
歴代最多8度の優勝を誇るJリーグの名門クラブが、9年ぶりのリーグ制覇を射程圏内に捉えている。今季のJ1は残り5節、鹿島アントラーズが後続に勝点5差をつけて首位に立っているのだ。ジーコイズムが息づく茨城県鹿嶋市では、ラストスパートをかけるチームを熱いサポーターがあと押ししている。
シーズン開幕前に行なわれる鹿島の新体制発表会は、コロナ禍が落ち着いた2023年から記者会見方式をあらため、抽選に当選したソシオ会員を鹿嶋勤労文化会館(高正U&Iセンターホール)に招待するサポーター参加型になった。自家用車のみならず、自転車や徒歩での来場者も多く、年齢層も幅広い。
そんな筋金入りのファンを前に、2023年は植田直通と昌子源(現・FC町田ゼルビア)というふたりの"復帰組"センターバックが登壇。植田は「もっと血を流せ、と皆さんから言ってもらえるようになりたい」と、真顔で言って会場を沸かせた。2024年はやはり"復帰組"でキャプテン、背番号10、選手会長とチームのあらゆる"顔"となった柴崎岳が登場。「覚悟を持って帰ってきた」と決意を示し、熱い拍手を受けた。
そして今年は川崎フロンターレに数多くのタイトルをもたらし、クラブOBでもある鬼木達監督の就任が話題を集めるなか、とても印象的だったのが、ユースから昇格した徳田誉、松本遥翔、佐藤海宏の3選手の決意表明だった。10代の3人はいずれも自分自身の言葉で、目標と鹿島のアイデンティティと言える勝利へのこだわりを力強く語っていた。
司会を務めた鹿島の元右サイドバック、元日本代表の名良橋晃さんも「みんな、素晴らしい」と目を細めていた。また、サポーターからの質問コーナーで憧れの選手を問われた徳田は、「鹿島ユースの監督だった柳沢(敦)さん(今季からトップチームのコーチに就任)のような選手になれるように、頑張りたい」と答えた。
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伝統と継承──それらが何気ないシーンに垣間見える機会でもあった。
それから9カ月が経った現在、鹿島は勝点65で首位に立っている。後ろには、2位京都サンガF.C.、3位柏レイソル、4位ヴィッセル神戸が勝点60で並ぶ。鹿島はインターナショナルマッチウィーク明けに、神戸、京都とのアウェーでの直接対決が組まれている。覇権奪回への重要な2試合になるのは間違いない。
また、鹿島はここ数年、ちょうどこの勝負どころのタイミングで、優勝争いから脱落してきた。ひさびさにヒリヒリするシーズン最終盤を迎えることになる。
【鹿島はやはり"勝利"に執着すべき集団】
鹿島は近年、新たな領域に到達しようと試行錯誤を繰り返してきた。吉岡宗重前フットボールダイレクター(FD)時代には、レネ・ヴァイラーから、岩政大樹を挟み、ランコ・ポポヴィッチと、ヨーロッパからの監督招へいに2度着手。しかし、いずれも短命政権に終わった。
昨季のポポヴィッチ体制下、選手たちからは練習がとても充実しているという声が聞かれた。だが、成績が低迷した際にも、ポポヴィッチは「楽しむことが大切」と発言。それは勝利を前提に逆算していく鹿島の哲学とは相反するスタンスと言え、結局、解任された。ポポヴィッチが勝利に徹したらどうなるか──クラブはそこに懸けたはずだったが、そのセルビア人指揮官は鹿島のカラーに染まり切れなかった。
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ただ、思いきった監督人事を行なったことにより、少なからず新鮮な風が吹き込んだのも事実だった。同時に、選手たちのみならずクラブ全体が、やはり鹿島は何よりも"勝利"に執着する集団であるべきという認識を強めた。
そこにクラブOBで実績のある鬼木監督が就任。昨季終盤にフットボールダイレクターに就任した中田浩二氏が、新指揮官の"復帰"を実現させた形だ。川崎でJ1を4度、ルヴァンカップを1度、天皇杯を2度制している指揮官は、新天地でもゴールと勝利を徹底的に求めた。その先にある理想は"圧倒"だ。
先制しただけで満足するな。2点目を狙っていこう。2点を取れたら3点目を奪いにいけ。そのためにも試合を支配し、圧倒するのだ。クラブのアイデンティティに立ち返るようなメッセージを訴え、選手たちの攻撃的な本能を強く刺激した。
鬼木監督のその理想に、エースの鈴木優磨は共鳴した。
「1点を取ると今までは守りに入る感じがあったけど、『チャンスがあったらいこう』と。決してリスクを取ってまでいけというわけではないですが、鬼さんはたたみ掛けようと言っています。追加点を取りにいくことを求められています。『どんどんいけ』と。そこはみんなで意識できています」
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【「重要なのはゴール。理想は圧倒して勝つこと」】
鹿島は2023年10月から今年4月まで、実にリーグ27試合もホーム負けなしが続いた。しかし、鬼木監督はどこかチームに根付いていた──2018年のACL制覇あたりからだろうか──負けないことが正義だという保守的なマインドを変えていった。
これまでは、無敗記録をよし、と解釈する監督もいた。だが、敗北を恐れていては勝利をつかめないと、鬼木監督は訴えたのだ。
失点しない戦い方から、ゴールを奪い切る攻撃的なスタイルへ──。
「重要なのはゴール。そのために、いかにボールを早く回収できるか。理想は圧倒して勝つこと」と指揮官は振り切った指針を掲げた。それは選手たちの奥底に眠っていた闘争心を呼び覚ました。
ホームでの無敗記録が27で止まったのは、第9節(4月6日)の京都サンガ戦(3-4)だ。痛恨の一敗ではあったが、鬼木監督は「(マッチアップなど)闘う部分のところばかりを強調し、ボールを動かすところで主導権を握れなくなってしまった」と言った。鹿島が優勝するために必要としていた具体的な要素を知る機会にもなったはずだ。
DF植田は言う。
「昨年までの悔しさも、今年の戦いに生かしていけていると思っています。やはり『負けてはいない......』というところで、満足してしまっていたのかなと。そこで満足せず、勝ちにもっていく考えが、今はみんなにあると思います」
その選手たちが勝利を希求する姿勢は、これまでになく、観る者を魅了するようになった。一段と心を揺さぶるようになった。
ひたむきに、勝利のために全力を尽くす──。
そんな選手たちの姿を、スタジアムに訪れるアントラーズのサポーターは精一杯あと押しする。敗れた時の悔しさ、勝った時の喜び、その感情の揺れ幅は激しく、だからこそ勝利の味も格別になっていると感じる。それは負けなければよし、という考えでは、手に入れられなかった一番の効果なのかもしれない。
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