杉咲花×令和ロマンくるま対談。映画『ミーツ・ザ・ワールド』撮影の裏側、作品づくりの姿勢を聞く

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2025年10月23日 16:10  CINRA.NET

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Text by 森直人
Text by 永峰拓也
Text by 生田綾

擬人化焼肉漫画をこよなく愛しながらも、自分自身を好きになれない27歳の主人公・由嘉里が、新宿・歌舞伎町で出会う人々との交流を通じて「新たな世界」に触れていく―。金原ひとみの同名小説を松居大悟監督が映画化した『ミーツ・ザ・ワールド』は、現代を生きる若者の孤独と希望を繊細に描いた話題作だ。

由嘉里を演じる杉咲花は、推し活(&推しカプ)に全力投球しながらも将来への不安を抱える等身大の女性像をリアルに体現。一方、由嘉里が合コンで出会う青年・奥山譲役には、映画初出演となる令和ロマン・くるまが抜擢された。

映画の中でふたりの共演は、焼肉屋デートのワンシーンのみ。しかしその場面は、通常出会うはずのない猛者同士が不意に一戦交えたような、やたら強烈なインパクトを残すのだ。

俳優と芸人、異なるフィールドで活躍するふたりが映画の中で交差したことで生まれた、予測不能な化学反応。今回の対談では、そんなふたりが語る演技の舞台裏、そして作品づくりに対するそれぞれの姿勢やこだわりまで、ここでしか読めないレアな話が満載。まるで映画の続きをのぞき見するような、濃密でちょっと不思議な時間をお届けしたい。

©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会

――未知数すぎて今日のお話がどう転がるか、まったく読めないツーショットですね。

杉咲花(以下、杉咲):たしかに。

令和ロマン・くるま(以下、くるま):お会いするのも映画での撮影以来ですから。あの時が杉咲さんとは完全に初対面で。

杉咲:一日限りの撮影でしたしね。

――じゃああのワンシーンを経て、今日はまだ二回目?

杉咲:はい。なのでぎこちない感じかもです(笑)。

くるま:そうなんですよ! 我々セット売りできるような間柄じゃないんです。さっき写真撮るときも「距離詰めてください」とか言われて、えっ、近づいちゃってもいいんですか?って。不思議なピリつきが発生しましたよ。

――じゃあ今日、これから仲良くなってください(笑)。杉咲さんは、松居大悟監督とは2015年の第7回TAMA映画賞授賞式から親交があったんですよね。

杉咲:そうなんです。最優秀新進女優賞(『トイレのピエタ』『愛を積むひと』『繕い裁つ人』)をいただいたとき、松居さんは最優秀新進監督賞(『私たちのハァハァ』『ワンダフルワールドエンド』)を受賞されて。その後すぐ松居さんとご一緒できるかもしれない、というお話が立ち上がったんですけど、それは残念ながら流れちゃって。

――実際にお仕事されたのは、松居監督が今泉力哉監督、三宅唱監督と共に演出を務めたWOWOWドラマシリーズ『杉咲花の撮休』(2023)が最初ですよね。

杉咲:はい。そして今回、ようやく映画でご一緒できました。初対面から約10年、まさに念願叶って! ですね。松居監督の映画はファンのひとりとして、学生時代から観てきましたから。特に『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(2013)と『私たちのハァハァ』が好きです。

杉咲花

――『ミーツ・ザ・ワールド』と同じく、両方ともクリープハイプが音楽を務めた作品ですね。くるまさんへのオファーは今回どんな感じだったんですか?

くるま:マネージャーから突然聞かされた感じだったんですけど、松居大悟監督の映画は『ちょっと思い出しただけ』(2022)を観ていたんですよ。ニューヨークの屋敷裕政さんが出演されていたので。だから「あの感じね」と。「あれの、だいぶ出番少ない感じね」とか思ってたら、撮影当日になって焼肉屋に連れていかれて、「カメラ回ってるんで適当に喋ってください」みたいなこと言われて。いやいや、ムチャぶりじゃねえか! と。

杉咲:事前のホン読みとかもなかったですもんね。

くるま:そう、だから「杉咲花がいる!」って(笑)。いきなり目の前に杉咲さんがいるんですよ。状況おかしくないですか? しかも台本には、(くるまが演じた)奥山譲の台詞はちょこっとしか書いてなかったんです。

令和ロマン くるま

――えっ、じゃあ台詞はほとんどアドリブですか?

