
Text by 今川彩香
来る3月14日、GEZAN初となる日本武道館単独公演『独炎』が開かれる。
1年前、この武道館公演の決定を発表してから、50公演にも及ぶ大規模な全国ツアー「47+TOUR『集炎』」で47都道府県+中国・上海をめぐった。そして今年2月には、GEZANの4人で1人25時間のパフォーマンスでつなぐ「100時間リレー」を完走したのち、7枚目のアルバム『I KNOW HOW NOW』をリリース。
長い旅を経て、ついに武道館が目前に迫るいま、マヒトゥ・ザ・ピーポーは何を思うか?
社会や政治に対しても沈黙を選ばず、つねに声を上げ続けてきたマヒト。昨年末には高市早苗首相をめぐるSNS投稿で炎上も経験した。その原動力とは、一体どんなところにあるのだろう?
ロングインタビューで、GEZANとマヒトの「現在地」を聞く。
―昨年、GEZANは50公演にも及ぶ「47+TOUR『集炎』」を走り抜けました。全国47都道府県、そして中国・上海をめぐる大規模なツアーを、武道館公演の前に行おうと思ったのはなぜですか?
マヒトゥ・ザ・ピーポー(以下、マヒト):インターネットのおかげなのか、せいなのか、日本各地、どの場所も名前は知ってるし、行った気分にはなれる。北海道は寒いんだろうな、沖縄は温かいんだろうな、ご当地のものも知ってはいる。でも、実際に行った経験があることと、それは全然別の話だよな、とはよく思っていて。
マヒトゥ・ザ・ピーポー
2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。インディーズながら『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演。うたを軸にしたソロでの活動のほかに、青葉市子とのユニット「NUUAMM」として複数のアルバムを制作。国内外のアーティストをリリースするレーベル「十三月」を運営、『全感覚祭』を主催。2019年に小説『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎)を出版。GEZANのドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord』を十三月で製作。豊田利晃監督の映画『破壊の日』に出演。エッセイ『ひかりぼっち』がイーストプレスより発売。『ユリイカ2023年4月号』にて特集号の発売。 映画『i ai』では初監督、脚本、音楽を担当、2024年3月より全国上映された。2026年2月に7枚目のアルバム『I KNOW HOW NOW』を発表し、3月14日に初の日本武道館公演『独炎』を行う。
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武道館というのはそういう意味でも象徴的な場所ではあるから、その前に自分が「日本」という言葉を使ったときに思い浮かぶ人の顔が増えていたらいいな、と。住んでいるまちのエリアを、立体的に体のなかに入れたいという気持ちがあって、ツアーを回ることにしました。
―実際に、これまでライブをしたことのない場所も多かったんでしょうか?
マヒト:半分は言い過ぎかもしれないけど、3分の1くらいは行ったことなくて。
東京から離れれば離れるほど、その場所でライブハウスを続けるということの強度を感じました。いまはバンドブームが起きているわけでも、特に地方のライブハウスが潤っているわけでもないなかで、それでも続いている場所には、何らかのこだわりというか、その地域との独自の依存関係を育てている場所が多くて。
東京はクラブもライブハウスも入れ替わりが早いけど、コロナ禍があっても踏ん張って残ってきた場所には——というか「人」なんだけど——独自の「設定」みたいなものや、強い「意志」がある。そういうのを浴びにいった……匂いを嗅ぎに行ったというのが、一番大きいかな。
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マヒト:山口の印度洋は不思議な磁場があったし、八戸の酒蔵でやったライブも、街から何かを探し求めてる勢いが充満していました。
各地の祭りだって、独自の「設定」があったわけじゃないですか。はじめにインターネットの影響のことも話したけれど、境界を埋めて均一化していくことの良さと、地方のそういう偏りのなかから生まれた良さ、というのは諸刃の剣というか、難しいなとは思いましたね。
―「47+TOUR『集炎』」では、中国公演もありました。フェスにも出演されたとのことですが、そこではどんなことを感じましたか?
