“発火しにくい”モバイルバッテリー続々 「脱リチウムイオン」へ動き出したバッテリーの世界

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2025年12月11日 11:10  ITmedia NEWS

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 モバイルバッテリーの発火事故は、2025年7月20日にJR山手線、新宿〜新大久保間で発生した件が比較的記憶に新しいところだ。多くの乗客が利用する公共交通機関での事故であったことや、モバイルバッテリーはすでに広く普及しており、いつ自分が当事者になるかも分からないことから、警戒感が強まっている。


【画像を見る】実は2018年にはモバイルバッテリーの事故件数が急増していた


 こうしたモバイルバッテリー事故の増加は、昨今粗悪な中国製品が出回るように…といった論調も聞かれるところだ。もちろんそうした要因もあるだろうが、実はすでに何年も前から警鐘は鳴らされていた。消費者庁が発表した古い資料を当たってみたところ、すでに18年には事故の急増が報告されている。


 モバイルバッテリーで使われているバッテリーは、リチウムイオン電池が7割で、残りはほぼリチウムポリマー電池となっている。リチウムイオン電池は、セルが円筒形の金属でパッケージングされており、ある意味でっかい乾電池みたいな形状である。モバイルバッテリーはこれを内部に並べて、充放電コントローラーや端子などをくっつけて外装を整えたものである。


 一方リチウムポリマー電池は、同じリチウム系ではあるが、セルがパウチ状になっており、薄型化・軽量化が可能なのがポイントである。現在モバイル製品といわれるもののほとんどはリチウムポリマー電池が使われており、モバイルバッテリーも薄型のものはほぼリチウムポリマー採用だと考えていいだろう。リチウムポリマーもリチウムイオン電池同様の発火リスクがあるが、劣化すると内圧が高まり膨張するという特徴があるため、発火などの事故につながる前にユーザーが外装の変形に気づいて早めに対応するケースは多い。


 リチウム電池使用製品は、リコールがかかっている製品が結構ある。今年7月の山手線事故のバッテリーも、すでに23年からリコールがかかっている製品だった。経済産業省ではリコールがかかっている製品を一覧で公開しているので、気になる人は確認してみるといいだろう。


●増えてきたリチウムイオン以外の選択肢


 リチウムイオン電池はすでに実用化されて長い。製造コストも下がり、再充電可能な二次電池としては、一般的なものである。一方で使用される電解液は可燃性が高く、加熱により可燃性ガス化すると発火につながりやすいという弱点がある。また発火すると化学反応を伴うため、消火が難しいという難点もある。


 こうした問題を避けるために、従来型リチウムイオン電池以外の選択肢が検討されるようになった。安全性という点で積極的な姿勢を見せているのは、「ポータブルバッテリー」といわれる製品群だ。モバイルバッテリーと何が違うのかと問われると難しいところはあるが、ここではモバイルバッテリーではあり得ない大容量を実現し、AC電源出力を持つタイプ、と定義しておく。


 リチウムイオン電池は、多くは正極材料に「三元素系」といわれる素材を使っている。三元素とはニッケル・コバルト・マンガン、あるいはニッケル・コバルト・アルミニウムを指す。


 ポータブルバッテリー界隈では、中国ECOFLOWを筆頭に21年頃から三元素系をやめて、リン酸鉄リチウムイオン電池にシフトし始めた。これも一種のリチウムイオン電池には変わりないが、600度まで熱分解が起こらない、充放電サイクルが飛躍的に向上するという特徴がある。充放電サイクルが3000回とか6000回とかうたう製品は、リン酸鉄リチウムイオン電池採用である可能性が高い。


 この12月には、中国BLUETTIがポータブルバッテリーでは初めてナトリウムイオン電池を搭載した製品「Pioneer Na」を発表した。ナトリウムイオン電池は、リチウムやコバルトなどの希少金属を必要とせず、世の中に大量にあるナトリウムを使うため、資源リスクに強く、また高温動作も比較的安定しているといわれている。ナトリウムイオン電池はまだ高価だが、量産効果を得るためにあえて採用したという。


 一方で電解質に液体を使用するのをやめるという動きも活発化している。「半固体電池」は、電解質を液体ではなくゲル状にしたものを使用する方式と、固体に電解質を染み込ませたものを使用する方式の2つがある。基本的にはリン酸鉄リチウムイオンには違いないが、熱安定性が高く、高温動作でも安定する。


 23年にはDabbsonが、後者の半固体電池を採用したポータブルバッテリー「DBSシリーズ」を展開している。Dabbsonはもともと中国のEV車用バッテリーの製造メーカーなので、液体からの脱却は早かった。


 EV界隈では、従来の液体の電解質を完全固体に置き換えた「全固体電池」の研究開発が進められている。これは高温環境でも破格に安定しており、急速充電しても安全性が高いといわれている方式で、実用化は20年代後半と予想されている。半固体電池は、全固体へ至る途中として登場した技術である。


 全固体電池採用ということでは、24年に米ヨシノパワーがポータブルバッテリーとしては世界で初めて全固体電池の製品をリリースしたのも記憶に新しいところだ。


●安全へ傾倒しはじめたモバイルバッテリー


 ポータブルバッテリーで安全性の取り組みが盛んなのは、容量が大きいので出火事故が起こると規模が大きくなるからということもあるが、市場が活況であり、まだ価格競争にさらされていないというところも大きいように思う。


 加えてこれを支えているのは、送電の不備で停電が多く発生する米国で家庭用バックアップ電源として活用したいという需要や、災害用として備えておきたい日本での需要だ。人災、天災に備える設備がトラブルを生むのでは本末転倒である。


