
推し活は、いま「推す文化」から「推される体験」へと拡張し始めている。そうした変化を象徴する存在が、東京・渋谷にあるカラオケステージ&バー「VSING(ブイシング)」だ。
【どんな場所なの?】推し活は「推される体験」へ 観客に囲まれる”渋谷の新感覚カラオケ”の秀逸さ
そこでは客がステージに立ち、観客に囲まれながら歌う。サイリウムが振られ、専用アプリを通じて「Cheer(チアー)」と呼ばれるデジタルギフトが送られる。その演出は店内の大型LEDに投影され、場の盛り上がりが可視化される。
普通のカラオケと異なるのは、歌い手がプロではなく、一般の利用者という点だ。VSINGは「推す側」だった人が、「推される側」を疑似体験できる空間なのだ。
なぜ今、こうした場が成立するのか。その背景にある、推し活の広がりと、質的変化を見ていこう。
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●“一億総推し社会”とヒト消費
まずは「推し活」という活動が活発化した理由と、現在のあり方について紹介したい。
かつてアイドルオタク界隈で用いられてきた「推し」という言葉は、いまや広く一般化した。特定の芸能人やキャラクターを継続的に応援する、推し活は単なる消費を超え、自己確認や心の拠りどころとして機能している。誰もが、何らかの推す対象を持つ現代は”一億総推し社会”とも形容できるかもしれない。
推し活ブームの拡大には新型コロナウイルス感染症の流行も一定の影響を与えたと、筆者は考えている。消費者は自ら現場に足を運び体験することで価値を見いだす「コト消費」や「トキ消費」の機会を制限された。
実際、日本トレンドリサーチが実施した調査によると、コロナ禍の自粛によって「できなくなった趣味がある」と回答した人は42.6%に上っている。
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さらにコロナ禍では、ストリーミングサービスの利用が拡大し、自宅で完結するコンテンツ消費が一般化した。ドラマの一気見や、特定の俳優の出演作を順に追うといった視聴スタイルが広がったほか、アイドルグループなどのオーディション番組の普及も進んだ。視聴者が出演者の成長過程を追い、応援する体験は、推し活の活性化のすそ野を広げた。
過去には「コロナ禍で推し活を始めた」といった、コロナと推し活の結び付きを示す調査もみられた(参照:「“おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”」)。
このような背景を踏まえ、筆者は現代の消費潮流は「ヒト消費」にあると考えている。商品やサービスそのものではなく、「誰を応援するか」「誰にひも付いているか」といった“人”を媒介とする消費に再編成されつつある。
SHIBUYA109lab.の研究所所長の長田麻衣氏は、若者消費を特徴づける4つのキーワードとして、(1)体験消費・参加型消費、(2)間違えたくない消費、(3)メリハリ消費、(4)応援消費・親近感消費を挙げている。とりわけ(4)の応援消費は、推し活との親和性が高く、ヒトを起点とする消費行動の広がりを象徴する概念といえる。
こうした消費は、商品やサービスの機能や価格ではなく、特定の人物への共感や支持といった感情を起点に生まれる点に特徴がある。応援消費はまさにその典型であり、「その人を支えたい」という思いが購買行動を後押ししている。
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●推し活は自己演出へと深化する
近年、推し活は単なる応援にとどまらず、自己表現や自己投影の場としての側面も強めている。
ライブ会場では、推しの衣装やメイクを再現するファンの姿が見られる。いわゆる「推し概念コーデ」にとどまらず、私服やステージ衣装を忠実に模倣するケースも少なくない。SNSや動画プラットフォームの普及により、メイク方法や使用アイテムの情報が可視化され、再現可能性が高まった。模倣は空想ではなく、具体的な手順を伴う実践へと変化している。
野村総合研究所は、オタクの「消費」「創造」「情熱」に関わる特徴的な心理・行動要素として、(1)収集欲求、(2)共感欲求、(3)自立欲求、(4)帰属欲求、(5)顕示欲求、(6)創作欲求の6つを挙げている(参照:東洋経済新報社『オタク市場の研究』)。
これに加え、現代の推し活を理解するうえで「同一化欲求」も重要だと筆者は考えている。対象そのものになりたい、近づきたいという欲求である。
推しの衣装やメイクを再現する行為は、憧れの内面化であり、自己の再構築でもある。推し活は、応援文化であると同時に、自己演出の文化へと深化している。ライブ会場やSNSは、ファンが“推す側”でありながら“見られる側”にもなる空間へと変化した。推し活は、応援消費であると同時に、自己演出の消費でもあるのだ。