マヒト:南京近くのフェスでは「日本人は帰れ」「南京大虐殺を忘れるな」というメッセージのプラカードが上がって。家族連れが多い、つまり平均年齢が高くて、さまざまな人が集う大きなフェスでは、そんな「日本人」のイメージがそのまま受容されていた。
逆に、ライブハウスに来る若い子たちは、中国に住んでいても海外プロバイダを使って外の情報を得て、世界の感覚をキャッチしている人も多くて。GEZANの歌詞を、自分たちの国に置き換えてシンガロングしているのが伝わってくる瞬間もたくさんあった。同じ中国とは思えないくらい、違いがあったんですよね。
―ライブをすることで、肌で感じたこともたくさんあったんですね。
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その濃厚なコミュニケーションって、軽々と言語を超える。中国でも台湾でも、ウガンダでもドイツでも、言葉の違う国に行けば行くほど、なにかイメージが共有されている感覚があった。そういう実感は、手触りとして自分のなかに残っていて。
マヒト:ライブハウスでの動物同士のコミュニケーションと、インターネットのようにデータのなかで言葉が飛び交うこと。インターネットがあることで生まれる良さもたしかに存在するんだけど、コミュニケーションの速度がはやすぎて、分断を生むまでの速度もはやい。
インターネットは、喧嘩と分断に向いているメディアでもあって。昔の文豪たちが誌面で論争していたときは、本が出るまでに1か月のラグがあって、そのあいだに自分のなかで咀嚼する時間があった。いまは、それが1時間のうちに加熱されて、本当に言いたかったのとは違うところで火がついて、過剰なエネルギーがかかってしまうことがある。使い方ひとつなんだけども、加速しすぎているところはある思う。
「100時間リレー」フライヤー
―そして今年2月には、GEZANとゲストでつなぐ怒涛の「100時間リレー」を完走されました。武道館公演の直前に企画された理由は?
マヒト:年越しぐらいにテレビを買ったんですよ。駅伝めっちゃ面白いじゃんって。合わせてなのか、CMもエモーショナルなものが多くて(笑)。
ちょうどその頃は、Xで炎上したので濁った気持ちがあって。そういうものと真逆な気持ちで武道館に立とうと思っていたのに、このままだと祟り神みたいな気持ちでステージに上がることになるな、と感じていて。
それは言葉で取り繕っても絶対にあふれ出るものだから、もう一度、この時代と接続し直したかった。自分のなかの「澱」みたいなものを、あぶり出して焼き切るような、そういう方法しか思いつかなかった(笑)。きれいな滝に打たれても変わらないな、1回追い込んで吐き出すしかない、と。
やってみたら、めちゃくちゃしんどかった。二度とやりたくない(笑)。長けりゃいいってもんでもないし。いい音楽なんか3分あったらいいんだからさ。
―25時間ぶっ続けでパフォーマンスをされたのはさすがに初めてかと思いますが、見えたものはありましたか。
マヒト:疲れ果ててもう何も出てこないと思っていたのに、メンバーが来たらすっと回復したり、ダンスのグルーヴが来たら急に力が湧いてきたり。踊りが持つ力はすごい。根源的なところから、エネルギーが憑依的に湧いてくる感覚がありました。
あとは、ゲストによって全然違う自分が引き出されることを感じました。鼓舞される人もいれば、緊張する人もいるし、すごく力が抜ける人もいる。こんなにたくさんの「自分」がいるんだなと思ったのがひとつ。
マヒト:自分は1人なんだけど、たくさんの自分がいた。同時に、もっと遠いところ、「自分」とすら呼べないようなところにつながれているのも感じられた。外の世界に拡張していくことと、内側に向いていくことは、じつは同じところに向かっている、ということも100時間のなかで強く感じたことでした。
みんな、自分の日常を変化させたり、この憂鬱な気持ちを癒したり、鼓舞したりしたいと思って、映画や小説、音楽に、インスピレーションとなるような言葉や瞬間を探していると思うのだけど。でも、そこからもらうのと同じくらい、自分のなかにもインスピレーションが眠っていて。ただそれは、砂と砂金が、ぐちゃぐちゃに散らばっているような状態。それを整理するために、ひとの言葉や思考の流れを借りて、宝物とがらくたを分ける作業をしている。つまり、集中すべきは自分自身でもあって。自分ですらまだ自覚できてないような領域に「答え」がたくさんある。間違いなく、ある。
それは俺だけじゃなくて、たぶん全員がそうだと思う。一人一人のなかに可能性があるんだということを、声を大にして伝えたい。
—肉体も精神も極限まで持っていったからこそ、実感されたことだと思います。ゲストもたくさん参加されていましたが、共鳴によって感じたことはありますか?
