ぷらにInstagram(@pula2_lib)より 渋谷駅から東急田園都市線で30分ほど、「神奈川の成城」との異名を持つたまプラーザ駅は、郊外ながらハイソな雰囲気が漂う。
もともと東急電鉄による「多摩田園都市構想」の中心地として、再開発が進められたたまプラーザ駅。駅周辺には商業施設『たまプラーザ テラス』や東急百貨店があり、スターバックスや老舗書店の有隣堂、ユナイテッドアローズなどのテナントが入居する。
また駅前には、一帯を囲うようにケヤキ並木の街路樹が整備され、緑ある街並みも落ち着きを感じさせる。
そんな住環境の良さを匂わせる街並みを歩くと、ひときわ目を惹くのが“学習塾の多さ”だ。
「SAPIX」「日能研」「河合塾」「TOMAS」「早稲田アカデミー」――。都心から離れた住宅街でありながら、あたり一帯には小学生から高校生までを対象にした学習塾が200弱も集積しているという(塾検索サイト『塾選』による)。
こうした受験激戦区で、小中高生が息抜きで訪れるのが、私設図書館『ぷらに』だ。
“たまプラーザ駅から徒歩2分”だから、略して『ぷらに』――。そう呼称される私設図書館には、さまざまな事情を抱えた子どもたちが訪れる。
不登校の児童が学校の代わりとして利用したり、受験勉強に疲弊する学生が塾の行き帰りに立ち寄ったり、自閉症やADHDなど発達特性を持つ当事者が相談に来たり……。来訪する動機はさまざまだが、一様に羽を休めたい子どもたちが集まる。
一見、教育環境が整うハイソなエリアの水面下で、居場所やSOSを求める子どもたちはどのような問題を抱えているのか。
◆仕事場の一部を「私設図書館」に
たまプラーザ駅前の学習塾がひしめく表通りを抜け、裏路地のビルに入ると、その一室に「図書館やってます」と手書きの看板が目に入る。
呼び鈴を押すと、運営者の青柳志保さんが迎え入れてくれた。私設図書館とはいえ、2Kの一室は自宅のような佇まいだ。ここ『ぷらに』は、動画制作を生業にする青柳さんの仕事場の一部を、子どもたちのために開放しているという。
端的に言えば、同級生の友達の家にふらっと遊びに来て、テーブルに置かれているお菓子をつまみながら、本棚に置いてある漫画や本を読む。そんなラフで開放的な雰囲気だ。
青柳さんが『ぷらに』を立ち上げたのは2021年。当時はコロナ禍の最中で、学校も休校が続くなか、息子が同級生を連れて仕事場にたむろするようになったのが発端だった。
そのうちコロナが収束し、休校措置が解除された中でも、通学を拒む子どもたちが一定数現れた。そうした登校をしぶる学生に、自宅や学校でもないサードプレイスを提供したいと考えた青柳さんが、部屋の一角を開放するようになり、現在の『ぷらに』が形作られていく。
◆家庭に疲れた子どもは「マスクを外さない」
やがてインスタグラムなどSNSで発信を続けるうち、1週間で10人ほどの少年少女が訪れるようになった。そのうち子どもたちとの対話を続けると、表面的には恵まれた家庭で育ったように映る利用者にも、複雑な背景が垣間見られるようになる。
「主に『ぷらに』には、小学校中学年から高校生までが訪れますが、彼らの半数以上が塾に通っています。表向きには、親との関係が良好であるように見える子どもも、ここでくつろいでいると不仲であるのが垣間見える瞬間があります。
過去に、都内有数の進学校に通っている中学生の女の子がいました。その子は5歳から塾に通って小学校受験を経験し、一見おとなしくて品のある女の子なんです。最初、お母さんに連れられてここに来たときは従順な様子で、私に対しても『お菓子いただいてもよろしいですか?』と行儀良く振る舞うんです。
それが一変、お母さんがいなくなった途端に口が悪くなるんですね。舌打ちしたり、お母さんに対して『うざい』と悪口を言ったり、態度が急変するんです。私が裏で仕事をして存在感を消していると、友達との会話の中でお母さんのことを『クソババア』と言って愚痴をこぼすこともありました」
一見、その場の空気を読んで、本音と建前を使い分けられるのは、成長の証にも思える。
ただ裏を返せば、子どもが素の自分を抑え込み、窮屈な思いをしている証左とも取れる。過干渉とは言わないまでも、教育熱心な親に疲弊した子どもは多いという。
「この女の子のように、家庭環境に疲れた子どもの一定数は、“マスクを外さない”という共通項があります。それは親の顔色を伺う習慣が身についたことで、自分の本心を悟られたくないという裏返しにも見える。どこか早熟すぎる雰囲気を纏っているんです。
幼少期から受験勉強を強いられ、周りの家庭と学力や経済力で比較され、毎朝毎晩ラッシュの電車に乗って通学する――。こうした環境を考えると、子どもを良い学校に入学させることが、どれだけ本人のためになるのでしょう。
もちろん親が子どもの将来を思って投資して、塾や習い事に通わせるのは良いことだと思いますが、同時に線引きが大事だと実感する機会も多いです」
◆NPOとして運営しない理由
親との関係に疲れた子どもたちが訪れるなか、『ぷらに』で青柳さんは“極力親とは接触しない”スタンスを心がけている。それは、運営者が親とつながることで、子どもたちがリラックスできないと考えるからだ。
「仮に、私が保護者に対して子どもの様子を報告すれば、それだけ子どもの警戒心は高まってしまいます。『ぷらに』としては、学校や家庭に居心地の悪さを感じるときに、ふらっと友達の家に遊びに来るような雰囲気が理想だと考えています。
