なぜK-POPのMVは何度も見たくなるのか?  世界で再生数を伸ばすコンテンツ戦略

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2025年09月23日 05:41  ITmedia ビジネスオンライン

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K-POPのMVはなぜ何度も視聴されるのだろうか

 今年23歳になる記者は、YouTubeでK-POPのミュージックビデオ(MV)を見るのが好きだ。家でBGM代わりに流すこともあれば、映像に見入って気付けば1時間がたっていることもある。特定のアイドルのファンというわけではないが、MVを繰り返し見ても飽きないのだ。


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 K-POPにおけるMVの人気は、再生数にも表れている。韓国のグローバルスターBTSの「Dynamite」は2020年の公開以来、再生回数が20億回を突破(9月19日時点)。単純に比較できるわけではないが、日本人アーティストのMVにおいて、史上最高の再生回数を記録した米津玄師氏の「Lemon」(2018年公開)は約9億回再生であり、その差は大きいことが分かる。


 なぜ、K-POPのMVはこれほどまでに視聴されるのだろうか。大阪公立大学、国際基幹教育機構の非常勤講師として韓国文化コンテンツや観光について研究する林玲穂氏に話を聞いた。


●「映像」を武器にしたK-POP


 MVと言えば「音楽に映像が付いたもの」をイメージする人もいるかもしれない。一方、K-POPにおいては音楽を映像で見せる「プロモーション」の側面が特に強いという。言語の壁を越え、映像美とパフォーマンスを通じて魅力を伝えられるからだ。


 こうした流れを後押ししたのが、K-POPの流行と同時期に、YouTubeをスマートフォンなど身近なデバイスで見られる環境が整ったことも大きいようだ。日本のアイドルグループの多くが、長らくYouTube配信に消極的だったのに対し、韓国は早い段階から注力した。その背景の一つに、国内市場の小ささがある。グローバル展開を前提とするK-POPにとって、テレビのように高額な広告枠を必要とせず、また、政治的な影響も受けにくいYouTubeは最適な選択肢だったようだ。


●聴くだけでなく「見る音楽」に


 では、K-POPのMVが多く再生される裏側には、どのような仕掛けがあるのだろうか。林氏は「K-POPのMVは音楽を聴くだけでなく視聴するという楽しみ方」と話す。その象徴の一つが、MVのどの場面を切り取っても、1枚の絵のように映えるビジュアルだという。アイドルの衣装やメークは、新たな流行を生み出すという面でも大きく注目される。


 韓国では、映画に近い手法でMVが制作されている。レーベルがMVの世界観を設定し、外部の映像制作会社が具体的なイメージを作成する。レーベルとのやりとりを重ねて、撮影におけるメークや衣装、ロケーションから、編集・色調補正まで徹底的に作り込まれるそうだ。林氏はMV制作について「1つの作品を生み出しているとも言える」と指摘する。


 また、MVのストーリー性や世界観の徹底も特徴的だ。BTSのアルバム「花様年華」では、アルバム3部作を通じて一貫した物語が描かれ、ファンの考察を呼んでいる。韓国の大手アイドル事務所SM ENTERTAINMENTでは、所属アーティスト全体で「SMCU」(SM Culture Universe)という共通の世界観を設定。女性アイドルグループaespaの曲に登場する「KWANGYA」(クァンヤ)という仮想世界は、同事務所に所属する他のアイドルグループNCT Uの「90's Love」や、EXOの「Don't fight the feeling」などの歌詞にも登場する。


●「世界観」「複数のコンテンツ」でファンを巻き込む


 こうした映像美や世界観の設定は、ファン自らの発信にもつながっているという。YouTubeのコメント欄では「何分何秒のこの表情が好き」と具体的なシーンについて語り合ったり、SNS上でMVや歌詞について考察したりと、音楽を“見る”という楽しみ方が広がっている。


 さらに、K-POPでは1つの楽曲に対して複数の映像コンテンツが公開されることも珍しくない。正式なMVの前に公開されるトレーラー映像(予告動画)や、ダンスバージョンのMV、レコーディングやMVの撮影風景など、さまざまなコンテンツが次々と配信される。これらは、ファンがMVを見た時の反応を撮影して投稿する「リアクション動画」や「ダンスカバー動画」といった二次的な発信を促し、楽曲がSNSや動画プラットフォームでさらに拡散される。


●過渡期にあるK-POP


 林氏は現在のK-POP市場について「過渡期にある」と話す。これまでは、制作側にとっても「これをすればK-POPらしく見える」というある種のパターンが存在していた。しかし、毎年数多くのグループがデビューする中で、同じパターンのままでは差別化できない。


 各事務所は新しい取り組みを模索中だ。女性アイドルグループARTMSの「Icarus」では、約15分に及ぶシネマティックバージョンのMVを公開した。歌が始まるのは後半の5分ほどで、それまでは映像作品として物語が描かれる構成だ。また、aespaの「Armageddon」では、これまで以上にCGを活用し、未来的な世界観を表現した。


 単に耳で楽しむだけでなく、ビジュアルや世界観でファンを引き込むK-POP。林氏の話を聞き、日本と韓国は異なる市場背景を持ちながらも、それぞれの強みを生かせば、より豊かな音楽シーンを築いていけるのではないかと感じた。


 記者自身も、普段からK-POPのMVを「見て」楽しんでいる。アイドルのメークや衣装、セットや小物に至るまで、徹底して作り込まれた世界観に引き込まれ、繰り返し見ても飽きず、見るたびに新しい発見がある――それこそが、K-POPのMVが世界中で愛される理由の一つなのだろう。今後どんな表現で世界を驚かせるのか、注目が集まる。



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