マヒト:哲学対話をやっている友人の永井玲衣さんが、「100時間リレー」のなかでも会を開いたんです。そこでは1時間かけて、みんなで問いを出し合って、ひとつずつ丁寧に話を聞いて、行くさきを見出していく。SNSだったら3分で結論が出るようなトピックに、時間をかけてゆっくりと向き合う。
それって、昔は当たり前だったことではないのかと。いまやそれが貴重な時間になるくらい、一刻一刻に価値が発生して、無駄なく生産性を上げて、聞く人も見る人も「有益なものを持ち帰りたい」っていう気持ちが先行するような状況があるということ。
でも、人間が本来持ち帰れるものって限られていて。多いからいいってわけでもなくて。自分のなかからじわっと湧き上がって、浮かび上がって、 答えなのか、その断片なのか——「気配」や「予感」って言われるようなもの、その感触が重要なのかもしれない。戯れるより前に答えが飛び交って、検索すればそれらしい答えも出てくる……いまのこの速度って、本当に合ってたんだっけ? と疑問が浮かぶんです。
―その「100時間リレー」を経て2月11日にリリースされた7枚目のアルバム『I KNOW HOW NOW』は、まさに「予感にたどりつくまでのプレイリスト」をコンセプトに制作されたということでした。
マヒト:そうですね。ロックバンドって、1人でやっているわけじゃないし、すごく不都合な形態なんですよ。ぜんぜんわかり合えなくて、4人でやっていても意見は揃わないし、ミックスのバランスひとつとっても、目的地が同じような瞬間があっても揃わない。でもそんな不都合さがやっぱり人間っぽくて、面白い。
自分がいま生きているなかで最初にある、小さな社会というか。これだけ密にコミュニケーションを取っていても、一つになれないということの面白さがある。
だから、ポンと出てくる答えよりも、共通の何かが交差したような、まだ霧がかかっていて輪郭が与えられていない、そんな感触が、一番リアリティがあると思って。そういうものを大事にできる時間がみんなに贅沢にあるわけではないけど、人間たらしめているところでもあるよなあ、とも思うんですね。
それは、ロックバンドという不都合な形態が扱いやすい。バンドは、人間っぽいかたちだと思う。そういうことが、今回のコンセプトになっていきました。
—『I KNOW HOW NOW』の1曲目である“beat”にはまさに、メンバーそれぞれが<ぼくは北を前だと思った オレは東を前だと思った わたしは西を前だと思った ぼくらはそれぞれの前に向かって 飛ぶ>と歌っていますね。
マヒト:こんなに身近な人たち同士でもバラバラなんだったら、もっと遠い世界になればなるほどそうだよねって。それでも、同じ船には乗れるし、 同じ風に吹かれることができて、揃わないのに一緒にはいれる……。そんな一見すると矛盾したような感覚で、バンドで旅をしている感じなんですよね。
―歌詞やメロディから、なんとなく「祈り」を感じました。これまでのアルバムのなかでも、この『I KNOW HOW NOW』にはどんな感情や意志を映したのでしょう?
マヒト:言葉にも両足があって。言葉だけで自立できる言葉と、歌や音楽との依存関係のなかでしか成立できない言葉があることに気づいたんですよね。今回は特に、その依存関係のある言葉に集中しようと思って書いたところがあって。伝えようと思うとどうしても、前説をつけて、あとがきをつけて、言葉数が増えていく。そうして余白が埋まってしまうと、メロディーとの依存関係が薄れてしまう。
だから、今回は削ぎ落としていきました。おそらく、これまでのアルバムで一番、文字情報としては少ないかもしれない。伝えたいことが減ったわけじゃなくて、むしろたくさんあるからこそ削っていった。音楽のなかでしか生きられない言葉たちを集めて残した。SNSのなかで生き残る言葉とは性質が違っていて……それが「立体感」につながっていくのかもしれない。
―「立体感」。たしかに、イーグル・タカさんのバクパイプの重なりもあってか、広い草原のなかで風が吹くようなイメージが湧くことがありました。
マヒト:あとは、自分はどうしても声が大きくなってしまうんですが、大きい声では伝わらないことって、全然あるなって。日常生活ではよくあるじゃないですか。例えばパートナーと喧嘩になって感情をむき出しにしても全然伝わらない。むしろ喧嘩が加速するだけ。一旦飲み込んで、落ち着いてから、こぼすように言ったほうが、ずっと伝わる。
日常では自然と選択できるのに、音楽のなかではコントロールできないことが、いままで多かった。今回はそういう言葉のトーンの使い分けに集中しました。それくらい、伝えたかったんだと思います。感情や気分よりも。
—“BEST DAY EVER(feat.青葉市子)”には「平熱」という言葉が、歌詞に登場していますね。
マヒト:加熱や激情にも可能性はあるんですけど、その熱が冷めたあとの平熱だったり、平坦な日常だったりが、果てしなくずっと続いていくわけで。ほとんどの暮らしはそこで出来上がっていて、そういう時間にアクセスするための方法があるんじゃないかな、ということは、うっすら考えたことなのかな。
