「若いうちはガムシャラに頑張んなさい」――ある自治体職員のこの言葉に、思わず考え込んでしまいました。果たして今、公務員という職業は“割に合う仕事”なのだろうか? 若い世代の職員はやりがいを実感できているのだろうか?
【画像】業務に繁閑差のある市税担当3課の若手職員に対して、相互の兼職発令を行うことで、柔軟な業務の協力体制を構築する取り組み
人手不足、待遇格差、報われにくさ……。それでもなお「社会を変えられる仕事」と信じて行政の職に就く人たちは、日々どんな現実と向き合い、どうやってモチベーションを維持しているのでしょうか。
自治体のCIO補佐官として、複数の自治体現場でDXを支援する筆者の視点から、制度や仕組みだけでは語れない、自治体職員の“働く意味”を探ってみたいと思います。
こんにちは。「全国の自治体が抱える潜在的な課題を解決すべく、職員が自ら動けるような環境をデジタル技術で整備していく」ことを目指している川口弘行です。
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筆者が関心を持っているローカルLLM(大規模言語モデル)の分野で、興味深いニュースが流れてきました。
(関連記事:DeepSeekの破壊的な推論能力 自治体にとって“転換点”だと言えるワケ)
中国のアリババが自社のローカルLLMモデルの最新版である「Qwen3-30B-A3B-Instruct-2507」と「Qwen3-30B-A3B-Thinking-2507」をリリースしました。特徴的なのは推論型(深い思考に特化している)のモデルであるThinkingと、処理型(即時応答に特化している)のInstructのそれぞれで最新版を出してきたところです。
現在の生成AIのモデルは、場面に応じて推論型と処理型を使い分けていくことが一般的になりつつあり、Qwenもその流れの延長線上にあります。
そして、もうひとつのビッグニュースが、OpenAIがGPTのオープンモデルをリリースしたことです。
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モデルサイズの大きい「gpt-oss-120b」と比較的小さな機器でも動作する「gpt-oss-20b」です。両方とも推論型のモデルですが、ChatGPTのような使い方もできそうです。実際に筆者の環境で動作させてみたところ、非常に快適に使うことができました。
QwenもGPT-OSSもApache2.0準拠のライセンスであり、商用利用も可能です。
特にGPT-OSSについては、ChatGPTの本家がオープンモデルをリリースしたことに衝撃を受けました。どのような戦略で公開に踏み切ったのかは分かりませんが、もはや生成AIの技術は次の段階に進んだ(ので、旧世代の技術は公開してもよいと判断した)のであれば、同社の今後のサービス展開がむしろ楽しみになってきました。
さて、本題に入りましょう。
前回は自治体のデジタル変革における「高度専門人材」の役割について考えてみました。「組織の中を一時的にかき回し、最終的には去ってしまうような高度専門人材」というあたりに、思わずうなずいてしまう自治体の担当者もいらっしゃったと聞いています。
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(関連記事:デジタル人材を入れたのに、なぜ失敗? 自治体DXに潜む「構造的ミスマッチ」とは)
今回のテーマは「自治体職員のメンタリティやモチベーションについて」です。
このテーマについては、いろんな公務員の方からお話を伺ってきましたので、私なりに考えてみたいと思います。
●公務員は「割に合う」仕事なのか?
そもそも、人手不足が顕在化した現在、公務員という職業は魅力的な仕事なのでしょうか? いや、もっとストレートに言うと、「割に合う」仕事なのでしょうか?
