
“人間ドラマ”にこだわる作家一雫ライオン氏(52)の最新作「六月の満月」(流星舎)が話題だ。特設コーナーを置く書店が、全国的に増えているという。取材すると、同書誕生の裏にある一雫氏と、同書を創立第1作目とした有馬大樹社長とのリアルな“人間ドラマ”があった。
有馬氏は、21年発売でベストセラーとなった「二人の嘘」(幻冬舎)の担当編集者だった。次回作となる「六月の満月」の構想も決まり、「二人の噓」は重版を重ねた。だが、良い流れが生まれ始めた22年1月、一雫氏を病魔が襲う。「ちょっとまずいことに…。がんをやっちゃって」と回想した。
ステージ4の上咽頭がん。しかも転移あり。連絡を受け、駆けつけた有馬氏の手には「帝釈天の寅さんのお守りがあった」という。「このまま逝っても…という弱気な部分も正直あった」と当時の胸中を吐露した。
だが、有馬氏からの「あなたは、これから書かなきゃいけない人なんです。どんどん世に小説を出さなきゃいけない人なんだから、とにかく、まずはこの病気に勝ってください」の言葉に奮い立った。
有馬氏によれば、この時ライオン氏は「タバコを吸っていた」という。「違うでしょ! まず、そのタバコをどうにかしてください、と話した」と笑顔で明かした。
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がんを克服し、「流氷の果て」(講談社)の執筆を終えた24年3月。「話があるんです」という有馬氏と、喫茶店で落ち合った。「実は、独立して出版社を立ち上げようと思っているので、書いてもらえませんか」。一雫氏は「にやにやしていたと思うけど、即答でした。もちろんやらせてくださいって」と快諾した。
その理由を「『二人の噓』を編集してもらった時、こんなに頼りになる人間はいないと思った」とし、「病気になった時も、その後も本気で支えてくれて、常に一雫ライオンをどうするかを客観的に見てくれている」と熱く語った。
「六月の満月」は、罪を犯した男女の再起と希望を描く恋愛ミステリー作品だが、決して暗い物語ではない。登場人物をしっかり描き切ることで、重いテーマをエンターテインメントへと昇華している。
一雫氏の作品は「タイトルから決まることが多い」という。「物語の具体的な内容よりも、タイトルと登場人物、主要キャストの名前が浮かべば書ける」とした。「“光の方向へ向かおうとする人間たちが因果に引きずられる物語”というのが浮かんできた」といい「いいちこを飲みながら家の庭でボーッとしていたら、たまたま月が浮かんでいて、6月じゃなかったけど『六月の満月』というワードが浮かんできた」。
「月は切なさの象徴でもあると思う」と続け、「光の方向へ向かおうとする主人公たちが、本来だったら太陽に向かいたかったのかもしれないけど、たどり着いた先が月だったというイメージが、なんとなくできた」と述べた。
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だが、初稿を書きあげると「初めて小説を書き終わった時に“やばいな”と思った」と苦笑いで明かした。有馬氏は「ライオンさんの中の純な部分がだだ漏れていて“ライオン純文学”になっていた」とし、「ライオンさんが描きたい物語、人物も見えるけど、丁寧に書きすぎていて、2人がなかなか出会ってくれない。だから物語が動かないんです」と説明した。
また、一雫氏は「全体的にトーンが真っ暗だった」と打ち明けた。初稿では「主人公山井章吾、ヒロイン巴実日子、2人をかき回す須山琉人まで、暗い人物として描いてしまった」。「罪を犯した人たちが幸せに手を伸ばそうとしているのが、読者にとって身勝手だと思われたらいけない」という思いがあり、「気を使って丁寧に書きすぎてしまった」と振り返った。
その結果、「六月の満月」は特徴でもある情景&叙情描写を極力抑え、登場人物のせりふを主体にした。元々脚本家だったが、「小説家1本になって、ようやく脚本家時代の自分と今の小説家の自分が、いい意味で融合してくれた」と胸を張った。
紆余(うよ)曲折をへて小説は完成。だが、作品をどう読者に届けるのか。そこが、創立第1作目の課題でもあった。
書店には“プルーフ”と呼ばれる見本が日々、大量に届く。だから、その全てを読めるわけではない。「有馬氏が手書きの手紙を添えて全国の書店に送ってくれた」と明かした。また、「同時にnoteで“『六月の満月』ができるまで”もアップしてくれた」。2人の熱量とリアルな“人間ドラマ”によって現場が動いた。
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「作家と担当編集者の関係は、読者の方には関係ないかもしれない」という一雫氏だったが、「それでも僕は『よし、その勝負乗った!』と即座に思いましたから。それくらいの思いをかけてくれる人がいる。こんなに幸せなことはない」と感謝を示した。
その上で、「その意気を書店員の方が感じてくださって、読者の方に届けようとしてくださっている。こんな令和の時代ですけど、人と人とがちゃんとぶつかり合って、つながり合っているんだなって実感しています」と思いをかみしめた。
44歳で小説家としてデビュー。遅咲きだ。そして、大病も経験した。「僕はもう、とにかく今残りの人生、ブレーキを外したんです」と全力疾走を宣言。「病気の後は家族のことも考えたけど、『流氷の果て』を書き終えて『六月の満月』を書き始める時に“もうブレーキは外そう”と、それだけは自分で決めたんです」と表現した。
「もしかしたらたくさん生きられるかもしれないし、明日死んでしまうかもしれない。でも、もうブレーキを外して、書けるだけ書こうと思っています」。一雫氏の目は、まるで少年のように輝いていた。
有馬氏は「一雫ライオン」の魅力を「切ないんだけど救われた気持ちになれる物語を書けること」とした。「決してベタな小説を書く人ではないけれど、なんか温かいというか、描き出す登場人物と実際に出会ったら、きっと仲良くなれそうだなと思えるような人物を書ける人」と続けた。
その言葉を受け「気軽に手に取っていただければ、きっと温かい気持ちでページを閉じられると思っています」とした一雫氏が、極上の“人間ドラマ”を描くエンターテインメント作家であること、そして、いつの時代も人を動かすの“熱量”であることを改めて感じさせた。【川田和博】
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