『ブゴニア』メイキング (C) 2025 FOCUS FEATURES LLC.LLC. ヨルゴス・ランティモス監督など、ハリウッドの著名な監督たちから絶大な信頼を寄せられるフォトグラファーの西島篤司さん。映画の撮影現場に赴き、撮影の模様はもちろん、美術セット、そして俳優陣のオフショットなどをカメラに収めるのが西島さんの仕事だ。映画における“カメラマン”と言うと、撮影監督をイメージしがちだが、雑誌やWEBなどでプロモーションのために使用される静止画の撮影も映画の重要な仕事のひとつであり、技術はもちろんのこと、監督や俳優たちとの信頼関係が必要とされる。『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』以降、『女王陛下のお気に入り』、『哀れなるものたち』、『憐れみの3章』、そして最新作『ブゴニア』とランティモス監督の全ての作品に現場のカメラマンとして参加している西島さんに話を聞いた。
「そんな仕事があるなんて」
映画の“カメラマン”の仕事とは?
――映画の撮影現場における、スチール(静止画)カメラマンの役割というのはどういうものなのかを教えてください。
映画の撮影現場で、プロモーションなどに使用するための場面写真を撮ったり、あとはBehind the Scene――つまり舞台裏の様子などを写真に収めるのが主な仕事になります。おそらく、日本の映画の現場でも同じようなことが行われているんじゃないかと思いますが、日本ではどうですか?
――日本の撮影現場にも同じ役割のカメラマンがいると思います。ただ多くの人にとって、映画の“カメラマン”のイメージは撮影監督など映像を撮影するスタッフであり、静止画を撮影するスタッフが現場にいること自体、知らなかったという方もいるかと思います。
たしかに言われてみれば、僕自身、自分がやるようになるまで、そんな仕事があるなんて、知らなかったです。
――西島さんが映画の仕事に携わることになった経緯もお伺いできればと思います。
僕が最初に仕事で関わった映画が、2012年に公開された『The Place Beyond the Pines』(邦題:プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命)という作品で、デレク・シアンフランス(『ブルー・バレンタイン』など)という監督の作品なんですけど、撮影自体は2010年に行なわれました。なぜその映画のスチールの仕事をやるようになったかというと、2005年か2006年ごろに参加した、あるTVの仕事がありまして。TV番組なのでもちろん映像作品なんですが、インパクトを与えるために作品の中でポートレートなどの写真を使いたいということで、その撮影を僕がやったんです。その番組の監督がデレク・シアンフランスでした。それ以降、彼が撮るいくつかの作品に参加させてもらって、その後、彼が『The Place Beyond the Pines』を撮ることになった時に「スチールをやるか?」と言ってくれて「やる」と言ったのが始まりです。
――『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』以降のヨルゴス・ランティモス監督の作品やティモシー・シャラメ主演『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』など数々のハリウッド映画に携わられていますが、実は西島さんがアメリカに渡ったのは、カメラマンやハリウッドでの仕事を志してというわけではなかったとお聞きしました。
そうなんです。中学から高校に上がる春休みに、たまたま友達のおじさんがアメリカにいて「遊びに来たらいい」と言ってくれて、その友達と一緒にアメリカに行ったんです。初めての海外だったんですが、その経験があって「高校を出たらアメリカに行きたいな」と思ったんです。当時は「アメリカでこういうことを学びたい」とか「こういう職業に就きたい」という目標はなかったです。ビザがないとダメなので、英語を勉強するということで、とりあえずアメリカに渡ったんですが、1年後くらいに大学の友達が写真の授業を履修していて「面白いからやってみたら?」と言われて自分も履修してみたんです。そこでの写真を撮影して、暗室でフィルムを現像して、プリントして…という作業が面白くて、そこから写真をやることにしました。
映画のスチールはいつ撮影?
「“何か”を感じた瞬間を」
――ここからさらに、映画の撮影現場での撮影のお仕事について、深くお伺いしていきます。監督や作品によっても変わってくるかとは思いますが、現場では実際にどのような流れで、どのようにコミュニケーションを取りながら仕事を進めていくものなのでしょうか?
まず、初日に撮影の現場に行って挨拶と自己紹介をします。忙しいんですけど監督と、シネマトグラファー(撮影監督)には挨拶しておきたいですね。もちろん、初日にいきなり全員に挨拶はできないので、主要なポジションのスタッフには挨拶をしておきます。
それから、一番大事なのが、写真を撮る前に俳優に挨拶をすることですね。あくまでも映画の撮影であり、写真撮影ではないというのがありますし、誰なのかよくわからない人間が写真を撮っているというのも失礼ですので、ちゃんと挨拶をして、お互いを認識した上で撮り始めることは気をつけています。
とはいえ、初日は俳優が現場に来たら、監督が俳優の元に行って、少し話して「じゃあ、撮影スタート」となるので、なかなか時間が取れないということもあります。映画の撮影自体は長丁場なので、自分は最初から慌てて撮らなくてもいいかというスタンスでやっています。それこそ、最初の2〜3日はほとんど写真を撮らないこともありますし、ちょっとずつですね。最初の内は、距離的にもあまり近づき過ぎず、正面にも行き過ぎず、徐々に良い写真が撮れたらと思っています。
――俳優が演技をしている際に撮影するのはリハーサルのタイミングだけですか? それとも本番中も撮影するんでしょうか?