●推す・推されるは反転しうる 「VSING」のユニークな推し活
もっとも、推す側が推される側に憧れを抱くこと自体は特異ではない。アイドルを目指す若者や、コンセプトカフェで働くスタッフの中には、もともとその文化に憧れていた人もいる。推す経験は、ときに「自分もあちら側に立ってみたい」という想像へと接続する。推すことと推されることは、必ずしも断絶されていない。
その“立場の反転”を、疑似的かつライトに体験できる場として登場したのが、冒頭で紹介した「VSING」である。
VSINGは、東南アジアを中心に全世界42店舗(2025年8月時点)で展開されているカラオケステージ&バーだ。従来の個室型カラオケと大きく異なる点は、その空間設計にある。
誰でも参加できるオープンなフロアに、大型LEDや照明演出を備えたステージが設置され、ライブハウスのような雰囲気を演出。利用者はそのステージに立ち、観客に囲まれながら歌唱する。
そして特徴的なのは、専用アプリを通じた応援の仕組みだ。観客は専用のコインを購入し、気に入った歌い手にチアーとしてを送ることができる。目の前で歌う人に対してアプリを通して「投げ銭」をするイメージだ。
「かわいい」「エグい」といったメッセージとともに送られたチアーは、ステージ上のスクリーン演出に反映され、場の盛り上がりを可視化する。チアー数に応じて歌い手にポイントが付与され、店内での飲食や利用料金の割引などに充当できる。このような投げ銭のシステムとは別に、実際のライブ会場さながらにサイリウムで応援することも可能だ。
企画担当者によると、SNSやライブ配信の普及によってパフォーマンスを発信するハードルは下がったものの、リアルな空間で他者から承認される体験へのニーズは依然として強いという。日本では投げ銭文化が浸透しており、応援そのものをエンターテインメントとして楽しむ土壌もすでに整っている。サイリウムを振る、合いの手(コール)を入れるといった参加型の応援文化も広く共有されている。
確かに「人前で歌い、その場にいる他者とやり取りする」という構図自体は目新しいものではない。実際、2025年大阪・関西万博で吉本興業ホールディングスが手がけたパビリオン「よしもと waraii myraii館」で実施された“万博カラオケ”も話題を集めた。
また、「のど自慢」や「カラオケバトル」など、プロではない一般参加者が歌唱する番組が長年支持されてきたのも、「歌いたい人」と「その姿を見たい人」の双方が存在しているからこそだろう。
ただし、VSINGにおいて注目すべきは、その構図がビジネスとして精緻に設計され、制度化されている点にある。従来は場の雰囲気や偶発的な盛り上がりに委ねられていた「歌う」と「応援する」という行為が、アプリやポイント制度、ランキング機能などによって可視化され、経済的価値と結び付けられている。VSINGでは、偶発的な盛り上がりではなく、「応援される構図」そのものが設計されているのだ。
利用者の多くはプロを目指しているわけではない。ただ一時的に「応援される側」の構図を体験してみたい、その程度の距離感で参加できる点に、この業態の特徴がある。承認を得る快感を味わいながらも、日常の自己は保持できる。ここでは、“リスクの低い推され体験”がパッケージ化されているのである。
●承認は設計可能な体験へ
SNS時代においては、消費はしばしば「見られること」を前提として行われる。インスタ映えをはじめとする投稿は自己演出であり、モノ撮りやプロップス消費(映える演出のための消費)もまた、望ましい自己像を整えるための行為である。言い換えれば、消費は承認を得るための準備でもあり、そこに映し出される自己はあらかじめ設計されたものである。
推し活が広がった社会では、「応援すること」自体がエンターテインメント化した。そして今、その延長線上で「応援されること」もまた、あらかじめ構図が用意された体験として提供され始めている。
VSINGが提供しているのは単なる歌唱空間ではない。サイリウム演出、投げ銭、ランキングといった仕組みは、「応援される構図」を可視化し、体験として成立させるための設計である。
ヒトを中心とした消費は、承認を偶発的な出来事から、再現可能な体験へと組み替えつつある。推す側と推される側は固定された関係ではなく、状況に応じて入れ替わる可変的な構図として演出される。
渋谷の一角で始まったこの業態は、推し活が到達した次の段階――“推される体験の仕組み化”を映し出しているのかもしれない。
●著者紹介:廣瀬涼
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
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