「社会の無関係のエンタメはダサい」が物議。『虎に翼』脚本家の言葉にある”危うさ”とは

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2025年12月03日 09:00  女子SPA!

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2022年には『恋せぬふたり』で向田邦子賞を受賞
 11月23日に放送された『情熱大陸』(MBS/TBS系)では、連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合)で知られる脚本家の吉田恵里香氏に密着していた。そして、吉田氏の「社会と無関係のエンタメはダサい」という言葉が添えられた、同番組のXの投稿が炎上してしまった。

「社会性を持ちださないと同業者のエンタメの悪口も言えないのか」「いちいち社会派気取りでイキってる意識高い系の方がダサい」といった批判が相次いだ一方で、同番組を見たと思しき人からは「言葉にできないモヤモヤを言葉にしてもらった」「嫌なものは嫌と言える姿勢がかっこよかった」など称賛の声も寄せられている。

 実際に番組を見たところ、同投稿は「切り取り方」に問題があったと思えた。一方で、吉田氏自身の発言には、以前のトークイベントでの発言の騒動の時と似た「不必要に攻撃的な言葉」に危うさがあったのも事実だ。その理由を記していこう。

◆番組内では「自分自身」へ向けた「姿勢」の言葉に聞こえる

 実際の『情熱大陸』番組内での吉田氏の言葉は、以下のようなものだった。

「自分の中で、『今これを書いたほうがいい』って思う気持ちに、正直になる。これでアンチが増えるなとか、賛否が湧くなと思っても、今ここで書くことに意味がある。エンターテインメントだからって、社会と繋がってないとか、エンターテイメントだから社会問題とは無関係ですってのは、ダサいなと思ってるので」

 Xの投稿では「社会と無関係のエンタメはダサい」ではあるが、実際に話されていたのは「エンターテイメントだから社会問題とは無関係ですってのは、ダサいと思っている」だった。意味するところはほぼ同じにも思えるが、言葉の前後が逆になっていること留意するべきだろう。また、同投稿の画像での吉田氏はパソコンを膝に乗せており、脚本の執筆中にこの発言をしている印象があるが、実際の番組内では「車内」で話している。

 その上で、筆者個人の言葉でいえば、吉田氏はあくまで「エンタメからわざわざ社会性を切り離す」または「反応を気にして自分の書きたいことを書かない」ような「姿勢」こそを、ダサいと言っている印象を受けた。

 他の作品ではなく、あくまで「脚本家である自分自身」に向けた言葉でもあるのはほぼ間違いない。たとえ賛否呼ぼうとも、批判されようとも「社会性とエンタメを繋げる」作家性を誇示する、吉田氏のプライドそのものともいえるだろう。

◆『恋せぬふたり』での具体的なセリフにも繋がっている

 また、上記の吉田氏の言葉は、恋愛感情も性的欲求も抱かない「アロマンティック・アセクシャル」の男女を描き、向田邦子賞を受賞したテレビドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)の一場面が映された後に話されている。

 そこでは、岸井ゆきのの「ずっと一人で生きていくのかと思うと、たまらなく寂しいんですよね」と、高橋一生の「どんなセクシャリティであれ、誰かと一緒にいたい、一人は寂しいっていう思いは、わがままじゃないと思います」という対話がされていた。

 あくまで「編集の流れ」から筆者個人が汲み取ったことではあるが、吉田氏の「エンターテイメントだから社会問題とは無関係ですってのは、ダサいと思っている」というのは、『恋せぬふたり』でのアロマンティック・アセクシャルという当事者のいるセンシティブな題材でも、より多くの人が共感しやすくなる「踏み込んだ」セリフを書くという、やはり脚本家のプライドによる言葉であると思えた。

「誰かと一緒にいたい、一人は寂しい」という言葉は、アロマンティック・アセクシャルでなくとも誰もが抱きうる感情だ。その共感こそがエンタメになるし、それは確かな社会性も両立したセリフとして、真っ当なものだと思えたのだ。

◆排他的かつ、根本的な疑問も抱く発言ではある

 一方で、たとえ他の作品ではなく、脚本家である自分自身に向けた言葉であったとしても、吉田氏が「自身の信条に合わない作品の性質を『ダサい』と言っている」ことは事実だ。たとえば、「自分はエンタメにも必ず社会性を入れるようにしています」という、あくまで自分の信条を主張する言葉選びをしていれば、今回のような炎上は起きなかっただろう。

 また、すでに多くの指摘がされている通り、「社会的な問題提起を含まないエンタメを作っている人や楽しんでいる人に失礼ではないか」や「どんな創作物であれ現実の社会の中で生み出されているので、究極的には社会と無関係なエンタメは存在しないのでは」という根本的な疑問も湧いてくるところもある。

 やはり、吉田氏には脚本家としての強い信条が確かにある一方で、取材中の一言としては、切り取られ方によって排他的とも受け取られうる危うさがある。

◆自身への批判の言葉が作品ともシンクロしている

 その上で、吉田氏が脚本家としての作家性を曲げないことを、称賛したいという気持ちも生まれてくる。

 というのも、番組内では「『虎に翼』には批判もあった」というナレーションと共に、画面に「人権意識が押しつけがましい」「露骨な差別シーンが不快」「朝から説教臭い」「制作者の思想が強すぎる」「ポリコレはつまらなくする」と、具体的かつ厳しい批判の声が並んでから、以下の吉田氏の言葉もあったからだ。

「物語で救われたい人とか、苦しい思いをしてきたとか、省かれてきた人とか、虐げられてきた人のために戦うっていうか、それは『エンタメを通していいものを作る』ってことが、イコール私の『戦う』だから。その人たちが面白いと思うものを書けたらいいなと、両立するものが作れたらいいなっていうのがベストの答えだし、なんかでも、そもそもそっちを楽しむ気がない人には多分届かないから、どうしたらいいのかなとは思う。まあ、私は自分が面白いと思うのを作るだけ」

 吉田氏の作品は『虎に翼』にしても、同番組内で吉田氏によるシナリオ創作の講座も映されたテレビアニメ『前橋ウィッチーズ』(TOKYO MXほか)にしても、抑圧を受けたり、何かを諦めていたり、さらには攻撃的な物言いをする人への「理解」を試みることが多い。

 そうした作品内の物語が、上記の吉田氏の「その人たちが面白いと思うものを書けたらいいな」という脚本家としての信条および、自身へ批判をする人へも「どうしたらいいのかな」と考えていることへシンクロしているように思えた。その上で、やはり「自分が面白いと思うのを作るだけ」という、自身の作家性を貫くことが伝わる言葉で締めているのだ。

 だからこそ、今回の番組内での排他的にも感じられてしまう発言および、Xでの言葉の切り取られ方のせいで、作品とは異なることで吉田氏への批判が集まったことが、ファンとしてはもどかしい。

 その上で、今回の番組内容そのものでは、吉田氏の社会性とエンタメ性を両立する脚本および、一貫した作家性は改めて素晴らしいと思えた。2026年春放送の『虎に翼』のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』も楽しみにしたい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF

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