挿絵/小指―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回訪れたのは、浅草駅の古い地下商店街にある焼きそば屋『福ちゃん』。著者の願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆パーフェクト・デイ【浅草駅・福ちゃん(焼きそば屋)】vol.22
銀座線を降りて浅草駅の地下改札を抜けると、地上に出ようとするより早く、左手から強烈な引力を感じる。
天井の低い、古い地下商店街がある。入っちゃダメ、と言われているからこそ入りたくなるような(実際は誰も入っちゃダメなんて言ってない)背徳のにおいがする。
浅草地下街。ここは日本に現存する、最も古い地下商店街なのだという。
『インディ・ジョーンズ』のハリソン・フォードにでもなったつもりで、ゆっくりと歩く。緩やかにカーブした狭い道に、昭和まで逆行したようなテナントがいくつか並んでいる。中古のレコードショップや、800円でカットしてくれる床屋が目立つ。路面にはみ出すように展開されたビデオショップの前で、足を止める。色褪せたDVD(VHSではなかったから平成に訂正)が大量に陳列されている。『ミッション:インポッシブル2』がとくにたくさん並んでいるが、小津安二郎のタグが貼られた棚はごっそりなくなっていて、客層が窺える。ここは、トム・クルーズよりも小津が人気の街。
もう少しじっくり見たいと思ったが、「アダルトDVD店内にあります」と堂々と書かれた貼り紙が主張しすぎていて恥ずかしく、素通りする。
一度、地下街の奥まで歩いてみて、とはいってもその距離が体感50mにも満たないくらいなのだけれど、全体像を把握してから折り返す。
改札近くまで戻ってくる。映画『PERFECT DAYS』の劇中で、役所広司演じる中年男性が足繁く通っていた居酒屋によく似た店が目に入る。
は〜、こんな店もあるのかァ〜。本当に映画みたいだなァ〜。こういうところでしっぽりと酒を飲んでいれば、役所広司演じる中年男性みたく若い女性に何の脈絡もなく爆モテする人生が訪れるのかなァ〜(そんなわけがないし映画だとしてもあの謎の爆モテ展開はさすがにおかしくない!?と苦言を呈したい派)、などと思いながら、カウンター席に座ってみる。
あまりにも情緒。昔ながらの魅力がフルスロットル。
店名をググってみる。「浅草焼きそば 福ちゃん」。映画『PERFECT DAYS』のロケ地として有名に。
正解だった。本当に役所広司がここにいたらしい。
意図せず聖地巡礼してしまうことがこんなにも恥ずかしいなんて。私は狼狽(うろた)える。違うんです。偶然訪れただけで、決して役所広司に憧れたわけではないんです。
役所広司に興味がなさそうな顔をして、メニューを手に取る。役所広司が絶対に頼まなそうな料理を探す。
焼きそば、ポークソーセージ、梅きゅう。
梅きゅうはちょっと役所広司っぽかったか? てか、役所広司っぽいって何? 悩んだが、この日はとても暑かったので瓶ビールと梅きゅうの組み合わせの魅力に敗北し、全て注文する。
まず、冷えたビールと梅きゅうが出てくる。これがうまい。夏がまだそこにある。次に出てきたポークソーセージもなかなかうまい。
女性店員さんが鉄板で焼きそばを作ってくれる。400円の焼きそばは銀色の皿に載って出てくる。
完全なる屋台の味がする。
夏祭り会場ではしゃいでいた幼少期を思い出す。役所広司でもトム・クルーズでもハリソン・フォードでもない、昭和の自分に邂逅する。
さっと食べて、スッと席を立つ。その所作もやや役所広司っぽい気がするから嫌になる。地下街を抜けて外に出る。映画のセットみたいな景色が広がっている。開き直って、闊歩する。窓に自分が映る。役所広司はどこにもいない。
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」