本番も撮りますね。「ここはダメ」と言われている場合を除いて、基本的に全てのタイミングで撮っていいことになっています。
本番中の様子もプロモーションなどで必要になるので撮影はしますが、それ以外のシチュエーション――もう少し個人的なアプローチと言いますか、“何か”を感じた瞬間を撮影して、それが映画のスチールとして宣伝などで使用してもらえたらと思っています。
ランティモス監督の現場
「すごく快適な場所」
――西島さんのインスタグラムにも、多くの現場の写真が掲載されていますが、本番中とはまた違ったバックヤードの雰囲気が伝わってきたり、俳優たちの思わぬ表情が見えるカットが多くありますね。
撮影の合間の瞬間がいつも面白いなと思っていて、(俳優が)無意識に何か考えているみたいなところがあって、もし(本番中で)カメラが回っていたら、そうしてないかもしれない部分が見えたりするんです。そういう、どこか曖昧な部分というか(本番とオフの)間くらいのところが一番面白いなと思います。本番の時ももちろん良いですけど、そうじゃない時間――フッと力を抜いている瞬間みたいなのが好きですね。
――アップされている写真を拝見すると、遠くからそっと狙うというより、かなり至近距離で撮影されている写真もあります。
そうですね。シーンにもよりますが、かなり近い距離で撮ることもあります。むやみやたらと撮るようなことはしませんが、俳優さんの様子を見ながら「撮っていいですか?」とか聞くでもなく「ちょっといいかな?」と思いながら少しずつ近寄って、サッとシャッターを押して、また離れるみたいなことをやっています。少し「申し訳ないな」と思いつつ(笑)。
――『ブゴニア』の劇中で、テディ(ジェシー・プレモンス)がミツバチを飼育していて、いくつかのシーンでハチが群がる巣箱も出てきますが、あのシーンの撮影では西島さんも防護服を着用されて?
そうです。あのシーンは防護服を着ないと近寄ることができないので(笑)。最初は正確に(スタッフに)これくらいの身長の人、これくらいの体型の人が何人いるから、XXLサイズの防護服が何着必要で、ミディアムサイズが何着必要で…とか、そこまではっきり確認してなかったんですね。僕が現場に入るのはたいてい、みんなより遅めのことが多くて、そうしたらミディアムのサイズしか残っていなくて、小さくて全然入らなかったんです(苦笑)。だから初日は近くでハチを撮れず、現場で大きいサイズをオーダーしてもらって、近寄れるようになりました。あれは面白かったですね。
――ランティモス監督の作品には『聖なる鹿殺し』以降、ずっと関わられていますが、ランティモス監督の現場の特徴、監督の仕事ぶりなどで驚かされたことなどはありますか?
おそらく、映画の内容を見ると、(ランティモス監督は)エキセントリックな人間なんじゃないかと思う方が多いと思います。でも実際は、普通じゃないけど普通な感じなんですよね。非常にシンプルだし、撮影する場所に人は少ないんですけど、現場自体はすごく快適な場所で、仕事に行くのはいつも楽しいです。おそらく、そこにいる人たちはみんな、そういうふうに感じていると思います。ヨルゴスの現場にいられることが嬉しいというか、信頼された上での自由も感じます。多くの人がこの現場を経験することができたら、素晴らしいだろうなと感じる現場です。
――ランティモス監督作品の常連であるエマ・ストーンのことも、西島さんは『女王陛下のお気に入り』から本作『ブゴニア』まで、至近距離で撮影されていますが、レンズを通して彼女を見て、どのような部分に凄さや魅力を感じますか?
『哀れなるものたち』のダンスのシーンもすごかったですし、とにかくも何でもできる――全部できるし、全てに体当たりするという感じ。かっこいいなと思います。すごくパワーがあるし、もちろん、綺麗で面白くて優しい人で、撮っていて楽しいですね。
それからエマ・ストーンもすごいですが、ジェシー・プレモンスも素晴らしいですよね。『ブゴニア』での2人の地下室での会話のやりとりは間近で見ていて本当にすごかったので、ぜひ注目して観てほしいです。
『ブゴニア』は全国にて公開中。
(黒豆直樹)