
高校時代の天文部女子4人が30代になって再会し、一緒に人工衛星を打ち上げる夢に向かっていく。そんなドラマ『いつか、無重力の宙(そら)で』が、『いつ宙』の愛称で、働く女性層を中心に評判を呼んでいる。
30歳4人の等身大でナチュラルな会話
物語の主人公は飛鳥(木竜麻生)、ひかり(森田望智)、周(片山友希)、晴子(伊藤万理華)の4人。高校の天文部で「一緒に宇宙に行こう」と夢を語り合っていたが、ある日、ひかりが誰にも告げずに退学。他の3人もそれぞれの人生を歩む中で、次第に宇宙への関心は失っていた。
だが30歳になったある日、ひかりが飛鳥の前に現れ、「超小型人工衛星」をみんなで打ち上げる計画が持ち上がる。しかし資金は概算1千万円と高額で、ひかりへの複雑な思いもあり、当初は乗り気でないメンバーもいたが、次第に学生時代の夢を思い出していく。
行動に移す中で、大学研究室の協力を得られることになり、このまま夢を実現していくのかと思いきや、ひかりのがんが再発してしまう。実は高校時代に突然退学したのも、がんを発症したことが原因だったのだ。気丈に振る舞うひかりだったが、病魔には勝てずに急逝してしまう。残された3人は打ちひしがれるも、ひかりのためにも、人工衛星開発に向けて邁進していく…という展開だ。
支持される最大の理由は、30歳4人の等身大でナチュラルな会話と演技だろう。
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例えば、入院したひかりを3人が見舞うシーン。
ひかりは「退院したらジャンキーなものが食べたい」と言い、カップ焼きそばにキムチ、納豆、きざみ葱とごま油を入れて混ぜたものを挙げる。
「見た目が嫌」と拒否する飛鳥に
「かわいそう、焼きそば泣いてるよ?」(ひかり)
「いや、ていうか、私が焼きそばだったら、アレンジされる方が泣いてるから」(飛鳥)
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「私が焼きそばだったらって何?」(晴子)
「自分が自分でなくなっていくみたいやん」(飛鳥)
「自分が自分でなくなったら、焼きそばが泣くの?」(晴子)
「いや、見た目」(飛鳥)
「やっぱ、見た目やん!」(周)
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のような会話が随所で繰り広げられるのだ。その、どうでもいいけど、ありそうな会話に、つい笑いを誘われてしまう。
視聴者から共感の声
そしてひかりが亡くなった後、食欲を失くしていた飛鳥が、部屋でカップ焼きそばを見つけて、ひかりのレシピで泣きながら食べるシーンなど、何気ない会話が後から小道具としても効いてくるのだ。
ネット上でも、視聴者からの共感の声が相次いでいる。
《4人が本当に自然すぎて引き込まれる。横にいて一緒にお手伝いしたい》
《泣きながらご飯を食べるシーンは条件反射的に落涙してしまうのよ》
《ひかりお薦めのメニュー「ネギ納豆焼きそば」が美味しそうで泣けました。がんばれ!飛鳥》
《ドラマ、みていて。世代はちがうけれども。あの頃の仲間と猛烈に会いたいなと思っている。きっと。会ったら同じように時間がながれるんだと…思いたい。》
劇中では飛鳥のこんなセリフもある。
「私たち13年間会ってなかったのに、会ってた感じになってるんだよね」
こうした感覚は、男女にかかわらず、誰にでも覚えがあるのではないだろうか。高校時代の友人というのは特別な存在で、同じ目標を持った部活仲間ならなおさらだ。
まだ世の中のことを何もわかっていないのに、いっぱしの大人になった気になって、気持ちをぶつけ合っていた。
それが13年の時を経て、あの頃とは違う大人になった自分を見せたい。
けれど話しているうちに、昔の自分に戻って、高校生のはしゃいだノリでしゃべってしまう。職場ではできない会話だけに、そのノリが妙に心地いい。
…そうした、同級生と再会した時の一連の感情が生々しく自分の中に甦ってくるから、視聴者は感情を揺さぶられるのではないか。
『クラスメイトの女子、全員好きでした』などを手がけた脚本家・武田雄樹の手腕によるところが大きいだろう。
天文部という舞台装置もいい。
NHK「よるドラ」の変遷
ロマンチックで夢見る高校生にふさわしいし、高校生が夜間に活動できる大義名分もある特別な部だ。夏クールの『僕達はまだその星の校則を知らない』でも天文部が舞台になっていて、こういう時間を共有すれば恋も生まれるだろう、筆者も天文部に入れば良かったなと、天体に何の興味も無いのに思ったものだ。
いや、でも、『いつか、無重力の宙で』の場合は、男子部員がおらず女子4人だけだったがゆえに、宇宙への思いがより純化されて、胸を打つ気がする。
本作を放送している枠は、国民的人気枠の「朝ドラ」に対して「夜ドラ」といい、月曜から木曜の22時45分〜23時00分に帯で、2022年度から放送している。その前身は2018〜21年度に毎週土曜や月曜に30分枠で放送していた「よるドラ」だった。
どちらも若者世代がターゲットで、「よるドラ」時代は『腐女子、うっかりゲイに告る。』(19年・金子大地主演)や『だから私は推しました』(19年・桜井ユキ主演)など、ジェンダーや推しといった、当時では目新しい題材を次々と取り上げ、「NHKが攻めている」と話題にもなった。
しかし次第に、枠のカラーが失われてゆき、「夜ドラ」になってからは蒔田彩珠、高石あかりが出演した『わたしの一番最悪なともだち』(23年)や窪塚愛流主演の『あおぞらビール』(25年)など、若手起用枠の役割はあるものの、「藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ」を飛び飛びに放送したり、丸山礼主演の『ワタシってサバサバしてるから』(23・25年)を放送したりと、一貫性は感じられなくなっていた。
そこに現れたのが、『いつか、無重力の宙で』だ。私はこのドラマには、今年、火曜の「ドラマ10」で放送した『しあわせは食べて寝て待て』(桜井ユキ主演)や『舟を編む』(池田エライザ主演)に似た視聴感を抱いた。
ごく普通の頑張っている女性が、日々の暮らしの中で、小さな幸せを実感できるドラマで、22時台は若者よりも、今日も一日頑張って仕事や家事をこなした女性が、自分へのご褒美となるようなドラマを観て、ホッとしたい時間帯なのかもしれない。『しあわせは〜』や『舟を編む』を観ていた視聴者が、『いつ宙』にスライドしてきているようで、こうした作品は今の時代に確実に需要があると思うのだ。
『いつ宙』は10月27〜30日放送の第8週で最終回を迎える。
多くの大人は同級生と再会しても、日常にちょっとした彩りが加わる程度で、昔の夢を再び追い求めることまでは、なかなか出来ない。それを実行に移した彼女たちにどんな未来が待っているのか、ぜひ見届けたい。
古沢保。フリーライター、コラムニスト。'71年東京生まれ。『3年B組金八先生卒業アルバム』『オフィシャルガイドブック相棒』『ヤンキー母校に帰るノベライズ』『IQサプリシリーズ』など、テレビ関連書籍を多数手がけ、雑誌などにテレビコラムを執筆。テレビ番組制作にも携わる。好きな番組は地味にヒットする堅実派。街歩き関連の執筆も多く、著書に『風景印ミュージアム』など。歴史散歩の会も主宰している。

