し出した」領収書つづりに紛れ込んでいたものは…ブツ読みが切り開いた決定的証拠 新井将敬 衆院議員をめぐる証券取引法違反事件の知られざる捜査秘話【平成事件史の舞台裏(26)】

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2025年09月11日 07:05  TBS NEWS DIG

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バブル崩壊の余波が色濃く社会を覆っていた1998年、一連の「総会屋事件」を契機に、金融・証券をめぐるスキャンダルが次々と噴出した。東京地検特捜部は、四大証券会社、第一勧業銀行の摘発に続き、ついにエリート官庁・大蔵省へ強制捜査のメスを入れる。

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過剰接待による大蔵省「キャリア官僚」の摘発が目前に迫る中、突如として法務・検察上層部の方針転換が下された。優先すべきは「政界ルート」――。
そこで捜査線上に浮上したのが、「平成の坂本龍馬」を自称していた衆院議員の新井将敬だった。特捜部は、大手証券会社から押収した膨大な資料の「ブツ読み」を通じ、証拠を固めていった。

しかし、新井議員は一貫して疑惑を否定し、検察との「全面対決」の姿勢を崩さなかった。
――あの時、いったい何が起きていたのか。当時の特捜検事の“肉声”や取材記録をもとに、今だからこそ明かせる捜査の舞台裏を描く。

 女性名義の「顧客カード」

1998年に起きた新井将敬 衆院議員をめぐる証券取引法違反事件。
東京地検特捜部検事の「政界ルート特命班」キャップだった粂原研二(32期)は、のちに一連の捜査を振り返ってこう回想している。

「私は、ある地方検察庁に勤務したとき、磯釣りを覚え、雪がちらつく真冬の磯の上で防寒具にくるまって夜を明かし、大物を狙って夜明け前から竿を出すなどという貴重な経験をさせてもらった」
「捜査は釣りによく似ているなあと思った。大海原に向かい、どこにいるか見ることのできない獲物を創意工夫して釣り上げる醍醐味を、若い検察官、検察事務官にも是非味わってもらいたいと思う」

まさに広い大海原にいる獲物は、不正を犯した国会議員だった。

国会議員という「国民の代表」を摘発することは、容易ではない。民意に支えられた政治家の刑事責任を問うためには、想像を絶する緻密な証拠収集と、極度の緊張を伴う捜査が求められる。

東京地検特捜部が新井将敬衆院議員の内偵に着手したのは、1997年夏のことだった。捜査の糸口をつかんだのは、SEC(証券取引等監視委員会)から復帰したばかりの特捜検事・粂原である。

総会屋事件で摘発した「野村証券」から押収した大量の証拠物を精査するため、粂原は日々「ブツ読み」に没頭していた。そのなかで、ある日、ふと一枚の「顧客カード」が目に留まった。名義は女性だった。

「捜査官の勘のようなもので、取引の金額がかなり多額だったため、引っ掛かりを感じたからだと思うが、その取引内容を調べてみようと思った」

その後まもなく、この女性が新井の親族であることが判明した。
捜査は一気に進む。さらにその親族女性の名義の口座、さらには親族の女性が代表を務める銀座の輸入品販売会社「ヴォーロ」名義の口座まで調査対象を広げた。

同社が運営する会員制クラブでは、新井を中心とした「B&B(ベスト・アンド・ブライテストから命名)の会」と称する「投資勉強会」が開かれていた。この会合にはベンチャー企業経営者のほか、総会屋事件で逮捕された日興証券のH元常務も出入りしており、「新井が株取引にのめり込んでいる」との情報も浮上した。

「仕手筋」の浮上で立件断念

粂原はまず「ヴォーロ」について徹底的に解明を進めた。
その結果、新井は1996年春ごろ、同社名義で「新日本証券」に口座を開設し、「日経225オプション先物取引」といった高度な金融商品を繰り返し売買。約2,000万円の利益を得ていたことが判明した。

だが、粂原には疑念が残ったーー

「素人にこんな高度な取引ができるのか。証券会社が裏で利益を付け替えていたのではないか」

つまり、新日本証券が新井に便宜を図っていた可能性もあると睨んだ粂原は、さらに調べを進めた。

やがて、意外な事実が見えてきた。取引にはいわゆる「仕手筋」のTが関わっていたことが判明する。Tは東京・品川区の精密部品メーカーの経営者で、兜町では名の知れた相場師だった。
「仕手筋」とは、巨額の資金を投じて株価を意図的に操作し、売り抜ける相場師のことを指す。Tは、元副総理の渡辺美智雄に「新井の面倒を見てくれ」と頼まれ、新井の取引を一任されていたのだ。渡辺は大蔵大臣時代に新井を「政務秘書官」に抜擢していた。