先日の衆院選の話もそうだけど、「選挙」もある意味ひとつの政治のお祭りで、でもそれが終わったあとからが始まりなわけで。そこだけの盛り上がり以上に大事なのは、そのあと「自分が持っていかれないこと」だったりする。カタルシスの前後のストロークって、大事ですよね。
―社会問題や政治的なトピックについて発信を続けていますが、その原動力はどこにあるのでしょうか。
マヒト:プロテストの原動力っていうところで、重要なんじゃないかなと思ってるのは——本当に戦争を止めたいんですよ。でも、戦争が止まらないという現状に必要以上に傷つかないようにしようとは思っていて。選挙もそうで。ひとつ大事にしているのは、自分がそうしたいからやっているだけ、というスタート地点をどんな結果になっても見失わないこと。
何かのため、誰かのためという設定にすると、「こんなにやったのに変わらなかった」という思いに自然とすり替わって、傷ついてしまう。だからアクティビズムではないんですよね。ただ嫌なものに嫌と言って、そういう自分でいたいからやっているだけです。
マヒト:政治的な発言をすると、よく「お花畑だ」って批判されるんですけど、アーティストとしてお花畑を求めることに何の間違いもないと思います。代案を出せとか細部を詰めろというのは自分の仕事じゃないと、はっきり思っていて。それは政治家が頑張ることで、それぞれ役割がある。
自分は音楽という目に見えないものを使って人と対話している。限りなく夢とかに近い、物質のない世界を題材にしているわけで、まあ夢想です。どれだけ現実に沿わせるかは自分の判断でいい。お花畑で夢を拡張できなかったら、現実と正面からぶつかるしかない人たちにとっての逃げ場もなくなってしまう。だからお花畑という批判は、まっとうだなとむしろ思うし、傷つきもしない。
―マヒトさんは過去のインタビューで「政治とか活動家みたいな人って『構造』を変えることはできるんだけど、芸術や音楽は、そういう問題を体験に変えられる可能性を持っている」とおっしゃっていましたが、いままさに、そういうことかと思いました。
マヒト:いいこと言ってんなあ……(笑)。
共通言語や暗黙のルールのなかでの会話は、その範疇では有効だけど、外に出ると意味を持てない。変えなきゃいけないと思うなら、わかり合えない人たちに届けるために、違う言葉を発明しなきゃいけないときもある。だから自分は特定の(政治的な)集団に所属したことがないし、応援もされていないんだけど(笑)。「同じチームではないかもしれないけど、一緒にはいるよ」というスタンスでいる。
1回1回、そのトピック、その瞬間、そのイシューに対して連帯できるものは連帯して、毎回解散するのが良いと俺は思っていて。全感覚祭でも終わったら毎回、LINEグループを解散するんです。翌年また同じメンバーが集まりもするけど、必ず一度ゼロに戻す。
生活リズムが変わったり、意見が変わったりするなかで、もう一度再構築する。それが宗教的な妄信にならないためのコツというか……この瞬間だけ交差して、また解散して、それぞれの暮らしに帰っていく。ライブみたいに、毎回の解散があるほうが、健全だと思うんですよね。
―いよいよ武道館公演が迫っています。GEZANやマヒトさんにとって「武道館」とはどんな存在ですか?
マヒト:「私たち」という言葉を言ったときに、どれだけの人のイメージができるか、ということをずっと考えていて。「みんな」「私たち」と言ったときに、10人をイメージする人もいるし、10万人をイメージする人もいて、見てきた景色とかによって変わると思うんですね。
孤独のままで連帯するとか、違うのにそのまま一緒にいられるっていうことを、「私たち」と呼ぶとき、どれだけの景色をイメージできるか。その言葉の輪郭を広げていきたいというのが、武道館をやると決めたときからのテーマになっています。
47都道府県を回って、100時間リレーをやって、出会ってきた人たちの顔が増えた。その輪郭はこれからも流動していくし、固定されるものでもない。それは希望だと思っていて、「私たち」という言葉の内実を自分たちで変化させることができる。
もちろん普通にロックバンドとして「人がいっぱい来てほしい」とも思うんだけど、そのもういっこ手前に、声の届く範囲としてどれだけの人をイメージできているかという、最大の挑戦があって。それをいったん「私たち」と呼んで、これから生きてみようって、いまは思ってるんです。
―武道館公演まであと20日くらいです(インタビューは2月20日実施)。まさにいま、どんなことを考えていますか?
マヒト:終わったらすごい休みたい(笑)。鳩の数を数えて1年が過ぎていくような日々にシフトしたい。でも結局、また違う風が吹いてきて、武道館のなかで見た景色に未来の破片みたいなものが飛び交ってて、引っ張られるんだろうなとも思っていて。
—「まだやりたいことがある」と、いつもおっしゃっていますね。
マヒト:こんなに時間が経つのが早いとは思わなかった。石を蹴って、池にぽちょんと落ちて、その波紋を見ていたらいつの間にか15年経っていた……そんぐらいの気持ちだから、びっくりするよね。
だからとりあえず、まだ恥ずかしいことを言えるうちに、やれることをやり切っておきたいと思っています。