よく地域の方からは『大々的に活動を宣伝して欲しい』と言われることもありますが、告知はインスタのみに留めています。事業を広げすぎてしまうと、子どもが居づらくなってしまうし、親御さんが託児施設のように勘違いしてしまうケースもある。親御さんの都合のいい場所になるのは、私の運営方針とはズレがあるんです。
もちろんきっかけとして、親がインスタを見て子どもに紹介するケースは多いですが、最終的には子ども本人の意思で来てほしいとお願いしています。そこから友達を連れてきて、徐々に横のつながりが広がっていくのが自然な流れだと感じています」
◆ルールは「一番立場が弱い人に合わせること」
『ぷらに』で過ごす際も、とりわけ厳しい制約は設けていない。「利用できるのは25歳まで」「本を読んでいる人がいたら静かにする」「便座を汚したら掃除する」など暗黙の決まりはあるものの、あくまでも常識の範囲内だ。周りから過度に干渉されず、くつろげる空間を作ることで、来訪者の安心感を保っている。
この場所の大切なルールの一つに「一番立場が弱い人に合わせて過ごす」というものがある。
「ADHDや自閉症の特性がある子は、人の声や物音に過敏な子が多くいます。そうした子どもが来たときは、その子が安心して過ごせることを重視します。その子が集中して本を読めるように、周りも静かにするようにと伝えています。
ぷらにを運営していて興味深いと感じるのは、子どもたちは同じ場所で過ごす傾向があるんです。行きつけの店でいつも同じ席に座るように、ここを頻繁に訪れる子どもも、部屋の入り口や椅子の下など決まった場所でくつろいでいます。そうしたパーソナルスペースが保たれるような配慮は意識していますね」
◆リストカット痕のある女子中学生のケース
『ぷらに』の運営を始めてから4年ほど。規模としてはささやかに見えるが、毎週10人程度が訪れるなかで、さまざまな若者と関わってきた。性別違和に悩む中学生や、離婚した父親から性的虐待を受けた女の子、いじめを機に中退した男子高校生など、時には過酷な思春期を過ごす若者にも出会った。
なかでも印象的だったのは、児童相談所を呼んだときだった。
「その当時、閉館時間になっても、帰宅を拒む中学1年生の女の子がいました。その子の腕には自傷行為(リストカット)の痕があり、話を聞けば『親から嫌われている』と一点張りで話すのみ。
基本的に、利用者の家庭事情には詮索しないようにしているものの、そのときは何時間も話した末に児童相談所の存在を教えたんです。動画で施設の様子を見せ、通報時は親にも連絡が行くことなどを教えたうえで、それでも本人が希望するので呼びました。
結局、その場では児相に行かず、ほどなくして女の子は来なくなりました。きっと母親に(ぷらにに行くことを)禁止されたのだと思います。そのときの対応が最善だったのかは今でも悩みますが、際どい状況下にある子どもが、他に頼れる場所がなく訪ねてくるのも事実です」
◆かつては街の喫茶店で相談事をしていたが
深刻な境遇を抱える利用者と接するなか、彼らの中で変化が芽生えた瞬間にも立ち会ってきた。
「特に男の子に多いのですが、最初は塞ぎ気味な状態でも、徐々に心を開いてくれるようになるんです。『趣味でDJを始めた』とか、『僕も何か手伝いたい』とか、『初めて性行為を経験した』とか、赤裸々に打ち明けてくれることもあります。普段は全然喋らなくても、要所要所で何かを報告してくれる変化を目の当たりにすると、彼らには家族や先生以外で気軽に話せる大人の存在が必要なのだと痛感します。
私が学生だった数十年前は、たまプラーザにも個人経営の喫茶店がいくつかあって、そこで年上のウェイトレスに世間話や相談事をしていたのを覚えています。あるいはご近所付き合いも残っていたので、それなりに開放的な空気感があったはずです。
それが昨今は、どこもチェーン店ばかりなうえに、スマホやSNSが浸透して、対面での関わりが薄れている。その皺寄せがウチに来ているのかなと感じます。だからこそ行政主導ではなく、民間で当事者の気持ちがわかる人が運営する場所が求められているのだと感じます」
◆再開発が進むことの功罪
『ぷらに』は私設ではあるが、仕事場の一室を開放しているため、子どもたちからお金を取らずに運営を続けられているという。青柳さん自身が月5万円まで私金を出し、これまでの利用者や有志から寄贈された本や漫画を集めている。
今後は、引き続き『ぷらに』の運営を続けつつも、「いずれは元利用者でやる気ある若者にバトンを渡していきたい」と話す青柳さん。行政ではなく民間で、かつ寄贈で成り立つ場所であるからこそ、枠組みに縛られない開放的なコミュニティを育んでいきたいと明かす。
青柳さんの話を聞くと、たまプラーザの街並みも変わって見える。表向きは百貨店や飲食チェーン、病院や教育施設などが揃い、生活環境はかなり整っている。また公園などの遊び場や、ケヤキ並木の街路樹などの緑も多く、開放的な雰囲気を感じられる。
その一方で、子どもたちが息をつける場所は徐々に失われている。塾が大々的に掲げる合格実績を記した看板を見ると、そう思わざるを得ない。たまプラーザの一角に佇む『ぷらに』は、再開発に成功した都市の“見えない課題”を映し出しているように思えた。
<取材・文/佐藤隼秀>