1984年の富士ロングディスタンスシリーズ第2戦全日本富士1000kmレースで総合3位に入ったrenoma84C。戸谷千代三、高原敬武、山本郁二がステアリングを握った。 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは全日本耐久選手権などグループCカーレースを戦った『MCSグッピー』です。
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燃費が要となっていた新スポーツプロトタイプカー規定『グループC』によるレースが、1982年よりヨーロッパを中心にスタートしてから1年後。日本でも1983年から全日本耐久選手権や富士ロングディスタンスシリーズといった耐久レースの主役がグループCカーへと変化した。
日本でのグループCカー時代の幕開けに集まったのは、ポルシェ956やスカイラインターボC、トムス83C/童夢RC83、マーチ83Gニッサンなどといった車両たち。自動車メーカーの息がかかったマシンたちも多かったのだものの、そのなかで奮闘したプライベーターたちに愛された小柄なフォルムのマシンがいた。それが『MCSグッピー』である。
MCSグッピーは、本来オープンボディが主流のGCカーをクローズドボディ化して造られたマシンだ。MCS(ムーンクラフトスペシャル)という富士グランチャンピオンレース(GC)にて大ヒット作となった単座席マシンをベースに、マーチ75Sや73Sといった2座席のGCマシンシャシーとマツダ717CというグループCカーのフロントガラスとルーフを組み合わせられたのだ。
設計者はGCのMCSの生みの親でもある、ムーンクラフト代表の由良拓也で、由良は複数のプライベーターからグループCジュニアクラスに参戦したいという依頼を受け、マシンを製作するに至っていた。
グループCジュニアというのは、ポルシェ956などが属するグループC1の下に位置するよりプライベーター向けのクラスで、C1よりも規定車両重量が軽く、燃料総使用可能量が少ないなどの違いがあった。ちなみに前述のMCSグッピーにフロントガラスとルーフが流用されたマツダ717CもグループCジュニア車両である。そのため、必ずしも総合優勝を常に争うマシンではなかったはずなのだが、MCSグッピーは思わぬ活躍を見せる。
まずデビュー翌年の1984年、MCSグッピーは7月1日に筑波サーキットで開催された全日本耐久選手権第2戦にて総合優勝を飾る。そして、そのおよそ3週間後の7月29日に富士スピードウェイで行なわれた富士ロングディスタンスシリーズ第2戦の富士1000kmレースでは、国産マシン勢やポルシェ956がトラブルや燃費に苦しんで後退するなか、逆に燃費と信頼性を武器に好走し、再び総合優勝を達成。大番狂せを演じてみせたのだ。
これほどの戦果はその後は挙げられなかったものの、その後もMCSグッピーは多くのプライベーターから重宝され、1988年まで日本の耐久レースシーンを彩り続けたのであった。
[オートスポーツweb 2026年01月07日]