 一方でモバイルバッテリーは、事情が違う。過剰な価格競争にさらされた結果、ECサイトを見れば聞いたこともないメーカーの製品が大量に出回っており、中には日本の安全基準に適合しているのかもよく分からないものまで、実際に買えてしまう。


 現実問題として、ポータブルバッテリーメーカーは日本企業でも、バッテリーセルは中国製であるというケースは多い。もちろん日本でも独自に耐久テストを行った上で採用セルを決定しているはずだが、同じ品質のセルを工場側が出し続けるとは限らない。型番等を変えずに、コストダウンのために手順を減らしたり、一部の材料を変更したりしたことが、後々問題となる。


 モバイルバッテリーのリコールで、同じ型番の全製品ではなく、ある一定期間に製造された製品のみというケースがあるのは、中身が変更されたのを後から知った、というパターンなのだろう。通常は使用セルの型番が変わったなら、製品管理のために製品型番も変更するはずである。


 だが25年は、安全性に倒したモバイルバッテリーが複数登場し始めた。3月にはエレコムが、ナトリウムイオン電池を搭載したモバイルバッテリーを発売した。エレコムではすでに23年という早い段階から、リン酸鉄リチウムイオン電池を使ったモバイルバッテリーを発売していた。


 11月25日には、cheeroブランドで知られるティ・アール・エイから、半固体電池を採用した「cheero Solido 10000mAh」が発売された。cheeroブランドとしては、半固体電池採用製品は初となる。


 今年7月に起こった山手線での発火事故はティ・アール・エイの製品であったことが明らかになっており、同社ではプレスリリースも出している。安全性への新しい取り組みには積極的な立場だろう。


 今回は記事執筆のため、ティ・アール・エイから同製品を提供いただいた。重量は230gとなっており、体積からすれば軽い。スペックとしては、バッテリー容量10000mAh、入力は最大20W、出力はUSB-Cで20W、USB-Aで22.5Wとなっている。異常な発熱を検知すると自動で入出力を停止するNTC(温度センサー)も搭載した。


 本製品の特徴としては、USB PDの拡張規格であるUSB PPSに対応したことだろう。PPSは「Programmable Power Supply」の略で、USB PD 3.0で追加された。


 従来のUSB PDは、充電する側とされる側で通信を行い、される側の最大受電量で送電量が決定される。ただ最大電力の固定値で送り続けるので、される側が発熱しても構わず送り続けることになる。「cheero Solido 10000mAh」のスペックでは、PD充電の場合、5V/3A、9V/2.22A、12V/1.67Aのどれかに固定されるという動作になる。


 一方でPPSは、する側とされる側が常時通信を行い、送電量をフレキシブルに可変できる仕組みになっている。同製品では、3Aなら5V〜5.9Vで可変、2Aなら5V〜11Vで可変することになる。よって双方のバッテリーの負荷を減らし、不要な発熱を抑え、より安全な充電が期待できる。


 ただPPSによる充電は、充電する側・ケーブル・充電される側の対応が必要となるため、今すぐ全ての機器で動作するというわけではない。スマートフォンやイヤフォンなどの対応が進めば、うまく動作するようになるはずだ。今後USBで充電可能な機器を購入する際には、PPS対応かどうかを注意して見てほしい。


 なお同製品では、パッケージ内に注意書きが同梱されている。多くのモバイルバッテリーの事故は本体充電中に起こっているということから、睡眠中・見えない場所、周りに物がある場合には充電しないよう、呼びかけている。


 「cheero Solido 10000mAh」の発売日と同日、スマートフォンアクセサリーで知られるCIOでも、半固体電池を採用したモバイルバッテリー「SMARTCOBY SLIM II Wireless2.0 SS5K」の発売を発表した。実際の発売は12月中と思われる。


 プレスリリースでは、半固体電池は安全といわれているが、実際には「公的規格はもとより、業界として統一された定義も存在していない状況」であると警鐘を鳴らしている。よって同社としては独自に、短絡試験、くぎ刺し試験、130度熱安全試験、衝撃試験、圧搾試験の5つにパスしたものを「半固体系バッテリーセル」と定義するという基準を設けた。


 こうした独自の安全試験基準は、メーカーの信頼性・安全性競争を促すものといえる。しかし各メーカーばらばらにやっても、消費者はそこまで追い切れない。業界団体全体として基準を決め、合格を示すマークなどの表示を規格化するといった取り組みが望まれる。


 一方でセル・バッテリー製品の製造大手である中国には、「3C認証」という規定がある。このマークがないバッテリーは、中国国内では機内持ち込みが禁止されたことで、認証の存在を知った人もいらっしゃるだろう。


 さらに26年1〜3月期には、史上最も厳しいモバイルバッテリー基準とされる「移動電源安全技術規範」を発表すると報じられている。これは3C認証を取得する条件を安全技術面から強化・詳細化するものと説明されている。


 中国においても、コストより安全性を重視する方向に転換したということである。これまでのような破格に安い怪しげなモバイルバッテリーを市場から駆逐することが目的なのだろうが、逆に新制度の施行を前にして、不適合製品がマークの偽装により大量に市場に出回っているという。中国製モバイルバッテリーを買うのは、今が一番危ないタイミングということだろう。


 日本は割と「新方式」には敏感で、早く普及する傾向がある。半固体・全固体電池やナトリウムイオン電池採用というアピールは、効果が高いだろう。


 出始めはまだコスパが悪いかもしれないが、みんなが買えば早く価格は下がる。古いモバイルバッテリーを使い続けている人は、新方式のものに買い替えを検討すべきタイミングになってきている。



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