(左から)木村拓哉、倍賞千恵子(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc. 山田洋次監督の91本目となる最新作『TOKYOタクシー』で、主人公の謎めいた女性・すみれを演じた倍賞千恵子、そして彼女を乗客として乗せるタクシー運転手・宇佐美浩二を演じた木村拓哉。声の共演から20年以上を経て実写初共演を果たした二人は、どんな時間を共有したのか──。
【動画】映画『TOKYOタクシー』本編映像 ■木村拓哉と宇佐美浩二のギャップに刺激をもらった
――タクシーの中でほぼ二人きり、真正面から向き合う関係性でした。実写初共演でお互いの印象は変わりましたか?
【木村】『ハウルの動く城』(2004年)で声の共演をして以来でしたが、実際に目を合わせて芝居するのは初めてでした。でも不思議と“初めて”という感覚はありませんでした。ソフィーとハウルという関係性を一度経験していたからか、今回ご一緒するとき、距離が最初から自然に縮まっていた気がします。これまで倍賞さんとたくさん話したわけでも、スキンシップがあったわけでもない。でも撮影現場に入って、一緒に過ごして、芝居をする――そのすべてに違和感がなかったんです。
【倍賞】私もです。本当に不思議よね。でも実は、すごく緊張していたのよ。
【木村】そうは見えなかったです(笑)。
【倍賞】本当よ。でも楽しみの方がもっと大きかったの。撮影スタジオの中央に丸いステージがあって、そこにタクシーが置かれて、周囲がLEDウォールで囲まれていて。まるで舞台のようであり、日常の延長のようでもある、不思議な空間でした。撮影の合間は控室のテーブルでおしゃべりして、またタクシーに戻って芝居して……。あの空間も、私たちの距離を自然と近づけてくれた気がします。『ハウルの動く城』の時はあいさつをする程度でしたから、今回は毎日が新鮮で、たくさん話せて幸せでした。撮影前には木村さんのコンサートも観に行ったんです。「イエーイ!」って、ペンライト振って(笑)。
【木村】あのときが一番緊張しました。だって山田洋次監督と倍賞千恵子さんが、自分のコンサートの客席にいるんですよ?そんな状況、想像できます?(笑)
【倍賞】コンサートでのパワフルな姿と、今回の“家庭を持ったタクシー運転手”という役のギャップにも驚かされました。すごく刺激をもらったんです。一緒に仕事ができて、本当に楽しかったです。
――タクシー車内での二人芝居は、距離感の変化が繊細に見える場面でした。この“人との関わり”についてどう感じましたか?
【倍賞】私は長年『男はつらいよ』で渥美清さんとご一緒してきましたが、彼は悲しい気持ちのときに細い目の奥にウルっとした光が宿るんです。それがとても素敵でした。今回の撮影では、木村くんが運転席、私は後部座席で、バックミラー越しに木村くんの目からいろいろな感情が伝わってきて、時々ドキッとするほどでした。ミラー越しに“心のキャッチボール”をするという、いままでにない形の触れ合いがすごく面白かったです。ふたりきりで芝居をする特別さを改めて感じました。
【木村】最初はただの長距離客で、収入面でも“ありがたいお客さん”ぐらいの認識。でも、すみれさんという人物を通じて、浩二は戦争の匂いや、触れたことのない感情に出会っていく。“本来なら嗅ぎたくもない感情”に触れざるを得ない瞬間もありました。一歩一歩丁寧に撮影を積み重ねる中で、感情のアップダウンがあり、想像以上に心を揺さぶられました。人との出会いって、本当に大きな影響を与えますよね。もし相手が違っていたら、もしそこに裏切りや嘘があったら、全く違う関係になっていたと思う。浩二とすみれという二人だったからこそ生まれる関係性があった。すみれさんに出会えた奇跡を、僕自身も感じていました。
■山田洋次作品でマニキュアをする役なんて初めて
――倍賞さんは、これまでの山田作品とは異なる新たな役柄でした。
【倍賞】衣装合わせの時から監督に「挑戦的な衣装」「挑戦的なメイク」と言われて(笑)。最初は戸惑いましたが、次第に“よし、挑戦するぞ”という気持ちになりました。ネイルサロンを経営する女性なので、どんなネイルが“挑戦的”かスタッフの方たちも悩んで、最終的に「これがいいじゃない?」と監督が決めてくださいました。そう考えると、山田洋次作品でマニキュアをする役なんて初めて(笑)。撮影が始まってからは、“挑戦”という言葉をいつの間にか忘れていましたね。
――すみれさんの人生は、倍賞さんの目にはどのように映っていましたか?
【倍賞】とても切ない人生だったと思います。いろんな経験をしてきた人生の終盤でお金はあるけれど、孤独でした。そんな中で浩二さんと出会った。自分の気持ちを話し、それを受け止めてくれる人が現れた。救われたんじゃないかなと思います。高齢者施設がどれだけ快適でも、人と触れ合わなくなるのは寂しいもの。だからこそ、浩二さんに「さっきのホテルに泊まりたい」と言いだす場面は、とても切実で胸が締めつけられました。私は今84歳、すみれさんは85歳。「役」として切り離すことはできませんでした。自分のこれからを考えるきっかけにもなった特別な役になりました。
――『武士の一分』(2006年)以来19年ぶりの山田監督作品で浩二役を任されたお気持ちは?
