TBS番組公式HPより夏帆(34)と竹内涼真(32)がW主演中のTBS『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(火曜午後10時)が面白くなってきた。
◆令和版凸凹夫婦コメディ
夏帆が演じる自分を見失った女・山岸鮎美と、竹内が扮する令和の封建主義男・海老原勝男が中心となるラブコメディ。ダメな2人に思わずツッコミを入れたくなるから、視聴者参加型ドラマさながら。
鮎美と勝男は大学の同級生で当時から付き合っていた。卒業後は鮎美が商社の受付担当者になり、勝男はメーカーに入る。その後、2人は長く同棲。勝男は結婚まで秒読みと思っていた。
ところが、勝男は大きな勘違いを続けていた。「料理は女がつくって当たり前」と固く信じた上、味から彩りにまで細かく口を出した。味噌汁の豆腐が木綿か絹ごしかにまで拘った。もちろん、ほかの家事も一切やらない。これでは鮎美が奴隷だ。勝男は「女は酒が弱い」という謎の妄想も抱いており、鮎美には酒を飲ませなかった。
もっとも、鮎美が一方的に被害者だったかというと、そうでもない。鮎美の目標はハイスペックな勝男との結婚することだけだった。自分をかなり偽ってきた。これでは疲れる。ついには本当の自分が分からなくなってしまい、勝男からのプロポーズを「無理」と断る。
このところラブコメは全般的に不振なのなのだが、このドラマはキャストや味付けがよかったらしく、視聴率は上々。10月7日放送の第1回は個人3.4%(世帯6.3%)で、同14日放送の第2回は個人3.9(世帯7.0%)と伸びた。
◆連ドラ、意外な空白…
夏帆の連続ドラマ主演はテレビ東京『ひとりキャンプで食って寝る』(2019年)以来、6年ぶり。ひきこもり女性に扮したNHK『星とレモンの部屋』(2021年)など主演作はスペシャルドラマや映画に多い。
日本テレビ『ホットスポット』(2025年)でのピントの外れたホテル従業員役やフジテレビ『silent』でのひたむきに生きる聴覚障害者役など印象深い助演も数多くやってきた。俳優としての可動域が広い。「主演級の善玉しかやりません」という俳優とは異なる。
職人肌というわけか。それもそのはず。芸能界歴が長い。小学5年生だった2003年。東京・原宿で声を掛けられ、10代向けファッション誌『ピチレモン』(学研、2015年休刊)のモデルなどを始めた。
もっとも、芸能界入り後も暮らしはほとんど変わらなかった。10代のころの夏帆はこう語っていた。
「最初は生活が180度変わってしまうのでは、と思っていたんですが、お仕事を始めてみたら想像と全然違いました」(毎日新聞夕刊2007年3月9日)
これは人によって違う。10代の芸能人の中には学校を休みがちになったり、派手に遊ぶようになったりする人もいる。夏帆は芸能人になったことによって特別な存在になることを好まなかった。結果的にこれは今も続く夏帆の持ち味につながっている。芸能人臭の薄いところである。
◆国民的妹キャラ時代
翌2003年からはドラマにも出るようになり、4作目のBS-TBS『ケータイ刑事 銭形零』(同)で早くも主演する。13歳だった。ただし、女子中学生が携帯電話を使って事件を解決するというマニアックな深夜ドラマだったため、俳優としての評価は難しかった。
一方で知名度は上がっていった。2004年から3年間、CM「三井のリハウス」のリハウスガールを務めたからだ。宮沢りえ(52)、蒼井優(40)の後輩にあたる。記憶にある人も多いはず。当時のリハウスガールはNHK大河ドラマで子役をやるより知名度アップに役立ったくらいだ。
俳優としての評価を固めたのは初主演映画『天然コケッコー』(2007年)。全校生徒が6人しかいない島根県の小中学校が舞台だった。夏帆の役柄はその中の中学生・そよ。おさげ髪でちょっと天然ボケの少女だった。
その学校に東京からイケメン少年が転校してきた。そよは少年に恋をする。どこにでもありそうな話だが、そよにとっては特別な初恋物語が始まった。脚本はNHK連続テレビ小説の傑作『カーネーション』(2011年度下期)の渡辺あや氏(55)が書いた。
この映画は毎日映画コンクールで日本優秀映画賞を獲るなど高く評価された。夏帆自身も日本アカデミー賞新人俳優賞などいくつもの賞を得た。その後、マスコミはこぞって夏帆の演技を賞賛するようになる。
よく誉められるのは「どんな役柄でも演技が自然でわざとらしさがないところ」、「陰りのある女性も明るい女性も演じられるところ」。映画記者によると「最初からずっとうまかった。演技で苦労しているという話を聞いた記憶がない」という。
◆清純派からの大転換
「アクションが吹き替えなしでやれるところ」も評価されている。ドラキュラ族のボス格に扮した主演映画『東京ヴァンパイアホテル映画版』(2017年)でもキレキレの立ち回りを見せた。「突出している存在に見えないが、実際には突出している俳優」(映画記者)
しかし、夏帆本人はいつも「ずいぶん長いこと役者をやっていますが、いまだに芝居が全然分からない」(朝日新聞夕刊2020年2月14日付)などと控え目。謙遜やポーズでなく、本音らしい。いくら誉められようが、キャリアが長くなろうが、偉そうにならないところも芸能人臭の薄い一因か。
濡れ場を断るようなこともしない。芸能界の光と影が描いた映画『ピンクとグレー』(2016)では中島裕翔(32)との激しいベッドシーンがあった。抑圧された主婦に扮した主演映画『Red』(2020年)では元恋人で不倫相手の妻夫木聡(44)との濃厚な濡れ場を演じた。
ヤンキーや連続殺人犯なども演じた。イメージを守ろうとは考えていないようだ。夏帆はこう話している。
「純粋に、やりたい役か、役に責任が持てるかだけ。もちろん、いつも同じ場所にいてはダメ。何か新しいことを、というのは常に考えていますね」(読売新聞夕刊2019年10月9日)
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』にも夏帆にとっては新しさがある。デビュー12年の竹内との共演は意外や初めて。ラブコメ専門枠に近いTBS火曜午後10時台のドラマでの主演も初。そもそも夏帆はラブコメ自体が少ない。
夏帆はショートカットというイメージが定着している。今回もそう。だが、23歳だった11年前まではロングだった。髪を切ったころから役柄の幅が飛躍的に広がった。
芸能界で仲が良い友人は鈴木杏(38)や柄本時生(36)ら。やっぱり芸能人臭が薄く、うまい人たちばかりなのである。
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員