Apple本社での新製品発表会取材中、金沢の友人からのメッセージ通知が画面に表示された。
「ついに、ほんやくコンニャク誕生!」
一瞬吹き出してしまった。しかし、まさにその通りだった。目の前で話している外国人の言葉を、母語/母国語に同時通訳してくれるAirPods Pro 3の目玉機能「ライブ翻訳」。その発表を会場で参加プレスのために同時通訳していた人たちはどんな気持ちで訳していたのだろう。
日本での機能提供は年内と少し先になりそうだが、Apple最小のウェアラブルコンピュータはただの優れたヘッドフォンを超え、また一歩SFの世界へと足を踏み込んでいった。ただし、あまり伝わっていないが、AirPods Pro 3はこの飛び道具のような目玉機能を差し引いても十分大きな進化となっている。
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●伝わりにくい「AirPods Pro 3」のすごさ
AirPods Pro 3は、レビューワー泣かせの製品だ。写真やスペック表だけを見せても、前モデルのAirPod Pro 2との違いがなかなかよく分からない。伝わるのは新機能の「心拍計測」とライブ翻訳くらいだろう。
では、本当にそれしか違いがないのかというと、そんなことはない。実はスペック表に表れにくい品質の部分が全面的に見直されて良くなっている。これらの新機能を差し引いても、十分魅力あふれるアップデートとなっている。
最初、数十分試した段階では「確かにフィット感も良くなったし、音質もクリアで良くなった気がするけど、記事でうまく伝えられるだろうか、思い込みもあるかもしれないし、本当にそう書いていいものか」と不安に思っていた。
しかし、数十分の検証の後にAirPods Pro 2に戻ると、それまでの「気がする」が「確証」に変わった。
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「損失回避(loss aversion)」 という言葉があるそうだ。人間は性能向上には比較的すぐに感覚順応してしまい、なかなかそのすごさを実感しにくい。しかし一度、その品質に慣れて、そこが参照点となった後、それを下回る水準のものを試した場合、すごさの損失は敏感に感じられるという(実験設定や個人差によって1.5〜4倍程度の差があるらしい)。
確かに、AirPods Pro 3に慣れた後でAirPods Pro 2に戻ってみると、音質やフィット感など全ての面においてAirPods Pro 3より見劣りすることがハッキリと感じとれた(それでもAirPods Pro 3を知らなければ、今でも十分に満足できる製品だとは思うが)。
違いを細かくみていこう。
●見た目は変わらず、中身は別物
まずは外観だ。最初は「見た目は(従来のAirPods Pro 2と)一緒か」と思っていた。実際に写真で見る限り製品の外観はそっくりだ。しかし、旧製品を使い込んでいる人は、ケースから出した瞬間に違いに気が付くはずだ。
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イヤーピースから伸びた長い部分、ステムの太さが見た目には分かりづらくても、指でつかめば明らかに太くなっているのだ。ノギスを使って正確に測ってみたところ、AirPods Pro 2のステムの直径が5.82mmだったのに対してPro 3は6.79mmで0.97mmほど太い。
飛躍的進化を遂げたのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、この小さな容積アップを活用して今回の進化を生み出したのだろう。形状が異なるので正確な比較はできないが、同じ長さあたりの容積率は36%増えている計算になる。
よく見るとイヤピース部分も形が変わっていて、少し小型化し面の角度やイヤーチップの角度も異なっている。これらはフィット感向上のための工夫のようだ。
幸か不幸か、筆者は歴代AirPodsの全てが標準のイヤーチップで問題なくフィットしてズレ落ちない耳の形なので、そうでない人の気持ちは分からない。しかし、確かに一部の友人から、今でも「耳に合わない」「落ちる」といった声は聞いている。
Appleは1万人以上の耳の形を累計10万時間以上のユーザー調査を元に再デザインを行い、その結果、イヤーピースの本体部分を小さくし、新たにイヤーチップも、これまでのXSよりさらに小さいXXSというサイズを加えた5種類になり、これまでで最も多くの耳にフィットするように進化しているという。ぜひ、直営店などで試してみて欲しい。
イヤーチップそのものの作りも、フォーム材入りに進化している。正直、指で触っても「言われてみると弾力が強くなっている?」という程度であまり分からなかったが、これも何度か着脱を繰り返した後に、AirPods Pro 2を使ってみて「あれ? AirPods Pro 2って、実はちょっと緩かった?」とその差に気が付いた。
このフィット感のおかげで、後に検証するノイズキャンセリング機能においてもそもそも耳につけた時点での音の密閉感は確実に高まっており、これがフォーム材入りイヤーチップの効果のようだ。
