歯医者がむし歯より警戒する“沈黙の病”の怖さ。「まだ大丈夫」を放置すると「高級車1台分のお金を失う」

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2026年02月25日 09:20  日刊SPA!

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歯科医師の野尻真里
「歯のトラブルと言えば、むし歯が一番怖いですよね」
診療室で、患者さんからよく聞く言葉です。確かに、むし歯は痛みも出ますし、削る音や振動に苦手意識を持つ人は多いでしょう。しかし、歯科医師として日々多くの人の口の中を診ている立場から言うと、本当に怖いのはむし歯だけではありません。

むし歯は患者本人も「しみる」「痛い」と異変に気づきやすく、歯科医院を受診するきっかけになりやすい。つまり、対処がしやすい病気です。

一方で、歯科医師が内心ヒヤッとするのは、痛みもなく、本人に自覚がないまま進行してしまう“別の問題”を抱えた口の中を見たときです。本人は「特に困っていない」「何の症状もないからまだ大丈夫」と言いますが、その「まだ大丈夫」が数年、十数年と積み重なった結果、気づいたときには治療の選択肢が限られてしまうケースは少なくありません。

◆歯科医師がむし歯より警戒する「歯周病」

40代以上で歯を失う原因の第1位は、むし歯ではなく歯周病です。しかも歯周病は、ほとんど痛みを伴いません。歯磨きのときに歯茎から血が出る、口臭が気になる――こうしたサインがあっても、「よくあること」「疲れているだけ」と見過ごされがちです。しかし、その“小さな異変”こそが、みなさんが警戒するべきサインなのです。

むし歯が“見える敵”だとすれば、歯周病は“気づかれないまま進行する敵”。

そして本当に怖いのは、歯周病そのものだけでなく、それを放置してしまう生活習慣と無関心です。

歯周病は進行すると、歯が揺れ、最後に抜け落ちてしまいます。こうした症状が出てから歯科医院に来院される患者さんもいますが、歯が健康だった頃の状態に戻す治療法はなく、抜歯するしか選択肢がない場合もあります。しかし、初期の段階でもっと早く来ていれば、治療の選択肢はあったのです。

歯を失った場合、入れ歯やブリッジ、インプラントなどの治療が必要になります。もしインプラントを選択すれば1本あたり数十万円〜の出費です。もし数本失えば、高級車が買えるほどの金額が口の中に消えていくことになります。

そのうえ、入れ歯やブリッジは欠損した部分に隣在する健康な歯に負担をかけてしまいます。見た目にも影響が出るかもしれません。定期検診にかかる数千円は、将来の数百万の損失を防ぐための最もコストパフォーマンスの良い投資と言えるのです。

◆歯周病は口から全身を蝕んでいく

歯周病の問題は、歯を失うことだけではありません。

噛みにくくなり、硬いものを避けることで食事が偏り、栄養バランスは崩れます。歯周病特有の口臭が強くなり、高齢者の方では、誤嚥性肺炎のリスクも高くなります。また、歯茎が下がることで口元は老けて見えます。歯周病で歯が抜けてしまうと、顔の形も崩れます。さらに、歯周病が糖尿病や心疾患、脳梗塞、認知症や肥満など、全身の健康とも関係していることがわかってきています。歯周病が中等度に進んでいる人は歯茎の炎症範囲が広く、口の中は常に平手サイズの潰瘍(傷口)があるのと同じ状態になります。その傷口から血管内に乗って歯周病菌が全身を巡ることで、心臓や脳、血管にダメージを与えるのです。食事の偏りから、栄養バランスを崩し、病気になることも考えられます。

「口の中の問題」と軽く考えていたものが、実は全身をじわじわ蝕んでいく――それが歯周病の怖さです。しかし、もっと即時的なリスクもあります。それは「ビジネスマンとしての印象」です。歯周病菌が出すガス(メチルメルカプタン)は、腐った玉ねぎや腐った卵と同じ成分です。これは生理的な口臭とは次元が違い、会話する相手に本能的な不快感を与えます。恐ろしいのは、人間の嗅覚はすぐに順応してしまうため、自分の強烈な口臭にだけは気づけないという点です。この強烈な口臭は、マウスウォッシュやガムで隠しきれるものではありません。

また、歯周病で歯茎が下がると歯が長く見え、一気に老けた印象を与えます。「口が臭く、見た目が老けている」これはビジネスにおいて、どれほど優秀なスキルを持っていても致命的なマイナスになりかねません。「口の中の問題」と軽く考えていたものが、全身の健康だけでなく、社会的信用までじわじわ蝕んでいく——それが歯周病の本当の怖さです。

◆なぜ本人は気づかないのか?

歯周病がここまで厄介なのは、進行してもほとんど痛みがないからです。出血も「よくあること」と思われがちで危機感につながりにくく、口臭もマウスウォッシュやガムでマスキングをして誤魔化してしまうことが多いです。

特に30〜40代の働き盛り世代は、「忙しい」「今は困っていない」と歯科受診を後回しにしがちです。「痛くなったら行く」というスタンスが、歯周病にとっては最も危険なのです。

◆30秒でできる!隠れ歯周病チェック

以下の項目に1つでも当てはまったら、あなたの口の中ではすでに静かに歯周病が進んでいるかもしれません。

・デンタルフロスを通すと変な臭いがする
・朝起きた時に口の中がネバネバする
・歯磨きの時に、歯ブラシや吐き出した水に血が混じっている
・歯茎がムズムズする時がある
・歯が浮いているような違和感を感じる
・家族に口臭を指摘された
・歯が伸びた気がする
・歯茎の色が健康的なピンク色ではない(赤い、紫がかっているなど)

◆歯周病になる人・ならない人の決定的な差

歯周病を防ぐために、特別なことをする必要はありません。高価なケア用品を使っているかどうかでもありません。

差が出るのは、

・定期的に歯科医院でチェックを受けているか
・自分の口の状態やリスクを把握しているか

この2点です。

どんなに丁寧に磨いていても、歯周ポケットなど歯ブラシや歯間清掃の届きにくい部分の汚れは残り、そこで菌が繁殖して歯周病が進行します。また、一度付いてしまった歯石は歯ブラシでは除去できません。定期的な専門的なケアを加えて行うのが大切です。

歯周病の一番の敵は、実は菌ではなく「無関心」です。自分の口の中の歯や歯茎の状態はどうなっていて、どんなリスクがあるか説明できるでしょうか。

今日、歯が痛くなくても、数年後の口元は、今日の選択で確実に変わります。

歯医者が本当に危惧しているのは、むし歯ではありません。「何も問題がないと思っていた時間」によって、静かに将来の歯が奪われていくことなのです。

<文/野尻真里>

【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari

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