くるま:ええ。だから何を言ったかもう覚えてないんですよ。もちろん台本も、原作小説も読んでいましたから、要所要所で奥山譲という役の言葉は踏まえているんですけどね。ただ僕は「役」というより、ただのキモい奴として呼ばれたんだろうなと。「本物連れてきました」みたいな、実際キモい奴という点として置かれた気がして。だから「自分のままでいいんだ」と。演技じゃなく、普段のまんまの俺でいいと理解しました。ちょっと昔の自分というか。中高6年間男子校で女性に慣れてなくて、向こうの話をゆっくり聞けないから、間を埋めようとしてひたすら喋り続けるときの自分として喋ってました。

杉咲:すごい! カメラの前で緊張とか、何か表現しないとっていう欲とかは出なかったんですか?

くるま:映画の撮影が初めてだったから、緊張も何も状況自体が呑みこめてなかったんですよ。「なんでこんなにいっぱい大人がいるんだ!」とか。映画のスタッフさんってあんなに多いんですね。誰が何担当なのかよくわからず……もう本当に、すべてが謎すぎて。

――初めて映画のカメラで撮られているくるまさんの姿を、杉咲さんが一部始終目撃していたっていうシチュエーションが貴重すぎますね。

杉咲:あのときのくるまさんに、私は心底衝撃を受けました。台詞とアドリブの境目がまったくわからなくなるくらい、自分の思考から生まれてきたように言葉が出てきていて。「こんな風にカメラの前に立てる人がいるんだ……!」って感動したんです。役を演じるというより、ただ体が自然に反応している状態というか。私もこんなふうにできたらいいなと思っていました。

くるま:くえ〜っ(奇声)、嬉しい!

©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会

――映画『ミーツ・ザ・ワールド』で杉咲さんが演じる主人公・由嘉里こそ、実は「ずっと喋ってる」人物でもありますよね。普段は銀行員として働きつつ、職場では腐女子としての自分をひた隠しにしている。ただ擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」の推し仲間と居るときは、テンション高めの早口で喋り続けるっていう。

杉咲:そうですね。彼女の人物造形に関して、自分の中でテクニカルに足し算していくような捉えかたはしたくないなと思って。

撮影前にBL漫画やアニメの推し活をされている方にもお会いして、いろんなお話をさせていただいたんです。その時間がすごく楽しくて。他愛もない会話をしていく中で、好きな作品の話題になったときに、本当に目をきらきら輝かせながらお話してくれるんです。気づいたら自然に早口になっていて、声のトーンもちょっと上がってる。

そんなふうに自分の好きなものに夢中になっているときの純粋で高揚した気持ちは、私もなんだかわかる気がしたんです。共感を糸口にして、自分を由嘉里のイメージに向けてぐーっと押し広げていくような感覚でした。

くるま:「テクニカルに足し算していく」のが嫌っていうのは、自分の技術力みたいなものがむしろ邪魔になるところがあるってことですか?

杉咲:そもそも自分に対して、技術力があるとは思えないのですが、う〜ん……。「推し活をしている人とはこういうもの」というふうに、由嘉里をカテゴライズしたくなかったというか。ステレオタイプを避けたかったという感じでしょうか。

くるま:そういうこと、自分も言ってみたいです。

杉咲:やめてください、恥ずかしいです(笑)。

――杉咲さんが「役を生きる」ことについての考察や葛藤に関しては、前に主演映画『市子』(2023)でインタビューさせてもらったときにもおっしゃっていましたね。今回の『ミーツ・ザ・ワールド』では、由嘉里が自分と全くタイプの違う女性、歌舞伎町で働くキャバ嬢・ライ(南琴奈)と出逢って、彼女とのルームシェアをきっかけに思わぬ方向に人生が転がっていきます。

杉咲:そこがこの物語のすごくすきなところなんです。共通をフックに他者とのつながりが深まっていくことって多いと思うんですけど、本作では「圧倒的なわかりあえなさ」が出発点になっている。だけど由嘉里はライや、ホストのアサヒ(板垣李光人)たちの存在を必要とするんですね。

人と人は、別にわかりあえなくてもいいのかもしれない。だけど、わかりあえないままでも、それでも一緒に、近くにいられるんじゃないか。『ミーツ・ザ・ワールド』という物語は、そんな共生の祈りのようなものが描かれている気がしました。

©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会

くるま:僕も同感です。しかも歌舞伎町の具体的なモチーフや描写から、作者の思想性みたいなものが生々しく伝わってくるじゃないですか。決して抽象的なメッセージがぼんやり流れているような作品ではない。そこはやっぱり東京生まれの東京育ちであり、作品が扱っている現場を実際知っている金原ひとみさんの凄さ。歌舞伎町の解像度も高いので、めちゃくちゃ良い小説だなと思って読みました。

――確かに概念的な小説ではないですよね。しっかり肉体で描いているというか。

くるま:表現として信用できますよね。そこが本当に好きなんです。

――令和ロマンの漫才を見ていると、くるまさんは映画をよくご覧になっているイメージがあります。

くるま:いえいえ、別に詳しくはないんですけど。ただ先ほどチラッと名前が出た今泉力哉監督の映画はよく観ていて、「今泉監督の映画あるある」をテーマに漫才を一本作ったことがあります。

杉咲:え〜っ、見たい!