同時に、従来のシリコン製と比べて耳の形状により自然にフィットし、長時間装着しても不快さがないという。実際、この記事を書きながら既に4時間近くAirPods Pro 3を耳につけっぱなしにしているが、(プラセボ効果の可能性はあるが)確かに不快さは感じていない。これがAirPods Pro 2だと、東京から大阪・関西万博への移動で新大阪駅や伊丹空港に着く(3時間くらいだろうか)辺りからちょっと外耳が痛くなり、一度外して耳を休ませる(もっとも、これは個人差が大きそうだ)。
●音の世界が一段階上昇
音質も大きく向上した。もちろん、これはどんな曲を聞くかによっても体感値が変わる。
ディストーションギターの音などが響くロック系の曲などを数曲聴き比べた範囲では、確かに違いはありそうだが、そこまで明確な違いを言い当てることはできなかった。
そもそも、本当に音の違いを聞き分けるなら録音やミックス段階の音がいいものを選ぶ方がいいだろう。ということで、Apple Musicではハイレゾロスレスフォーマットで、Dolby Atmosにも対応したお気に入りを選んだ。スパニッシュギターのティーボ・ガルシアの演奏と、カウンターテナーのフィルップ・ジャルスキーの声だけのシンプルな構成のアルバム「A sa guitare」から、「In Darkness Let Me Dwell」を再生して比較した。
すると、ガルシアの指がスパニッシュギターの弦の上を擦る時の音がより明瞭に聞こえ、ジャルスキーのカウンターテナーの高い声が「え!? これ本当にインイヤーのイヤフォンの音?」と驚かされるほど澄んで響いて聞こえた。
これを聞いた後、AirPods Pro 2で同じ曲を聞いたところ、かなり音が曇るのを感じ、ハッキリと音質が違うのを実感できた。
続いて、もっと音数の多いオーケストラもので、ハイレゾロスレスでDolby Atmosの音源はないか探したところ(意外に少ない)、チャールズ・マッケラスが指揮するスコットランド室内管弦楽団のアルバム「Mozart Symphonies Nos.38-41」をApple Music Classicalで見つけた。
初めて耳にするアルバムだが、なじみあるモーツァルトの交響曲第38番番ニ長調 K.504で聞き比べた。AirPods Pro 3も2も、どちらもクリアさはあるが、やはりAirPods Pro 2は間に何か1枚挟んだような距離を感じ、 AirPods Pro 3の方が確かに明瞭で、それぞれの楽器の音も解像感が上がっている印象を受けた。
正直、オーディオの専門家ではないため、おそらく単体で聞かされたら、個人的にはAirPods Pro 2の音でも満足してしまう。それにロックやポップス系の曲では、そこまで自信を持って音質の違いを言い当てることはできなかった。
しかし、高音質な音源で聞き比べれば、専門家でなくても明瞭に音質の差を感じ取ることができる。これが筆者の素直な音質差の感想だ。
ちなみに音質向上は「マルチポートアコースティックアーキテクチャ」という新設計――要するに空気の抜け道を見直して再設計したことで実現したようだ。
●ノイズキャンセリングは劇的に向上
音質の違いに鈍感な人でも、明らかに違いが分かるのはアクティブノイズキャンセリング(ANC)の性能向上だ。
AirPods Pro 2と比べて2倍、初代AirPods Proと比べると4倍と性能向上がかなり大きい。製品発表会直後、100人以上の記者たちが実機を試すことができるSteve Jobs TheaterでAirPods Pro 3を渡され、音楽の試し聞きを促された。しかし「音が小さすぎて聞こえない。これじゃあ、試聴になっていない」と係員に伝えると、「ノイズキャンセルをオンにしてごらん」というので指示に従ったら、周囲の騒音がサーッと消えて、アカペラで歌う極めてひそやかな歌声が聞こえてきた時には感動した。
もちろん、安全性を考慮して完全に周囲の音が聞こえないというわけでもなく、この原稿を書いている時のキーボードのタイプ音など聞こえるべき音(!?)はちゃんと(かすかに)聞こえている。
「あれ? ANCが効いていない?」と思って、機能を切った途端、実は冷房の送風音が結構大きかったこと、そして約5m離れたTVでカーリング女子五輪最終予選を映すTVがつけっぱなしだったことに気が付いた。TVの音が全く聞こえなくなるわけではなく、人の話し声だけはかすかな音量で聞こえ続けるが、それ以外の音はほぼ抑えられている。
ちなみにANCの性能向上には、イヤーチップ変更で、より耳の密閉度が高まったことも大きく貢献しているようだ。
それにも関わらずバッテリー性能も向上しているようで、これは検証はしていないが、Appleの公称値では、ANCオンで最大8時間(従来比33%増)、Hearing Aid機能利用時には10時間(67%増)の連続使用が可能とのことで、これもうれしいポイントだ。
こちらも勇気が足りず(評価機を壊してしまう可能性もあるため)検証できなかったが、個人的にもう1つ期待しているのがIP57対応によるホコリや汗、そして水への耐性の向上だ。
IP57の5は日常的なホコリや砂ぼこりからは十分保護される防じん性能を、7は「一時的な水没に対する保護」、雨の中での使用や汗をかく運動中、手洗い時の水しぶき、プールサイドでの使用、そして短時間の浅い水への落下に対する防水性を示していて、一応、水深1m以内の静水に30分間浸かっても耐えられるレベルの防水性能になる。
これまでのAirPods Proは、こういった防水性がなく、過去に2度ほど雨などで濡らして壊してしまったことがあることから個人的に待望の仕様変更だ。
●心拍数も測れるように
