島本和彦と藤田和日郎は“不安な時代”をどう捉えた? 最新作『ヴァンパイドル滾』『シルバーマウンテン』から読み解く

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2025年10月14日 08:00  リアルサウンド

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『ヴァンパイドル滾』(島本和彦)【左】、『シルバーマウンテン』(藤田和日郎)【右】ともに小学館

 「週刊少年サンデー」(小学館)23号(2025年5月7日発売)での「W新連載開始」が話題になった、島本和彦『ヴァンパイドル滾』と藤田和日郎『シルバーマウンテン』の単行本第1巻が、先ごろ同時発売された。


【画像】藤田和日郎と島本和彦の場外乱闘勃発? Xで繰り広げられた"舌戦”


■不安な時代に抗う主人公の「快楽」の表情


 島本和彦の『ヴァンパイドル滾』は、タイトル通り、“ヴァンパイア(吸血鬼)にしてアイドル”という少年・血潮滾(ちしおタギル)の物語である。3人組男性アイドルユニット「バンフレイム」の一員として活動していたタギルは、ある夜、ライブの途中で、何者かの策略により、ヴァンパイアにされてしまう。


 当然、その後の彼は血を渇望するようになるのだが、彼にしかできない奇妙なやり方で、その欲求に耐え続ける。そう、このタギルという少年にとっては、もともと「ガマンするのが何よりも快感」であり、その“耐える”ときに彼が見せる艶かしい表情に、なぜか多くの人々は魅了されてしまうのだ(そもそも彼を見出した「バンフレイム」のプロデューサー・神楽翼が惹かれたのも、その表情であった)。


 まず、本作では、この「苦痛に耐えることが快感」(そして、それが彼の魅力になっている)という主人公のキャラクター造形が秀逸である。


 マルキ・ド・サド作品の翻訳者として知られる澁澤龍彥は、『快楽主義の哲学』の中で、「幸福」と「快楽」の違いについて、こんなことを書いている。


 要するに、幸福とは、まことにとりとめのない、ふわふわした主観的なものであって、その当事者の感受性や、人生観や、教養などによってどうにでも変わりうるものだ、ということです。


 これに反して、快楽には確固とした客観的な基準があり、ぎゅっと手でつかめるような、新鮮な肌ざわり、重量感があります。
(中略)
 たとえ一瞬の陶酔であっても、その強烈さ、熱度、重量感、恍惚感は、なまぬるい幸福など束にしてもおよばないほどの、めざましい満足を与えます。
〜澁澤龍彥『快楽主義の哲学』(文春文庫)より〜


 また、こうも書いている。


 快楽も苦痛も、人間の感覚に根ざした現象です。感覚に根ざしているからこそ、それだけ切実であり、万人に共通のものといえます。
〜前掲書より〜


 つまり、タギルが血への渇望に耐えるたびに見せる一瞬の輝き――すなわち、「苦痛」と「快楽」がないまぜになった切実な表情が、なぜ多くの人々の心を打つのかといえば、それは、彼の強烈な恍惚感が、万人を共感させうる普遍的な“何か”を秘めているからに他ならない。


 ちなみに、独文学者の種村季弘によると、「吸血鬼伝説の特産地」たるバルカン諸国では、「社会的変動のはげしい時代に吸血鬼はいつも喚び戻され」、繰り返し「一種の吸血鬼ブーム」が起きるのだという(『吸血鬼幻想』)。


 あらためていうまでもなく、これはバルカン諸国に限ったことではないだろう。そう、生と死が織りなすエロスのメタファーでもある吸血鬼の物語は、洋の東西を問わず、「社会変動のはげしい時代」――いい変えれば、「不安に満ちた時代」には何度でも甦る。そして現代もまた、パンデミック、震災、異常気象、原発、戦争、テロ、不況など、不安の要素をいくつも抱えた時代である。


 いずれにせよ、魑魅魍魎の跋扈する芸能界でサヴァイヴしていく少年の姿を描いた島本和彦の『ヴァンパイドル滾』は、そうした時代の不安の数々を“避けられないもの”として受容しつつも、それでもなお、「生きる」ことの重要さを説いたポジティヴな作品だといえるだろう。


■子供の姿をした老武術家のコンビが異界で共闘


 一方、藤田和日郎の『シルバーマウンテン』は、少々トリッキーな「異世界転生物語」である。


 主人公は、拝郷銀兵衛という85歳の武術家(整体師)。大切な“ある用事”を果たすため、身辺の整理を終え、旅に出ていた彼は、電車の中で突然怪異に巻き込まれてしまう。


 気がつくと銀兵衛は、竜が舞い、魔道が飛び交う異界(空には、赤ん坊の形をした「お天道さん」が浮かんでいる)に転生し、さらには、10歳の少年に若返っていた(ただし、彼が自身の若返りに気づくのは、転生後しばらく経ってからのことである)。


 また、偶然(?)同じ電車に乗っていた銀兵衛の宿敵・佐伯兵頭(武術家・84歳)も怪異に巻き込まれており、少年の姿に変化(へんげ)させられていた(彼らを異界に送り込んだのは謎めいた烏天狗だが、その意図はまだわからない)。


 異界の名は、「螺界(らかい)」――別の場所では「仙境」とも呼ばれるその地で、ふたりは、「嘘がつけぬ女」(トゥアハの民)サイッダを助けながら、高く巨大な「銀色のお山」――「シルバーマウンテン」の頂(いただき)を目指すことになる。


 凄い物語だ。『うしおととら』から『ゴーストアンドレディ』にいたるまで、本来は水と油のような2人が共闘することになるバトル物というのは、藤田和日郎が最も得意とするジャンルの1つだといえるが、本作でも、銀兵衛と兵頭のコンビが絶妙である。


 いずれにせよ、『ヴァンパイドル滾』のような「吸血鬼物」同様、「異世界転生物語」もまた、「不安な時代」が生み出すファンタジーの1ジャンルだといえなくもない。そう、現在、漫画や小説の世界で、「異世界転生物語」が流行しているのは、“現実の世界から逃れたい”という願望を持った若い読者が、いかに多いかの表われに他ならないのだ。


 拝郷銀兵衛と佐伯兵頭。この子供の姿をした老武術家2人もまた、“吸血鬼のアイドル”血潮滾と同じように、この世界は理不尽なことばかりだが、「それでも前を向いて生きよ」という力強いメッセージを、“いま”を生きる少年少女たちに伝えているように私は思う。


(文=島田一志)



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  • 島本さんのは古臭いけど勢いで読ませてる感じ。藤田和日郎は安定の面白さ
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