そうした状況から最終的に、「新日本証券」から新井への「直接的な利益供与」を立証するには至らなかった。特捜部は、立件を断念せざるを得なかった。

日興証券新橋支店に「借名口座」

捜査は一度振り出しに戻ったが、粂原らは引き続き、新井議員本人・親族・政治団体名義の口座を地道に洗い直した。各証券会社に照会をかけ、該当があればその「取引履歴」を取り寄せる。その銀行口座をたどり、元帳を分析して入出金を徹底的に調べた。

その粘り強い作業が、ついに実を結ぶ。新井の資金が「日興証券」の新橋支店の口座に流れていることを突き止めたのだ。
しかし、その名義は「西田邦昭」。見知らぬ人物の口座に、新井の資金が流れている疑いが強まった。

「西田邦昭」とは何者なのかーー
新井と西田の関係は、新井がまだ大蔵省のエリート官僚だった時代にさかのぼる。厚生省へ出向していた新井と、同省の印刷物を受注していた西田の印刷会社との関わりが、二人を結びつけたとされる。西田にとっては「仕事を紹介してもらえるかも」という思惑、新井にとっては信頼できる“名義人”を得る機会となった。

国会答弁で新井は「(西田は)私が名前を借りた人物であり、30年来の友人だ」と述べ、西田名義の「借名口座」の存在を認めている。その「借名口座」を舞台に、日興証券は自己売買で得た利益を「西田名義」に付け替え、実質的に新井への利益供与を行っていたのである。

ここで捜査の焦点は二つに絞られた。

「『西田名義』の口座が新井の『借名口座』であると言えるのかどうか、つまり新井が西田という名前を使って、株取引をしてることの裏付け、要するに『新井に帰属する口座』であると認定できるのか。もう一つは新井から『日興証券』に対して『利益提供』を『要求』していたかどうかだった」(粂原検事・現弁護士)

粂原の方針は明確だった。「西田名義」の「借名口座」が新井に「帰属」するのかどうかーーこれは日興幹部から供述を得ることで、証拠収集は可能となる。
また新井が「日興証券」に利益を出すよう要求したかどうかーーこれも日興証券幹部や、新井が口座を開設していた他の証券会社幹部への取り調べにより、「新井の言動」や「株取引に対する考え方」「証券会社とのやりとり」などで解明が可能と考えた。

もちろん「証拠の王様」と呼ばれる真実の「供述」を引き出すことが何より重要である。そうだとしても、やはり供述の裏付けとなる「物的証拠」があれば、新井の口座であることを認定する「有力な武器」となる。

現場ではよく「ブツに聞け」とも言われるが、物的証拠が揃えば関係者への取り調べも、よりスムーズに運ぶからだ。

急展開・・・決め手は「一枚のレシート」

粂原は新井の株取引を幅広く調べていくなかで、前にも触れた通り、新井の親族が代表を務める輸入品販売会社「ヴォーロ」の取引に注目していた。
1998年夏頃、同社の帳簿や伝票等などの「任意提出」を求めたところ、当初は親族が対応する予定だった。しかし直後に、新井本人から粂原に電話が入る。

「親族では会社(ヴォーロ)のことは分からないので、私が対応します」

新井はそう言って、自ら帳簿類を引き取る形で「任意提出」してきた。

それから数か月後、捜査は急展開を迎える。特命班が新井資金の行方をたどった結果、1997年9月ごろになって「西田名義」の口座に資金が流れていることが判明したのだ。
ある日のことだった。数か月前に「ヴォーロ」のブツ読みを担当していた副検事が、粂原の執務室のドアをノックして現れた。手にしていたのは、領収書綴りと一枚のレシートだった。

「検事、もしかしてこれですか」

副検事が粂原に差し出したのは、衆議院第一議員会館の地下にある事務用品店「竹山商店」が発行した、「300円」の「印鑑代のレシート」だった。その余白には「西田印鑑代」とのメモが記されていた。
それはすなわち、新井の親族の会社「ヴォーロ」が、議員会館内の店で「西田」という苗字の印鑑を購入していたことを示していたーー

実際の印鑑そのものは見つからなかった。だが、購入先が新井の事務所が入る議員会館地下の「竹山商店」であったこと、さらにそのレシートが「ヴォーロ」の領収書綴りに紛れ込んで保管されていた事実は、新井と「西田名義」の借名口座を結びつける強力な物証となった。

もちろん、新井自身が「ヴォーロ」の帳簿や伝票を検察庁に任意提出する際、このレシートの存在に気づいていなかったのだろう。皮肉なことに、その見落としが決定打となったのである。  

「ブツ読み」違和感からつながった「物的証拠」

「ブツ読み」とは大量に押収した証拠物を、複数の検事、副検事らで手分けをしながら、読み込んで精査していく作業である。
粂原は副検事が丹念に「ブツ読み」をしていたことに、心の中で感謝した。

「副検事は数か月前のブツ読みのときに見たレシートが、頭のどこかに引っかかっていて、改めて確認してくれたのだと思うが、一枚の印鑑代のレシートのことを思い出すのはなかなかできないことだと思った」
「出発点から、ずっと偶然の積み重ねのような捜査だったが、うまくいく捜査というのはそういうものだと思う」(粂原)

