東京大学に所属する研究者らが発表した論文「MorphKeys: A Reconfigurable Keyboard System Using Switched NFC Tags」は、キーの配置を自由に変更できるキーボードシステムを開発した研究報告だ。
「MorphKeys」と呼ぶこのシステムは、従来の固定されたキーボードレイアウトの制約を打破し、ユーザーの手の大きさや使用目的に応じて、キーを3次元的に配置できる。
現代のコンピュータ入力において、キーボードは最も広く使用されている入力デバイスだが、その形状は画一的で、人間工学的に最適とは言い難い。長時間の使用による上肢への負担や、個人差への対応不足といった問題が長年指摘されてきた。エルゴノミクスキーボードなど改良製品も存在するが、個々のユーザーの手の大きさや好み、使用場面に完全に対応することは困難であった。
一方MorphKeysは、各キーが独立したバッテリー不要のモジュールとして機能する。各キーユニットには、押されたときのみ動作するスイッチ付きNFCタグを内蔵。ユーザーがキーを押すと、タグ内の回路が接続されてNFCタグとして機能し、リーダーがこれを検出してキー入力として認識する。NFCの衝突防止機能により、複数のキーを同時に押した場合でも正しく検出される。
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システムの読み取り範囲を拡大するため、研究チームはリレー共振器を採用した独自の設計を開発した。ソースリーダーの両側にリレーリーダーを配置することで、十分な読み取り範囲を確保しながら、3次元的なキー配置を可能にしている。この配置により、中央部にデッドゾーンが生じるものの、左右のエリアで安定した読み取り性能を実現した。
キーの固定方法も独特で、粘土の上に砂鉄の層を配置し、各キーユニットに埋め込まれた磁石により固定する仕組みを採用。砂鉄は電気伝導性が低いため、NFCの動作を妨げる渦電流の影響を最小限に抑えることが可能だ。また、粘土は自由に形状を変えられるため、ユーザーは直感的にキー配置を調整できる。
プロトタイプの技術評価では、リレーリーダーを使用した場合でも単独のソースリーダーと同等の読み取り性能を維持できることを確認した。最大読み取り距離は、最も性能の低い領域でも32mm、最高で55mmに達している。キーを30度傾けた状態でも20〜50mmの読み取り距離を確保でき、3次元配置に十分な耐性を持つことを示した。
入力遅延については、単一キー押下時で平均26ミリ秒、最大38ミリ秒という結果が得られた。複数キーの同時押下時には衝突防止処理のため遅延が増加するが、一般的な用途では実用上問題ないレベルだ。ただし、競技用FPSやリズムゲームなど、極めて高速な入力が要求される用途には適さないという制限がある。
MorphKeysの応用可能性は幅広い。ユーザー固有のキー配置では、手の大きさや好みに応じて、キー間隔や回転角度、全体的なレイアウトを自由に調整できる。3Dプリンタで作成するカスタムキーボードと異なり、日常使用を通じて反復的に配置を改良できる点が大きな利点だ。
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また、アプリケーション固有のキー配置も可能で、CAD操作時には頻繁に使用するショートカットキーと数字キーを使いやすい位置に配置し、文字入力が不要なキーを取り除くといった最適化ができる。
Source and Image Credits: Koki Yamagami, Masato Goto, Junichiro Kadomoto, and Hidetsugu Irie. 2025. MorphKeys: A Reconfigurable Keyboard System Using Switched NFC Tags. In Proceedings of the 38th Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology(UIST ’25). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 66, 1-11. https://doi.org/10.1145/3746059.3747706
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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