【木村】どんな役柄でも、どんなストーリーでも、山田監督が「もう一本撮りたい」と声をかけてくださるなら、それだけで現場に行く理由になると思っていました。自分を必要としてくれたことが、純粋にうれしかったです。
――山田監督は「これまでにない木村拓哉を撮りたい」とおっしゃっていましたが。
【木村】タクシーで走行しているシーンは、LEDウォールに囲まれたスタジオで撮影したんですが、映っている景色に合わせて照明部が“太陽を作る”んです。ビルの影に入ったならライトをパッと切って、ビルを抜けた瞬間にまた光を当てる。その光の調整をしている間、僕らはタクシーの中でスタンバイしていて、宇佐美でもすみれでもなく、ただの木村と倍賞さんとして話をしていたことがありました。「この作品が終わったらどうされるんですか?」とか、「僕、次は警察学校の教官役をやる予定なんです」とか。そんな普通の雑談をしていたら、山田監督がスッと近づいてきて「今の、それだよ。今のがいい」とおっしゃって(笑)。「え、いま素の会話ですよ?」と答えたら、「それがいいんだよ」と。そういう“自然な瞬間”を逃さずキャッチして映画に生かす方なんです。
――これまでにない木村さんが見られそうですね。山田組の現場で印象に残っていることは?
【倍賞】私たちはタクシーの中でお芝居していて、監督は少し離れたところからモニターをご覧になっていて、インカムを通して指示をされていたのですが、それがまどろっこしいと感じてくると、暗いスタジオの中をスタッフさんに「危ないですよ」と言われながら近づいてきて、「窓開けて」と。窓越しに直接、演出をつけてくださったんです。その熱心さがうれしかったですね。
【木村】運転席にいると監督が来るのがサイドミラーやバックミラーでわかるんです。近づいてくるのが見えたら、僕が倍賞さん側の窓をサッと開けて。で、監督のディレクションが終わったら僕が窓を閉める――そんなやり取りをよくしていました。監督は普段、ステッキを使って歩かれているのですが、僕らに何か伝えに来る時は、ステッキの先端が床についていないんです。そのお姿だけで、監督の熱量やモチベーションの高さが伝わってきました。
■年を重ねて「圧になっちゃう時代」に戸惑いも
――お二人にとって“年を重ねる”とはどういうことだと思いますか?
【倍賞】私のほうが“年を重ねている”立場でしょうか(笑)。でも私は、年齢そのものよりも、“今をどう生きるか”が大事だと思っているんです。昔、「死とは何か」と悩んだ時期がありました。行きつけのお蕎麦屋さんでよくお会いする住職さんに思い切って「死ぬってどういうことなんでしょう?」と尋ねたら、しばらく考えたあとに「生きること、ですかね」と答えてくださって。その一言で、すっと肩の力が抜けたんです。それ以来、いま目の前にある時間を大切にしようと強く思うようになりました。今、このインタビューを受けている時間も含めて、“今”を丁寧に積み重ねることが、自然と年を重ねることにつながっていくんだと思います。
今回、木村くんや山田組の皆さんと“ひとつの山”を一緒に登ることができたのも、年を重ねてきたからこそ味わえた幸せのひとつですし、心や気持ちが通じ合える方々と出会える日々を大切にしたいと感じています。そして、戦後80年という節目の年に、この作品を通して平和への思いを役として言葉にできたことも、長く生きてきたからこそ得られた経験なのかもしれません。
【木村】こうやって質問されないとなかなか考えないことではあるのですが、同年代の友人が「俺たち海に入れるのも、あと二十回くらいだよな」って言ったんですよ。“年を重ねる”というのはそういうことでもあるのかな、と。一方で、いろんな世代の方と仕事をするようになる中で、現場のルールがどんどん変わってきています。これまで積み重ねてきた関係性や時間まで“いったんリセット”されて、新しいルールだけ渡されて「これでよろしくお願いします」と言われるような戸惑いは正直あります。“一つの山を登ろう”となったとき、もっと一緒に熱くなりたいし、踏ん張る時は一緒に踏ん張りたい。でもそれが「ハラスメントになります」と言われてしまうこともある時代です。その“ズレ”が、年を重ねた今いちばん感じている現実かもしれません。
――『TOKYOタクシー』の現場で感じた“映画ならでは”の魅力について教えてください。
【木村】山田監督から「君のあの“フランス料理の映画”は、ドラマの監督が撮ったのかい?」と聞かれて、「はい」と答えたら、「そうか。テレビと映画に変な線は引かなくていいんだな」と言ってくださって。本当にうれしくて、すぐ塚原あゆ子監督にLINEしました(笑)。僕としては、テレビでも映画でも、本気でやることに変わりはない。でも、監督が挑戦しようとしていることや、現場にいる人たちの熱量、作品に向き合う姿勢……そういうものが作品に“匂い”をつけていく。テレビか映画かではなく、どれだけその現場のエネルギーが魅力的かどうかだと思っています。“映画ならでは”というより、山田監督の現場ならでは魅力は、そこにいるスタッフの皆さんが本当に“映画を作ることが好き”だということ。その熱意が現場全体に満ちていて、そのエネルギーの中でお芝居をさせてもらえたことが、本当に光栄でした。
【倍賞】今は映画も自宅で観られる時代だけれど、それでも「映画館で観てほしい」「映画館で観たい」と思える作品がありますよね。『TOKYOタクシー』はまさにそういう作品だと思います。