
【写真】大森元貴、“いせたくや”姿3連発 雰囲気ガラリの激変
■役に真剣に向き合った熱意
大森は、作曲家・いずみたくをモデルにした「いせたくや」役で出演。当初は話題性先行のキャスティングかと思われたが、実際の演技を見ると、そうした声はたちまち霧散し、評価の声に変わっていった。
制作統括の倉崎憲氏は、大森の起用について、ライブでの“曲と曲の間の芝居性”に着目したと語っている(※1)。Mrs. GREEN APPLEのライブでは、楽曲の世界観を繋(つな)ぐ語りや振る舞いに演劇的要素が含まれており、大森はその中心で表現を続けてきた。その経験が演技にどう反映されるのか――倉崎氏の判断は、ある種の実験だったと言える。
役作りへの取り組みも本格的だった。髪色や髪型の変更、5〜6kgの増量、さらに楽譜の読み書きやピアノの所作を一から学んだことが報じられている(※2、3)。ミュージシャンという立場を利用せず、あえて初心者として学び直す選択は、芝居や役柄に対するリスペクトを感じさせた。
劇中のピアノシーンでは、プロのピアニストではない人物特有の指の動きや、楽譜を追う視線が表現されていた。これは実際に学習過程を経験したからこそ生まれる動きだろう。
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印象的だったのは「間」の扱い方だ。音楽における休符の重要性を理解している大森は、演技でも沈黙や静止をうまく活用していた。演奏会後の拍手が止まる瞬間の沈黙、相手の言葉を受け止めてから返すまでの一拍――こうした時間の使い方は、ステージで培った感覚が反映されているようだ。
日常的な会話の中でも、微細な呼吸の変化が感情のニュアンスを伝えていた。言葉にする前のわずかな間、相手の反応を待つ呼吸――歌における感情表現の技法は芝居にも通じるものがあった。
■回を重ねるごとに息ぴったり! 北村匠海、高橋文哉との絶妙なかけあい
バンド活動で培われた「他者の音を聴きながら自分の音を出す」という感覚は、共演者との掛け合いで最も生きていた。特に印象的だったのは、柳井嵩役の北村匠海、健太郎役の高橋文哉との3人のシーンだ。回を重ねるごとに呼吸がピタリと合い、リズミカルで緩急のある会話が展開されていた。
まるでバンドのセッションのように、それぞれが相手の「音」を聴きながら、自分の「音」を重ねていく。単なる台詞(せりふ)のやり取りを超えた、距離の近さと積み重ねてきた関係性が感じられた。音楽では各パートが調和しながら一つの楽曲を作り上げるが、演技でも同じように、3人それぞれの個性が響き合いながら、一つのシーンを作り上げていた。この場面は、大森のアンサンブル感覚が最も発揮された瞬間だったかもしれない。
実際、大森は積極的にアドリブも取り入れていた。原菜乃華演じるメイコとのシーンでは「台本にないセリフも言ってみました」と本人が語っており、メイコが「素人のど自慢」に出場するため歌を練習する場面で、「もっとお腹から声出して!」といった言葉を即興で投げかけたという(※4)。視聴者からも「アドリブっぽいな」「素が出てる」といった反応があり、自然な演技として受け入れられていた。
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こうした演技での会話の呼吸の良さの背景には、大森のコミュニケーション能力がある。現場では「僕、大丈夫ですか?」と素直にスタッフに尋ねたり(※5)、台本の感想を冗談めかして語ったりしたという(※6) 。飾らない姿勢が、共演者との信頼関係構築に貢献したのだろう。
実際、大森のコミュニケーション能力は、バラエティ番組でも発揮されている。2025年6月放送のMrs. GREEN APPLEの冠番組『テレビ×ミセス』(TBS系)では、3人でMCを務め、ゲストの魅力を引き出しながら、自らも話題を提供するトーク力を披露。『沸騰ワード10』(日本テレビ系)への出演時も、素直で飾らない姿勢が話題となった。