このように見た目はほとんど変わらないながら、全方位的に良くなったAirPods Proだが、2つ新機能も搭載されている。
1つ目は「心拍計測」の機能だ。Apple Watchのユーザーであれば、既にApple Watchに同様の機能があるが、Apple Watchを持っていない人が恩恵を受けるだけでなく、Apple WatchとAirPods Pro 3の両方を身につけている時にも情報を相互補完して精度を上げてくれる。
ちなみにApple Watchの心拍計というと、たまに暗い部屋で見かけるApple Watch背面から漏れる怪しげな緑色の光を連想する人が多いかもしれない。だが同機能の搭載であなたの耳が緑色に光ることはないので安心してほしい。Apple Watchと違って、AirPods Pro 3の心拍計測はリモコンから発せられるのと同じ、目に見えない赤外線を使って計測している。
昨今の機械学習(広い意味でのAI)と25万人が参加しているAppleの「Apple Heart and Movement Study」という研究の賜物で、正確な心拍計測に加え、アクティビティやカロリー消費も計ることができる。
Apple Watchと異なるのはAirPods Pro 3は画面を備えていないため、AirPods Pro単体で心拍の値を知ることはできない点だ。「ヘルスケア」アプリを起動し「心拍数」の項目を開いて記録された値を確認する形になる。
●AirPods Proが夢の「ほんやくコンニャク」に
そして、もう1つの目玉機能が、冒頭でも触れた「ライブ翻訳」――目の前の人が話している内容を同時通訳してくれる機能だ。残念ながら発売時点では日本語に対応していないが、下記の表に挙げた言語間の翻訳には対応している。
ライブ翻訳を利用するには、あらかじめ翻訳してほしい言語と翻訳先の言語のデーターをiPhoneの「翻訳」アプリでダウンロードしておく必要がある。そう、実はライブ翻訳はAirPods Pro 3単体で処理しているわけではなく、翻訳そのものはペアリングされたiPhone上の「翻訳」アプリで行っている(つまり、iPhoneがない環境では使えない)。
これにはいい点もある。例えばあなたがパリの朝市を訪れた英語話者だとしよう。あなたはiPhoneにあらかじめフランス語と英語(アメリカ英語とイギリス英語が用意されている)のデータをダウンロードしておく。するとお店の人がフランス語で話した内容が、リアルタイムで翻訳されAirPods Proから英語で聞こえてくる。
でも、あなたがフランス語を全く話せないとして、商品についての質問などはどうしたらいいのだろうか? 心配は無用で、そのまま英語で質問をすればいい。すると、AirPods Proがあなたの質問を拾って、iPhoneの画面に文字でそのフランス語訳を表示してくれる。
ここで、もし相手もAirPods Proを持っていれば、iPhone不要でお互い自分の言語で話し続けて会話をできる。
翻訳のスピードだが、これは言語の組み合わせ次第で、例えばドイツ語などでは、長々と文章を話しておいて、最後の最後に「nicht(〜ではない)」という否定の言葉を言うことで、それまで話していたことの意味が全て正反対になることがあるため、いったん最後まで話を聞いてからでないと英訳ができない。
一方でスペイン語とポルトガル語など近い言葉同士であれば、もう少し早いタイミングで翻訳が始まり、かなり快適に使えた。試したところ、スペイン語の発声はやたらと流ちょうだが、iPhoneにとっては母国語であるはずのアメリカ英語も含めて通訳の音声は少したどたどしい。
参考までにGoogleはスマートフォン「Pixel」の新機能として電話での通話時に翻訳する機能を提供中で、既に日本語と英語のリアルタイム通訳にも対応している。
しかも、こちらはちゃんと話者の声色を真似する仕様になっていて、技術的には進んでいる印象がある(ただし、話者の声と機械による通訳の声の区別がつきにくいのは場合によっては混乱を招くかもしれない)。
とはいえ、AirPods Pro 3というインイヤーのイヤフォンを使って、目の前にいる人の声の翻訳がノイズキャンセルされた状態で自分の耳に直接入ってくる体験は、まさに「ほんやくコンニャク」的で新鮮で面白く、遠からず世界の観光名所の新スタンダートになっていそうに感じた(筆者は自力で現地の言葉を話すのが好きなので、ラテン語圏では使わないと思うが、アジア語圏ではぜひ使ってみたいと思う)。
●耳の健康機能や価格はそのまま
これだけ大きな進化を遂げながら直販価格は3万9800円で、AirPods Pro 2から据え置きとなる。もちろん、今回紹介できなかった「耳の健康」に関する機能――つまり、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が近藤真彦さん(マッチ)を起用して勧めている聴力テストをいつでも受けられる機能も搭載していれば、万が一、難聴と診断された時には聴力補助も行ってくれる機能などもそのまま継承しており、耳の健康を維持するための道具としても強くお勧めできる製品だ。
既にこの機能を搭載しているAirPods Pro 2ユーザーにとってはかなり悩ましい存在だが、まだAirPods Proを使ったことがない人や初代AirPods Proを持っている人には強くお勧めできる製品に仕上がっている。
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