副検事が「ヴォーロ」の帳簿に目を通していた頃は、まだ西田名義を使った「借名口座」の存在は明らかになっていなかった。新井の周辺を探る中で、9月に入って「西田口座」が焦点となった矢先、副検事は数か月前に見た「印鑑購入のレシート」の記憶を呼び起こした。
副検事の記憶によって引き出されたその紙切れは、「西田口座」が新井の借名口座であることを裏付ける強力な「物的証拠」へと姿を変えたのだ。

粂原は「ブツ読み」の重要性について、次のように語る。

「わたしは帳簿や手帳類のブツ読みをすることが大好きで、これを苦痛だと思ったことは一度もなかった。捜索差し押さえや任意提出を受けて入手した帳簿や手帳などを丹念に分析し、 我々の知らない隠された 犯罪事実を見つけ出すことがとても好きだった」
「帳簿をボーっと眺めていても、発見するできるはずがなく、やはり経験や捜査官としての勘のようなものが必要だとは思うが、長年犯罪を探す目と、意識を持って帳簿等を見ていると、そういった 力も身についてくる。まずは 帳簿や手帳の記載に『違和感』を感じ取ることが大切だと思う」

一方で見極めも必要だという。

「どんどん積極証拠が集まってくる事件がある一方で、逆に読み筋から遠ざかっていく事件もある。その場合は未練を残さず、早めに見切りを付けて終結した方がいい。それにこだわっていると捜査経済上の大損失を出したり、無理に起訴しても後々無罪になったりして、関係者に多大な迷惑や実害を被らせることになる」

新井議員に託された「1億円」

東京地検特捜部の事件捜査では、一つ一つの取引の金額が巨額に上ることもあり、その背後には、必ず人間関係や思惑が交錯したストーリーが潜んでいる。「日興証券新橋支店」の「西田名義」の口座に入金された「1億円」も、まさにその一例だった。

関係者によると1990年頃、熱海で高級旅館を経営するHオーナーは新井から、次のような誘いを受けたという。

「衛生デジタル放送の音楽番組を提供するビジネスがあるので、投資しませんか」

Hオーナーは、企業経営者の子弟向け「自己啓発セミナー」で、講師を務めていた新井と知り合ったという。高級旅館だけでなく、不動産やゴルフ場開発などを手掛けるレジャー開発会社の代表でもあったHオーナーは、「衛生放送はよく知らない」分野だったが、音楽プロダクションも経営していたことから関心を抱き、新井の誘いに乗って「1億円」出資することを決めた。

このビジネスは郵政省(現・総務省)の肝いりで設立され、新井は「衛星デジタル事業」が新たな利権になると期待して、設立準備に尽力していたとされる。

ところが、この「1億円」は「衛星デジタル事業」に投じられることはなく、その後5年間にわたって新井によって運用されていたという。
そして1995年10月、複数の証券口座や銀行口座を経由した末に、「6,000万円」と「4,000万円」に分けられて「日興証券新橋支店」の「西田名義」の口座に入金されていたのである。

本来はHオーナーから託された「出資金」であったにもかかわらず、新井はHオーナーに無断で株取引などに流用していた。しかも「西田名義」の口座は1995年、新井が「日興証券」の役員に頼んで開設させていたもので、もちろん西田には何の相談もなかった。

新井は、取引を全て証券会社に任せる「一任期定取引」を要求し、わずか1年半の間に、約4,000万円の利益提供を受けていたことも明らかになった。
つまり、「1億円」は不正な株取引の原資として使われていたのである。

なぜ、わずか1年半という短期間に約4,000万円の利益を得ることができたのかーー
「日興証券」が新井に利益を供与する方法は、「自己売買で儲けた利益の付け替え」に加え、「新株引受権付社債(ワラント)」の翌日売買などが用いられていたからだ。これは顧客に「ワラント」を販売した翌日に、それより高値で買い戻す方法で、新井側に利益が出るのは当然の取引だった。

バブル崩壊で株価が低迷している中、「日興証券」も新井側に「なんとか利益を提供しよう」と苦労し、さまざまな工夫を強いられていたのだ。

しかし、新井は1998年1月30日の衆院予算委員会の参考人招致を受けた際、「1億円については、無担保で借り入れて、すでに返済した」と答弁した。出資者であるHオーナーの名前は明らかにしなかった。

粂原ら東京地検特捜部政界ルート「特命班」はこうした一つ一つの資金の流れを丹念に洗い出し、関係者の取り調べを進めていった。
その結果、新井が「1億円」の流用を覆い隠すために、複雑な工作を試みていた形跡が浮かび上がってきたのである。

(つづく)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光

《参考文献》
村山 治「安倍・菅政権vs検察庁」文藝春秋
猪狩俊郎「激突」光文社
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
村串栄一「検察秘録」光文社
産経新聞金融犯罪取材班 「呪縛は解かれたか」角川書店
伊藤 博敏「黒幕」裏社会の案内人 小学館

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