憲法で保証された「職業選択の自由」の世の中で、他の職業ではなく、あえて公務員を志すのですから、そこには何かの理由があるはずです。
一方、民間企業に比べて、現在の公務員の待遇が極端に良いかというと、そうでもありません。一般的な労働市場に委ねたら、魅力的には映らないはずです。
先日、公務員の方を対象としたシンポジウムの中で、登壇していた公務員の方に率直に質問してみました。「なぜ自治体職員という職業を選んだのですか?」
その方の答えは、
社会を変えることができる仕事だから
というものでした。さらにその方は、
社会変革自体は身近な範囲で個人でもやれないことはない。しかし、自治体という規模でしかできないこともある
と続けました。
ちょっとカッコつけているようにも感じましたが、この視点は筆者にはなかったので、新鮮でした。ただ、若い世代の職員がそのことを実感できているかというと、疑問です。
そもそもそのような仕事のフィールドを与えられていない、あるいはフィールドがあることに気付いていない職員の方が多いと思いますし、何よりも人事異動ローテーションの中で自分が望むフィールドに居続けることも難しいのではないでしょうか。
このテーマに関連して、会場から「若い世代の職員に対して何か激励するメッセージを」という問いかけが出たことに対し、その方のコメントは次のとおりでした。
若いうちはガムシャラに頑張んなさい。理不尽なこともあるかもしれないけど
なるほど。つまり、この方の気付きは、自らの経験により、事後的に生まれたものだと感じました。言い換えると、これに気付いたことで、自治体職員として充実した人生を送っているのでしょう。
●「給与=我慢代」という考え方の落とし穴
では、自治体職員として充実していない場合はどうなのでしょうか。
実際、筆者の周りでも公務員を辞めて民間企業に転職する方が増えています。さらに生々しい話をすれば「この方は職務専念義務違反という面で、もはやアウトなのではないだろうか」という方もいらっしゃいます。
そこまでの話ではなくても「自分の仕事はお金をもらうための我慢代」と割り切っている方もあちこちで見かけます。
その方の中では、「自分に強いられる我慢」と「給料」は等価交換でなければ正当な取引ではないので、自身が感じる給与の正当性のレベルまで仕事の関与度合いを低くすることになります。
筆者自身、これはある種の真理だと思います。見方を変えると、労働対価が全てこのような考えの下で成立しているのならば、みんなが嫌がるような仕事は、それを引き受けたくなる程度まで労働対価が高くなる(給与が上がる)のが自然とも言えます。
しかしながら、現実にはそうなっていませんし、公務員が引き受ける仕事は、この「みんなが嫌がるような仕事」が含まれているのも事実です。
最近あまり耳にしませんが「同一労働同一賃金」というのは、この考え方に基づいているのではなかったですか?
加えて言えば、公務員の場合は勤続年数と昇給カーブ、さらには職員個人のライフステージがうまく整合していないのかもしれません。
もし、人事異動ローテーションにより望まない部署に配属され、組織内ヒエラルキーで人気のない仕事が若手職員に偏るのであれば、このバランスがさらに崩れてしまってもおかしくありませんし、それが長期的に積み重なるようであれば、モラルハザードが生じてくる可能性すらあります(転職できる年齢ならば、その前に退職するのだと思います)。
●“デジタル化以前”の課題:職員の意欲が育たない
論理がかなり飛躍しますが、筆者自身の経験でも自治体のデジタル変革という議論の前に、職員の就業に対するモチベーションが高くないことで、悩まされることが時々ありました。自分の仕事が「我慢」だと思っている方には、業務効率化は関係ないですし、デジタル技術の活用に対しても、その学習コストですらムダだと感じるのかもしれません。
もしそうならば、デジタル変革や人材育成の前に、自治体職員の就業に対するモチベーション維持の方法を考える必要があるのだと思います。給与を上げるというのは、最も直接的な対策ですが、財源の制約もあり簡単にはできません。
では、それ以外の方法でモチベーションを維持させることを考えてみましょう。
まずは、前述したモチベーションの高い職員の話から「公務員でなければできない仕事が目の前にあることを実感してもらう」という方法。
加えて言えば、その種の仕事は常に成功するわけではない(失敗もある)ことを認識してもらい、仮に成功できなかった場合でも職員個人に結果責任を負わせることはなく、組織全体の学びとして受け止めるという姿勢が求められるでしょう。
公務員は大きなゆりかごの中で安心してチャレンジできる環境にあり、その規模は個人で取り組むよりも大きいのです。
そしてその成果はきちんと職員個人にもフィードバックできる環境を作るべきでしょう。金銭的なボーナスではなく、単純に「できたね」「喜んでもらえたね」を知る機会を与えることが必要です。
また、デジタル化は「嫌な仕事を肩代わりするための手段」であることを知ってもらう必要があります。
