
2024年に放送されたNHKの連続テレビ小説「虎に翼」。女性として日本で初めて法曹界に飛び込んだ佐田寅子(伊藤沙莉)の歩みを描いた物語は大きな反響を呼ぶと共に、第62回ギャラクシー賞テレビ部門大賞に輝くなど、高い評価を受けた。そのスピンオフ作品「山田轟法律事務所」が3月20日よる9時30分、NHK総合で放送される。
今回の主人公は、寅子の明律大学女子部時代の同期生・山田よね(土居志央梨)。彼女が轟太一(戸塚純貴)と共に立ち上げた山田轟法律事務所の設立にまつわる「虎に翼」本編では語られなかったエピソードが明らかになる。
放送に先駆け、「虎に翼」に続いて脚本を担当した吉田恵里香氏が、今回のスピンオフに込めた思いを語ってくれた。
−「虎に翼」ファン待望のスピンオフですが、今回、山田よねを主人公にした理由を教えてください。
私自身はどの登場人物に対しても「スピンオフを書きたい」と思っていたので、誰が主人公でも書くことは可能でした。その中である意味、「虎に翼」本編の主人公・寅子と対になる存在と言えるのが、よねと(寅子の義姉で、専業主婦として家庭を支えた)花江(森田望智)です。どちらを主人公にするか考えたとき、「虎に翼」が謳っている“リーガルエンターテインメント”という特徴を生かせるのは、よねだろうと。また、多くの視聴者から「よねと轟の活躍を見たい」というお声もいただいていましたし、私自身もそれを見たいという思いもありました。そんなことから、スタッフと打ち合わせを重ねる中でも、特に異論なくスムーズに決まりました。
−今回、よねを主人公にするにあたって、どんなことを意識しましたか。
「虎に翼」本編では、寅子との対比として、よねを「曲げない、折れない、間違えない人」として描きましたが、そんな人間はいません。よねだって、折れそうになったことがあるはずで、そこからどうやって今の自分を築き上げたのか。折れたらアイデンティティーを失い、自信喪失しそうな瀬戸際で、折れないために必死になる。そんなときも、メソメソしたり、落ち込んだりするのではなく、怒りをガソリンに変え、燃え上がるパワーを得る。そんなよねの姿を描くことは、強く意識しました。よね役の土居さんにも、「作品を大事にしてくださる方」という印象を持っていたので、「こういうよねを演じる土居さんが見たい」というラブレターのような気持ちで書いています。
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−よねと轟の物語を描く上で、終戦直後の混乱期を舞台に選んだのはなぜでしょうか。
よねと轟は、「虎に翼」本編でも比較的多く描かれていた人物なので、今回は“寅子が知らない”=“視聴者が知らない”部分を描くことに意味があると考えました。そこで、終戦直後の混乱の最中、よねが戦争ですべてを失った轟に手を差し伸べ、二人がタッグを組んで「山田轟法律事務所」を立ち上げるまでにこういうことがあった、という物語にしようと。
−なるほど。
また、「虎に翼」は「すべて国民は、法の下に平等であつて…」と「平等」を謳った日本国憲法第十四条の精神を柱に掲げた作品です。だからこそ、“生活のために体を売る女性たち”など、本編で取りこぼしてしまった人々を描きたいという私自身の思いもありました。終戦直後の寅子は、夫を亡くし、幼い子を抱え、自分自身が苦労していたこともあり、買い物のために闇市を訪れたとしても、体を売って生きる女性たちと交流を持つ余裕はなかったんですよね。そんなふうに、「寅子の視点では描けなかったものを、どれだけ描けるか」ということが今回、自分に課した課題でもありました。


−劇中には当時、戦争の犠牲者でありながら、差別的な扱いを受けていた戦災孤児や“パンパン”と呼ばれた体を売っていた女性たちも登場します。脚本執筆に当たっては、改めてリサーチをしたのでしょうか。
一般に、当時生活のために体を売っていた女性たちを描くとき、「苦しい時代を強く生きたかっこいい女性」といったように、ポジティブにコーティングし、苦い部分を見せない描き方が多いと感じていました。ただそれは、そういう問題を軽く扱うことにもつながります。私自身はそこに加担したくないという思いもあり、誠実に向き合うため、自分でもきちんと調べ、考証の先生方の意見も伺いながら描いています。
−劇中、「虎に翼」本編で象徴的存在となった山田轟事務所の壁に書かれた憲法第十四条誕生の場面が描かれるのも見どころです。
よねを主人公にすると決まった後、早い段階で壁に憲法第十四条を書く場面は入れたいと思っていました。ただし、寅子と違い、よねはすぐには憲法第十四条を飲み込めないのでは、という意見が話し合いの中で出て。恵まれた環境で生きてきた寅子とは、憲法第十四条の重みも違うはずなので、様々な地獄を見た結果、よねがそこに辿り着く物語を描くことに意味があるだろうと。そういう思いをよねに乗せて、あの場面を描いています。
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−よねが戦前働いていた店で、戦後は山田轟法律事務所のオフィスとなる「カフェ灯台」のマスター、増野(平山祐介)の再登場も、出演者発表の時点で話題になりました。
よねを主人公にすると決めたものの、ドラマを進める上で彼女にものを言えるのは誰かと考えてみると、当時離れ離れだった寅子たち明律大学女子部時代の仲間を除くと、マスターしかいないんですよね。今回再登場が実現でき、良かったです。
−そしてもちろん、「虎に翼」本編の主人公・寅子は今回も登場しますね。
スピンオフでも、寅子には出てほしいと思っていましたが、終戦直後の寅子は、悲しみに沈んでいる時期なんですよね。でも、皆さんが見たいのは、元気いっぱいなよねに絡む寅子だろうし、私自身もそう思っていたので、どうやって登場させればいいのか、知恵を絞りました。スピンオフを書いてみて、寅子が主人公だったからこそ描けた道があったなと、再認識する部分がたくさんありました。
−改めて振り返ってみて、吉田さんにとって「虎に翼」という作品は、どんな存在でしょうか。
間違いなく今現在の代表作ですし、「今、作家を辞めても悔いはない」というくらい、大きなものを書き切った自負はあります。とはいえ、「虎に翼」に限らず、常にベストを尽くして作品に向き合っているつもりなので、これからも面白い作品が書けるように頑張っていきます。そうやって過ごす中で、また新たに「『虎に翼』のスピンオフをやりませんか?」というお話がいただけたらうれしいです。
−スピンオフに続き、「虎に翼」の映画化も発表されました。最後に、それぞれを楽しみに待つファンへのメッセージをお願いします。
スピンオフの製作や映画化が決まったのは、「虎に翼」が終わってからも応援してくださる皆さんのおかげだと、心から感謝しています。
将来、歴史の教科書が作られたとき、「私たちは第三次世界大戦の中にいる」と書かれるのではないかと思うくらい、今は世界各地で戦争が起き、平和や平等というものが遠のくなど、辛いことが多い世の中です。でも、だからこそ今が踏ん張りどきだなとも思っていて。皆さんに楽しんでいただくことは大前提として、私はエンターテインメントの力を信じ、自分の書く物語が辛い思いをしている人に寄り添ったり、声を上げたりする力になることを願いながら、日々執筆を続けています。スピンオフの放送まであと一ヶ月、映画はもう少し先になりますが、それまでお互い元気で健康に、なるべく心を削ることなく、声を上げられる時は一緒に上げていけたらと思っています。楽しみにお待ちいただけたらうれしいです。
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(取材・文/井上健一)