こうした柔軟なコミュニケーション能力は、『あんぱん』の撮影現場でも発揮されていた。相手を立てながら場を和ませる力、自然体でいることで周囲の緊張をほぐす力――これらが、3人での会話シーンをあれほど自然に成立させた要因の一つだったのかもしれない。
ライブで培われた経験は、NGテイクへの対応にも表れていたという。ライブでの予期せぬトラブルへの対処経験が、撮影現場での柔軟な対応につながった。ツアーで様々な現場を経験してきたことも、新しい環境への適応に役立ったと考えられる。数万人の観客を前に、親密な語りかけと壮大なパフォーマンスを使い分ける経験は、カメラを通じた視聴者との関係構築にも応用できる技術だった。
■大森元貴が示した表現の可能性
一方で、長回しのシーンや内面的な心理描写では、演技経験の差が表れる場面もあった。本人も台詞量が多い場面では不安を感じていたと語っている。
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作曲家・いずみたくをモデルにした「いせたくや」を演じるにあたり、大森は表面的な模倣に留まらず、その人物の内面性を音楽的感性で解釈し、独自の表現へと昇華させた。大森の「音楽的身体」は、朝ドラという枠組みの中で、これまでとは異なる時間感覚をもたらした。歌と歌の合間にある瞬間を演技に取り入れる――そうした表現は、視聴者に新鮮な印象を与えた。
「聴く力」「間の感覚」「アンサンブルの精神」、そして「コミュニケーション能力」といった、音楽活動やメディア出演で培われた要素は、演技においても有効に機能した。大森の演技は、演技経験を段階的に積み重ねる従来の俳優の道筋とは異なる経路から生まれた、独自の質感を持っていた。
朝ドラという長い歴史を持つ枠組みの中で、このような実験的なキャスティングが行われたことは、制作側の柔軟な姿勢を示している。単なる話題作りを超えて、表現の多様性について考える機会となった。
北村匠海、高橋文哉との3人で作り上げた場面のように、異なる背景を持つ表現者たちが、それぞれの経験を活かしながら一つの作品を作り上げる――そうした化学反応が、表現の世界をより豊かにしていく。
音楽、演技、バラエティと、複数のメディアを横断しながら表現を続ける大森元貴。『あんぱん』は、そんな現代的な表現者の可能性を静かに、しかし確実に示した作品だった。大森元貴の『あんぱん』出演は、異なる表現ジャンルが交差する地点に新たな可能性があることを示した事例として、これからも参照されることになるだろう。
(文・田幸和歌子)
『あんぱん』特別編第3回「男たちの行進曲」は、NHK総合にて10月1日23時放送。
※1 「あんぱん」Mrs. GREEN APPLEの大森元貴が作曲家役で朝ドラに初出演! 嵩(北村匠海)とともに名曲を生み出す(ステラnet、2025‐03‐13)
※2 Mrs. GREEN APPLE大森元貴、朝ドラ『あんぱん』役作りで5〜6キロ増量 体形トレーニングで調整「次なる希望に見えるのかなと」(ORICON NEWS、2025‐09‐10)
※3 Mrs. GREEN APPLE大森元貴「セオリーがなくて全部独学」、朝ドラ『あんぱん』出演で初めてピアノ練習(ORICON NEWS、2025‐09‐11)
※4 「あんぱん」 大森元貴 インタビュー「匠海くんが持っているバランス感覚が、たくやと僕を支えてくれていると実感しています」(ステラnet、2025‐08‐05)
※5 朝ドラ「あんぱん」ミセス大森元貴起用の理由(シネマトゥデイ、2025‐08‐04)
※6 「あんぱん」 大森元貴 インタビュー「いせたくやの持つ前向きなエネルギーはこの時代を象徴している」(ステラnet、2025‐08‐04)