我慢を取り除くことで、等価交換する給与に納得感を持ってもらいやすくすることも大切です。そしてこれは、筆者側(高度専門人材)の役目ですが、デジタル化の議論の中で職員が我慢していることを丁寧に酌(く)み取らないと、職員からの信頼は得られないと肝に命ずるべきですね。
我慢が取り除かれたことで、相対的にやりがいのある仕事、楽しい仕事が増えてくるようにしたいのですが、そのような仕事こそ、デジタル化を後回しにして、職員に担ってもらえばよいのではないかと考えています。仕事ではなく、形を変えた報酬ならば、デジタル化でそれを取り上げてしまうのは逆効果かもしれませんから。
●勤続年数と昇給カーブの不一致
勤続年数と昇給カーブの不一致についても、少し考えてみましょう。
みなさんもご存じのとおり、公務員は俸給表と呼ばれる給与額表に基づいて給与の額が決まります。給与を上げるには勤続年数を増やすか昇級する(偉くなる)しかありません。昇級自体も年功序列制度の影響を受けるとすると、結局のところ長い勤続年数を経なければ給与は上がらないということになります。
公務員の方から「私たちは一生懸命やってもやらなくても給与が変わらないから」と言われることがあるのですが、実績で給与が変わらないというのは民間人の筆者から見ればちょっとしたストレス要因にも思います。
(補足すると、実績により昇級の度合いが考慮されることもありますし、賞与も実績を反映することがあります。振れ幅は大きくありませんが)
筆者もさまざまな自治体の中で職員を見てきたので、その中の経験での話ですが、若手職員の中にはプライベートが大変充実しているせいか、手取りの給与の中で生活をエンジョイするのに苦労している方もいます。
学生時代のアルバイトの感覚のまま「手取りを増やすのならば時間外勤務(残業)をしなければ」と、必然性の薄い時間外勤務を希望する職員もいるという話も聞きます(実際にそのような勤務が成立しているかは各自治体によりますが)。これを「生活残業」と呼ぶこともあります。
残念ながら、このマインドでは生産性が高まりません。最初から労働時間を長く取っているのですから、その長い労働時間の中で業務をこなせばいいと考えて、密度が薄くなるのは当然です。
一方で、自治体の部署によっては、繁忙期はとにかく忙しく、誰でもいいから手伝ってほしい、という場面もあります。
あるいは年度の途中で突発的に発生した業務を担当する場合、職員が柔軟に配置されず慢性的に人員不足になるケースもあります。
つまり庁内全体を見渡しても、薄い密度で業務をこなしている職員と、多忙を極める職員が混在していて、その平準化がうまく行っていないとするならば、双方にとって良い方策も考えたいところです。
●「庁内ワークシェアリング」は自治体を救えるか?
そこで、筆者はこんなルールを庁内に設定することを提案したいと思います。
・職員が時間外勤務をする場合は、自身の部署の時間外勤務をしてはならない。
・(是非はさておき)時間外勤務を望むのであれば、他の部署の作業を行う。
・時間外勤務の案件がある場合は、庁内でそれを掲示して募集する。
ただこれだけです。いわゆる「庁内ワークシェアリング」ですね。
これにより得られるメリットは次のとおりです。
・勤務時間内に自分でやるべき作業と、時間外に他人に任せる仕事を振り分けることで作業の優先度が分かる。
・他人に作業を任せる以上、作業内容をパッケージング化しておかなければならない。
・誰が時間外勤務で来るか予想できないので、作業マニュアルが必要になるが、これは将来の引き継ぎ資料になり得る。
・時間外勤務を通じて、他部署の業務内容を知ることができ、職員としての知見が増す。
・そもそも時間外勤務の案件がなければ、時間外勤務をやりたくてもできない。逆に案件があるのならば、時間外勤務の正当性を得られる。
必要な投資は、
・庁内掲示板で案件掲示と募集を行う仕組みを用意する
――だけです。悪くない取り組みだと思いますが、いかがでしょうか?
庁内ワークシェアリングとは少し違うのかもしれませんが、愛知県一宮市で興味深い取り組みを進めています。
それぞれの業務に繁閑差のある市税担当3課(財務部の市民税課・資産税課・納税課)の若手職員に対して、相互の兼職発令を行うことで、柔軟な業務の協力体制を構築するというものです。
記者会見では「市税の関連業務を各職員が異なる視点で従事することで、税に関する包括的な知識の習得・スキルアップ、市民サービスの向上につなげます」とありました。
これは時間外勤務とは全く別の視点の話なので、同列にしてはいけないのですが、庁内全体の業務の平準化という面では近いものがあると思います。
実はいくつかの自治体で「庁内ワークシェアリング」について、アイデアを示したことがあるのですが、どこも総論賛成なのに先に進まず、という状況でした。もし何か課題があるのならば、ぜひ教えてください。
次回はいよいよ現実的になってきたAIエージェントの話題に踏み込みたいと思います。
(川口弘行)
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