「ホームタウン」事業撤回で露呈した「多文化共生」の課題…アフリカと日本の協力関係築いた安倍元総理の「ABEイニシアティブ」とは

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2025年10月08日 15:30  TBS NEWS DIG

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8月に発表されたJICA(国際協力機構)のホームタウン事業が、わずか1か月で撤回されました。この事業は国内4つの自治体をアフリカ4か国のホームタウンに認定し、国際交流を通じて地域活性化を目指すものです。しかし、SNSでは「移民が増える」「大量の外国人が押し寄せる」などの根拠のない言説が広がり、自治体への抗議が殺到。外務省などが「移民促進事業ではない」と繰り返し否定したものの、結局事業は撤回されることになりました。

なぜ事実無根の情報がこれほど影響力を持ったのか。そして排除的な論理はなぜ共感を得てしまうのか。ホームタウン事業の撤回をきっかけに、排外主義の広がりとネット社会における情報の伝播について考えます。

(TBSラジオ『荻上チキ・Session』2025年9月30日放送・特集「JICAのホームタウン事業撤回をキッカケに考える。多文化共生とネット言説との向き合い方」より)

1か月で400万件…SNS上での異例の拡散速度

メディア研究や社会学を専門とする成蹊大学の伊藤昌亮教授によると、今回の事態はSNS上での情報拡散の規模と速度が特筆すべきものだったといいます。

「外国人との軋轢にまつわる問題のひとつとして、クルド人に関する話題では、Xでの投稿が2年間で2600万件でした。しかし今回のホームタウン事業の投稿は1か月で400万件です。そのペースは尋常ではなく、違ったフェーズに入っている気がします」
さらに伊藤教授は、今回のホームタウン事業に対する反応が、同じく外国人に関する話題として、埼玉県川口市などで問題になっているクルド人コミュニティへのヘイトやそれに関する言及とは異なる特徴があると分析しています。

「クルド人に関するSNSの事象では、人々の『不満』がぶつけられる形でしたが、今回目立つのは不満よりも『不安』です。この不安をぶつけて、みんながパニックになっている。そのパニックに自治体が巻き込まれ、JICAも巻き込まれて対処してしまった」

問題の発端となった誤情報

混乱の原因となったのは、ホームタウン事業の発表後、西アフリカ・ナイジェリアの政府が「日本が特別なビザを発行する」という誤った情報を発信したことでした。この誤情報は現地メディアでも報じられ、それがSNS上で拡散。「移民が増える」「外国人が押し寄せる」といった投稿が相次ぎました。

伊藤教授は、「公的な情報が出発点になってしまったこと」が事態を大きくしたと指摘します。「公的な機関から出ている情報だと、それを打ち消すことがより難しくなります。打ち消す行動自体が『取り繕っているのではないか』という解釈になり、陰謀論を助長する事態につながってしまった」

表面化した日本の外国人政策の課題

NPO法人「アフリカ日本協議会」共同代表の稲場雅紀さんは、今回の問題の本質は、日本の外国人政策の不備にあると指摘します。

「国の政策として『多文化共生』をしっかり位置づけていくことが十分にできていない。以前から、入管行政は『外国人を管理する』という観点が中心で、『移民』という言葉を使わないまま、経済界の要請で、外国人を技能実習制度などで受け入れるということがずっと行われてきた」

その一方で、日本政府は公的な受け皿を十分に用意してこなかったと稲場さんは批判します。

「外国人を受け入れる一方で、困った問題はすべて地方自治体やNPO、NGOに『丸投げ』の状態です。経済界の要請で観光客や労働者を受け入れ、期間が終わったら帰ってもらう。日本でどう生きていくかという基本的なことを教えたり研修したりすることがない」

安倍元総理がつくったアフリカとの国際協力スキーム

現在、日本には2万人以上のアフリカ出身者が生活しています。特に日本車の中古車輸出ビジネスを通じた関係が深く、稲場さんは「アフリカで走っている自動車の9割は日本車。日本車はアフリカでも非常に人気があり、30年以上前から、日本に中小の貿易会社を設立して、中古車や部品をアフリカに輸出する事業が続いている」といいます。

アフリカ各国との国際協力において、大きな転機となったのが、2013年に故・安倍晋三・元内閣総理大臣が打ち出した「ABEイニシアティブ」です。
※ABEイニシアティブ:アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)

「ABEイニシアティブ」とは、アフリカの産業人材育成と、日本とアフリカのビジネスをつなぐ人材の育成を目的として、アフリカの若者に日本の大学への留学や企業でのインターンシップの機会を提供するものです。

このプロジェクトによって多くの留学生が来日し、日本でスタートアップ企業を立ち上げるなど活躍していると稲場さんは説明します。

「日本とアフリカの人的交流の関係の幅を大きく広げたのは、安倍元総理のリーダーシップだったことをもっと知ってほしい。そして、今まで積み重ねられたアフリカと日本の関係づくりが一気に消し飛んでしまうことになると、これは非常にもったいない」と懸念を示しました。

「投資排外主義」という新たな潮流

日本で高まりを見せる排外主義には、複数の種類があると伊藤教授は分析しています。

「まずひとつは歴史修正主義による排外主義です。2000年代から在日コリアンの方を標的とする排外主義が猛威を振るっていましたが、2010年代にヘイトスピーチ対策に関する法令が整備されて下火になっていきました」

さらに、2023年からはクルド人に関する問題に見られる「福祉排外主義」が起きています。これはヨーロッパでも起きているもので、「自分たちが払っている税金や社会保険料が外国人に使われているのではないか」 という不満や反発です。

こうしたなか、伊藤教授は近年、「投資排外主義」という新たな潮流が生まれていると指摘します。

「円安政策やインバウンド政策によって、海外資本が日本に入り、中国の富裕層が日本の景勝地や水源地、タワーマンションを買い漁っているという言説が広まっている」といい、実態がそうなっていなくても、「日本はどんどん食い物にされてしまうのではないか、という不安がある」と説明します。

また、伊藤教授によれば、今回のホームタウン事業で反対運動を行った人々の中には「メガソーラー反対」という主張も見られたといいます。これは「中国資本が入ってきて日本の国土を破壊している」という懸念と結びついており、「移民反対とメガソーラー反対を掲げたデモも行われた」と述べました。

今回のような混乱は再び起こりかねない

伊藤教授の調査では、今回の反対運動には「単純に排外主義とだけ言い切れない広がり」があったといいます。

「ホームタウン事業に関しては、右派だけでなく、リベラルな市民団体や国際交流を行っている団体などからも、『考え直してほしい』という意見がありました。これまでのアフリカ各国との国際協力の積み重ねを踏まえず、トップダウンで降ってきた政策に対して、現場で活動してきた人たちが納得できないという側面があったのではないでしょうか」

また、稲場さんは「政府は、やろうと思えばまともな外国人政策、まともな多文化共生政策があればできるはずなのに、しっかりやらずに地方自治体やNPOに押し付けている。こんな状況では立ち行かなくなる」と述べました。

「『外国人政策』をもっとポジティブに、かつ多文化共生の方向性で全体的に修正していかないと、今回のような問題は何度でも起こるのではないかと思います」

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