雨と砂、トヨタGRスープラ同士でも消耗したオートポリス。タイヤワンメイク化への私見【トムス吉武エンジニア/レースの分岐点】

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2025年10月28日 06:10  AUTOSPORT web

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連載コラム【トムス吉武エンジニア/レースの分岐点】
 スーパーGTのGT500クラスで、2023年、2024年とタイトルを連覇し、今年は3連覇に挑んでいるTGR TEAM au TOM’S。2025年は、1号車au TOM’S GR Supra(坪井翔/山下健太)の吉武聡チーフエンジニアに、特別コラムを寄稿していただき、毎戦レースのターニングポイントとなった部分を中心に振り返ります。

 10月18日(土)〜19日(日)に大分県のオートポリスで行われた第7戦で1号車は予選7番手、決勝リタイアとなりました。コラム第7回では、雨でコンディションが変化した予選や好調ながらもアクシデントでリタイアとなった決勝、さらには2027年のタイヤワンメイク化による影響について説明していただきます。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


●雨で迷った予選Q2。決勝は追い上げもリタイアを選択

 みなさんこんにちは。TGR TEAM au TOM’Sの吉武です。

 第7戦オートポリスは、話題の多い週末になりました。この大会では規定により『獲得ポイント×1kg』のサクセスウエイトが適用されるため、ハンディキャップが半減し、上位フィニッシュが期待できる大会でした。実際、決勝はペースも良くて表彰台や優勝も見えていたのですが、結果的にはアクシデントに見舞われ、ノーポイントに終わってしまいました。

 公式練習からペースは好調で、予選もQ1はトヨタ陣営内でいろいろありましたが、1号車は山下選手が5番手で無事通過。しかし、GT300クラスでのクラッシュによりQ2の開始が遅れると、次第に雨が降り始め、エンジニアの腕が試される状況となりました。

 開始1分前に突然雨が強まり、『ウエットに変えるのか』『コンパウンドはどれにするか』『セットアップをウエット寄りにするか』などを秒単位で決断しなければならず、1年目の伊藤エンジニアは迷いがあったかもしれません。

 本来、ピット位置が昨年のランキング順のため、ウエットの予選は1号車が先頭でコースインするのがセオリーです。しかし今回はセッションが始まる直前、14号車ENEOS X PRIME GR Supraや38号車KeePer CERUMO GR Supraがウエットに交換したのを確認してから1号車も交換。その間にQ2が始まり、10台中8番目のコースインとなってしまいました。

 アタック担当の坪井選手からは「グリップ感があまりない」とコメントがあり、残り3分30秒でタイヤをもう1セット投入しましたが、雨脚がさらに強まってタイムを出せずに終了しました。ワン・ツーを獲得したニスモ(3号車Niterra MOTUL Zと23号車MOTUL AUTECH Z)はコースインのタイミングも早く、ダンプコンディションと相性が良いハードを選んでいたと聞いています。1号車は別のコンパウンドでしたし、内圧設定やセットの違いも影響したと思いますが、今回は学びの多いQ2でしたね。

 とはいえ『オートポリスの3時間レースでは予選順位は関係ない』というのが僕の持論です。決勝は順位変動が大きいため、7番手スタートでも問題はなかったと思っています。事前の2回のピットプランはいつも通り『均等割り』で、展開によってタイミングを調整しようと計画していました。

 スタートは山下選手が担当し、その後のペースも良好。1回目のピットは予定通りレースの3分の1経過時点で入り、坪井選手に交代。中盤には順調に4番手まで浮上し、『表彰台は確実、優勝も狙える』という手応えがありました。

 しかし、3番手を走る僚機Deloitte TOM’S GR Supra(笹原右京選手)とのバトルが白熱。僕は両方の無線を聞いていたのですが、笹原(右京)選手は「ペースが苦しくなってきた」、坪井選手は「全然ペースがいいから前に出られる」という話でした。それでも、1号車には燃料リストリクターのハンデがあるので、GT300をうまく使って間合いを詰めつつ第1ヘアピンで飛び込んだのですが接触してしまいました。

 レース後にドライバーふたりの話を聞くと互いの言い分は理解できましたし、トムスとしてチームオーダーがあったわけではありません。2台それぞれが優勝とチャンピオンを狙っていますし、ドライバーの人生がかかっているという意地も含め、このような接触は仕方ないでしょう。ただ、レースの中盤でリスクを負う必要はないのではないか、ということはふたりに伝えました。