くるま:監督本人には見せられないくらいイジリ倒しているんですけど(笑)。

――今泉映画をアイロニカルな目線で徹底分析されたわけですね(笑)。くるまさんと言えば名著にして怪著『漫才過剰考察』(辰巳出版)も素晴らしかったですが、あらゆる漫才の構造を細かく刻んで整理していくしつこさに圧倒されました。これって性(さが)みたいなものですか?

くるま:そうですね。運動神経が悪いだけなんですよ。

杉咲:……どういうことですか?

くるま:例えば野球のピッチングとかも、「肩の力を抜いて指の先をヒュン!ってやればいいんだよ」みたいなこと言うじゃないですか。でもそんなニュアンストークでコーチングされたら、僕は絶対出来なくて。ここまでボールを持って、どこまで肘を上げて、耳の後ろを通って最後手首を返す……くらい細かく言われないと動作が覚えられないんですよ。だから何事も自分が理解するために分解しないといけないんです。

――なるほど、反射神経では自動的にこなせないから、一度理屈に分解するんですね。

くるま:はい。そうしないと飲み込めないんです。きっと胃が弱いんでしょうね。

――(笑)おふたりの共通点としては、パフォーマーでありつつ作家的側面もあるということ。杉咲さんは映画『52ヘルツのクジラたち』(2024)やテレビドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(2024)などと同様に、今回も脚本の打ち合わせ段階から会議に参加されていますよね。

杉咲:意見交換の場を大切にするようになったのは、ここ数年のなかでも大きな変化かもしれません。台詞や物語の展開に、違和感や疑問が生まれたときに「ま、いっか」で済ませることはできないなって。

カメラの前に立って演じることだけが、俳優の仕事ではないのではないかなと思うんです。自分の口から話す台詞で、自分がやりたいと思って出演を決めた作品に対して、自分なりに責任をとりたい。だから疑問点や違和感があったらチームで共有して、落としどころを見つけたうえで撮影に臨むというのは、自分にとっては、台詞を覚えて集合時間に現場に行くのと同じように当たり前のことなんです。

くるま:すごい健全ですね。僕はあんまり自分を作家とかクリエイターとかは思っていなくて、基本はパフォーマーです。ネタ作りに関してはライブとか締め切りがあって、やらなきゃいけないんだったらやりますよ、みたいなスタンス。僕は創作というより「補完」が好きなので。補いたいので、常に。

――面白いですね。例えば今のお笑いシーンにこれがないと思ったら、それを作るという意味の「補完」もあります?

くるま:あります。全体の状況を見渡して、あるはずのものがない、と思ったらそのネタを作る。とにかくここを「補完」したら大丈夫だからね、っていうのが好きなんですよ。僕は何も発明していない。というか、できない。得意なのはリペアとアレンジです。

――それで言うと、杉咲さんがおっしゃったことも「補完」に聞こえるんですけど。監督や企画のカラーに乗っかるけど、ご自身が引っ掛かると思ったところは、「補完」的にちゃんと意見を出すという。

杉咲:なるほど。そう言われるとそうなのかもしれない。

くるま:もしかして通じ合ってます? 僕はCEOじゃなくてCOO系。執行役は得意なんです。「これやりたいです」っていうのは自分からは全くなくて。でも誰かが言った話をまとめたりとか。

飲み会の幹事はしないんですけど、実際にお会計をまとめてるのが俺だったりします。自分主宰じゃないけど、取り皿とかなかったら俺が取りに行きます。おせっかいババアの自分が出ちゃいますね。

――アハハハハ。杉咲さんはその分析だと何タイプですか?

杉咲:飲み会でいうなら幹事タイプかな?

くるま:ほら、やっぱりリーダーですよ。僕なんかとはポジションが違います。座長。映画でも主演の人って座長って言ったりしますよね。そういう意識ありますか。

杉咲:いままで自分が経験させてもらってきた現場で、真ん中に立っている方の温度が周りに伝播してることを感じてきたんですね。だから自分がその立場になったときに、どこまでみんなを心地良く巻き込めるだろうということはいつも考えるのですが、うまくできてるのかな。難しいです。

――興味深いお話ですね。ところでもうお時間が来てしまったようで、名残惜しいですがこれでお開きにしたいと思います。おふたり、仲良くなれました?

くるま:(食い気味に)なれました!

杉咲:(笑)もっとお話ししたかったです!
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