セルライトスパの肥後裕之さん 芸人に必要な資質とは、なんだろうか。センスか、人脈か、運か、執念か――。いずれにせよ、売れっ子にはなんらかの突出したものが必要であることは間違いないはずだ。
今日話を聞いたのは、大阪を拠点に活動するコンビ・セルライトスパの肥後裕之さん(40歳)だ。
“セルスパ”は、2025年7月の『ダブルインパクト〜漫才&コント 二刀流No.1決定戦〜』(日テレ系)で3位に輝き、その実力をお茶の間に証明。今勢い盛んなコンビであるが、一般視聴者としては、相方の大須賀健剛さんの絵力が印象深いのではないかとも思う。
ところがどっこい、肥後さんの天然の“突出ぶり”こそ、尋常ではないのだ。その一端を、Nintendo Switch用ゲームソフト『リングフィット アドベンチャー』の変態レベルのやりこみようからご照覧あれ。
◆リングフィットをやりすぎてカウンターが止まった
説明するまでもないかもしれないが、『リングフィット アドベンチャー』とは、2019年10月発売の、“あの”ゲームのことである。’20年4月からの緊急事態宣言の度重なる発令もあいまって、大ヒットを記録。直径30cmあまりのリング状のコントローラー「リングコン」を使って、指定された運動メニューをこなすことで、ゲーム内のキャラクターが魔物を倒す、冒険型のゲームだ。
プレイ画面では、これまでの運動記録を確認することができるのだが、プレイ歴5年になる肥後さんの数値はもはや“バグ”級となっている。
「累積の消費カロリーは、もう数年前に99999.99kcalに達し、カンスト(カウンターストップ)しちゃいましたね。敵を倒したりするとレベルも上がっていくんですが、2年くらい前にレベル999まで到達し、こちらもカンストです。なので、数字の変動はないままに、ずっとやっています。任天堂さん、早くアップデートするか2作目を出してください(笑)」
◆ダイエット目的で始めるが、“意外な変化”も
同作を“極めきった”肥後さんだが、もともとゲーム自体をやりこむことが目的ではなかった。
「コロナが広まって外に出なくなったころ、家の中でできる運動を探していたんです。相方がぽっちゃりした体型(大須賀・164センチ/84キロ)なので、僕まで太るとバランス的によくないなと思って。そんなときに、有名なクイズ作家の古川洋平さんがこのゲームで約50キロ痩せたという情報を見て、『これしかない!』と思って即買いました」
購入後、1日50分(うち、運動時間は約30分)のプレイを始めると、効果はてきめんだったという。
「『太らなければいいや』くらいで始めたんですが、体重は10キロ落ちましたね。でも、筋力が上がったことで、疲れにくくなりました。それと、カラオケが大好きなんですが、以前より2音くらい高いキーが出せるようになったんですよ」
◆もはやゲーム性は楽しんでいない
ゲームを始めて体に変化が現れたことで、すっかり日々の習慣として定着した1日50分のプレイ。体型管理のためだったのが、ある時点からはゲーム内の数値も意識するようになったそうだ。
「レベル99を達成して『この先どうなるんかな?』と思ったんです。そのまま続けてみると100を超えたので、まだ先があることを知りました。
さらに続行し、ゲーム開始から2年後くらいにレベル999になって、『まだ進むんかな』と思っていたらカンストでした。消費カロリーも同時期にカンストしました。なので、これらの数字が動かないままの状態で、もう3年くらい続けています」
ゲームも筋トレもダイエットも、数字の変化が大きなモチベーションになりやすく、これが筋トレがゲーム化された醍醐味でもあろう。それを失ったまま3年も継続するのには、別の面白さや動機があるのだろうか。
「正直言うと……今は何も面白くないですね(笑)。やりながら、『任天堂さん、早くアップデートして』と、本当に日々願ってますよ」
繰り返しになるが、本来は運動と敵を倒すことが連動しているのがこのゲームの魅力である。だが、もはやゲーム性を楽しめる余地は残っていないという。
「フィールド内を走り続けているんですが、全ボスを何年も前に倒しきったので、もうどこのエリアのゴール地点に行ったところで誰もいないんですよ。チラホラいる敵も、ザコすぎて攻撃を食らえないので、最後に攻撃されたのが3年前くらいですね。だから、何を目指しているかわからない状態(笑)」
◆人一倍の執着も「普通のことだと思っていました」
楽しさはないにもかかわらず、5年間毎日プレイし続ける姿は、もはや常人には理解不可能な行動原理すら感じてしまう。しかし、異様なまでの執念を示すエピソードは、まだまだ序の口であった。
「僕は大阪が拠点なんですが、東京などで仕事があると困りますね。子供がSwitchをやるので、持ち出せないんですよ。だからホテルなんかでは、リングを持っているマイム(ふり)をしながら、脳内でゲーム画面を再生して、イメトレだけでやっています」
ゲーム機がなくても脳内プレイで断行するとは、もう「奇行」と評するのになんの不足もないだろう。だが、肥後さん本人は実にあっけらかんとしているのだ。
「普通のことだと思っていたので、特に誰にも話さなかったんです。だけど先日、会話の流れでロングコートダディの兎に話したら、すごい興奮してめちゃくちゃ掘り下げてきたので、『これ、変なんだ!』って気づきました(笑)」
◆“動かないカウンター”を前に目標はあるのか?
筋トレマニアでもなく、単なるゲームユーザーでもなく、『リングフィット アドベンチャー』の“仙人”としか言いようがない肥後さん。なぜ、辞めないのだろうか?
「これさえやっていたら、ジムに行く必要もないから経済的ですし、なにより家でできますからね。辞めようなんてまったく思いませんよ」
では、この先になんらかの展望はあるのか。
「走った距離も出るんですが、実はこのカウンターはまだカウントアップしてくれているんですよ。現時点では1970kmくらいになっていて、調べると大阪〜台湾の距離とほぼ一緒でした。どうやら、2000kmを超えたくらいが日本縦断の距離になるようなので、今はそれが目標ですね(取材時の発言、記事公開時点では達成)」
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肥後さんの異次元の『リングフィット アドベンチャー』マニアぶりを紹介したが、実は、本ゲームに限ったことでもないらしい。過去に一人鍋にハマって毎日作ると、本人が飽きるよりも先に鍋が割れたこともあったのだとか。
ここまで自然体で継続の鬼になれるのは間違いなく類い稀な才能である。芸歴16年、まだまだ究極の芸を突き詰めていくのだろう。その先には常人の想像を超越した景色が広がっていそうだ。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。