 さらに接触後、2台そろってマシンにアクシデントが起きて失速しました。原因はエアクリーナーに砂が詰まり、吸気不足でエンジン制御が入ったことでした。ホームストレートで約10km/h遅くなるイメージです。

 オートポリスは昔から砂が出やすく、特に100R出口や第13コーナー内側、最終コーナー立ち上がりなどが要注意ポイントでした。ただ今回は、1号車に関してはバトルやオーバーテイクが多かったために砂を拾う機会が増えたのだと思います。リタイア後に確認すると、エアクリーナーには砂がびっしり。2年前のSUGOでも同様のトラブルがあり、対策してきたのですが再発してしまいました。リタイアを決めたときは『こればっかりはどうしようもない』という暗い雰囲気でレースを終えましたが、幸いにもエンジンに大きなダメージはなく無事でした。


●GRスープラ同士の戦いを意識し過ぎたトヨタ勢

 上位を独占したホンダ・シビック勢を見ても分かる通り、オートポリスでは予選順位の重要性は低く、後方から燃費を稼ぐ戦略が有効でした。序盤から前で争うより、無駄なバトルを避けて上位に近づく方が効果的だったと思います。

 とくに第2スティントで1号車と37号車が追い上げていた場面では、前を走る38号車KeePer CERUMO GR Supraと19号車WedsSport ADVAN GR Supraに引っかかり、大きくペースを落としました。

 この場面で感じたのは、今回の大会はGRスープラ同士の戦いが前提という雰囲気があり、トヨタ内での順位争いに意識が向きすぎていたということです。その結果、100号車 STANLEY CIVIC TYPE R-GTや16号車ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GTの追い上げに十分に対応できず、最終的にはホンダ勢に表彰台を独占されてしまいました。

 1号車はランキング首位を維持できているので、最終戦はシンプルに優勝を狙いたいところです。トヨタ勢は同じトムスの37号車も含めて複数台に可能性がある一方、ホンダ勢は100号車のみに権利があります。さらに、前戦SUGOから速さを見せている64号車Modulo CIVIC TYPE R-GTも要警戒なので、ホンダ陣営がどのような戦いをしてくるのか気になっています。

 最終戦の目標はまず予選3番手以内。もちろんポールポジションなら理想的で、そこからどこまで前に行けるかが勝負になるでしょう。


●2027年タイヤワンメイク化に思うこと

 最後に、第7戦の週末に公式に発表された、2027年シーズンからのタイヤワンメイク化について、エンジニアとしての意見を述べたいと思います。

 まず、スーパーGTの最大の魅力と言っていいタイヤマルチメイクがなくなるのは非常に残念で、ファン離れも懸念されます。エンジニアとしても、タイヤ選択は最大の腕の見せ所であり、若手エンジニアの育成の面でも失われるものが大きいと感じています。

 レース展開への影響を考えると、タイヤのスペック差がなくなれば今以上にオーバーテイクは難しくなるでしょう。タイヤのタレ具合やピックアップの影響も均一化され、レースが単調になる可能性が高いです。

 したがって、もしワンメイク化を進めるのであれば、DRS(Drag Reduction System/F1で採用されている最高速向上システム)やOTS(オーバーテイク・システム/スーパーフォーミュラで採用されている一時的なパワーアップ)といった仕組みを併せて導入しなければ、魅力に欠けるレースになってしまうのではないでしょうか。

 もっとも、マイナス面ばかりではないとも思っています。例えば、コンパウンドごとにサイドウォールのデザインを変えれば観戦者にとって分かりやすくなりますし、ファンに根強い人気があるインディスタートが可能になるのかもしれません。

 ヨーロッパのGTレースでよく見られる、マシンが密集してスタートする光景は迫力があり人気のようですが、冷静に考えると接触リスクが高まるのでチーム側からはあまり歓迎されないかもしれません(笑)。いずれにしても、タイヤをワンメイクにするだけでなく、レースの見せ方そのものを再考する必要があると考えています。


●Profile:吉武聡(よしたけさとし)

福岡県出身、1979年3月23日生まれ。自動車メーカー勤務からTRD(現TGR-D)へ入社し、2013年にトムスへ入社。F3のエンジニアを務めながら、2014年からはスーパーGT500クラスで36号車(現1号車)のデータエンジニアを、2020年からはトラックエンジニアを担当。2021年、2023年、2024年に王者に輝いた。2025年は1号車のチーフエンジニアを担当し、スーパーフォーミュラ・ライツでは35、36、37、38号車の4台のチーフエンジニアを務めている。

[オートスポーツweb 2025年10月28日]

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