
【写真】佐藤二朗、劇場が似合う! シブい撮りおろしショット(11枚)
■“負”を描く創作物から見える、佐藤二朗の胸の内
白昼のファミレスで残忍な無差別大量殺人事件が発生。被害者は、客も店員も例外なく鋭利な刃物で刺されていた。警察が入手した防犯カメラの映像に残っていたのは、容疑者らしき中年男(佐藤)。しかし男が相手を刺していることは明らかなのに、大勢の警官がどんなに目を凝らしても、証拠となる凶器を握っているはずの右手の中には何も見えない。あまりにも不可解な状況に捜査本部の国枝(佐々木蔵之介)が苛立ちを募らせる中、過去の事件の資料から容疑者の正体が明かされていく。
自身が原作・脚本・主演を兼ねた映画として、念願の企画を実現させた。佐藤は「5年くらい前でしょうか。もともと誰に頼まれたわけでもなく、映画の脚本を書いて、30人くらいのプロデューサーに渡して。“これは面白い”と親身になってくれた方もいました。そのことにはとても感謝しているんですが、何人かのプロデューサーから“日本映画の現状として、原作に有名な漫画や小説がなければ難しい。オリジナルとして映画を作るのは難しい”という話を聞いて。そのなかで、“ぜひこれを漫画にしないか”と言っていただけたことで、先に漫画として発表し、今回ようやく映画化が叶いました」とこれまでの道のりを回顧する。
見えない凶器を振りかざし、相手を次々に刺し殺していく男を主人公としつつ、誰とも、何とも接することなく生きてきた、名も無き怪物の狂気や孤独を浮き彫りにしていく物語だ。過激なテーマと特殊な世界観ゆえに、佐藤は「お蔵入りになりかけた」と吐露。「演出家の堤泰之さんはよく、“二朗くんのホンは、お客さんが笑っていると思ったら、急にパーン! と冷や水をかけられるようなところがある”と言うんです。これは僕が意識してやっていることで、“既成概念に冷や水をかけたい”という想いが、僕のなかにある」というように、本作でも平穏な日常が一瞬にして変化する恐ろしさが表現されている。
本作だけでなく、監督・脚本・出演を務めた映画『memo』や、原作・脚本を手がけ、舞台での上演から映画化もされた『はるヲうるひと』、戯曲を書き下ろした舞台『そのいのち』など、佐藤自らが生み出した物語は、いずれも負を抱えた人を描くものだ。“陽”のイメージも強い佐藤だが、創作物には彼のどのような一面が反映されているのだろうか。
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続けて「以前、水野美紀ちゃんが言っていたんだけれど、“二朗さんは、ご自身も負を抱えた側だという意識があるんじゃないか”と。僕はそんなことを思っていなかったんだけれど、そこで“確かにそうかもな”と感じて。神様はみんなに同じカードを配るわけはなくて、世の中って当たり前に理不尽ですよね。残念ながら、“逆転不可能だ”と思うような、貧困のカードしか与えられない人もたくさんいる」と思いを馳せながら、「そういった神様の気まぐれなカード配りに、人間のぬくもりや繋がりなど、口にするのは小っ恥ずかしいような綺麗事が負けてほしくないという想いがある。どの作品に取り組む時にも、そういった意識があると思います」と胸の内を明かす。
■スズキタゴサクから山田太郎へ。無口ゆえの“不穏”
一方で、これまでとはまた違ったアプローチも込められている。佐藤は「これまでは、“繋がることを諦めなかった”主人公を描いてきました。今回の山田太郎は、“繋がることを諦めた”主人公」と紹介。「主人公がちょっと前を向けることで、お客さんに希望を持ってお帰りいただくお話もいいし、“こんなことがあっては、いかん!”という物語を提示することで、何か感じてもらえる作品もあるといいなと思っていて。目を背けたくなるような残酷さがないと、“こんなことがあっては、いかん!”にはたどり着けない。そういったものを表すのも、映画のひとつの役割かなと思っています」と持論を述べる。
劇中には“繋がることを諦めなかった”男として、佐々木蔵之介演じる刑事・国枝が登場する。いわば、本作に込めた希望となるキャラクターだ。佐藤は、「国枝役は、何としても蔵之介さんに演じてほしかった」と力強くコメント。「20代の頃に、舞台で初めて共演させていただいて。蔵之介さんが主役のマクベスで、僕は脇役。その後もドラマ『ハンドク!!!』(TBS系)や、『モンスターペアレント』(カンテレ・フジテレビ系)では対峙する役柄で共演させていただきました。ものすごく好きな俳優」と言葉に熱を宿らせ、「何としても口説き落としたかったので、プロデューサーを介して蔵之介さんに長文でラブコールを送った」と振り返る。
オファーを受けた佐々木は、佐藤について「20代の頃から、同じ演劇畑で戦ってきた同志だと思っている。思いたい。思わせてくれ」というコメントを発している。だからこそ即快諾だったそうで、佐藤は「蔵之介さんがそんなふうに思ってくれていたなんて、全然知らなかった」と驚きながら、「山田と国枝は、合わせ鏡のような存在です。国枝は野獣のように見えるけれど、人に対する愛や温かみをちゃんと持っている。蔵之介さんがそういった存在を演じる姿を、どうしても見たかった」と感激しきり。加えて、山田の最大の理解者となる花子役のMEGUMIについても「あるシーンの前に、MEGUMIさんが“邦画史上最も不細工で汚いラブシーンにしようよ”と言ったんです。本作を深く理解してる! と思いました」と惚れ惚れとしつつ、「照夫役の丸山隆平さんは、本作について“欠陥”や“欠落”という言葉を使って語ってくれた。ものすごく作品を理解してくれました。3人が深く、共鳴してくれたことに本当に感謝しています」とすばらしい理解者を得たことに、胸を熱くする。
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「『爆弾』のスズキタゴサクは、延々と喋っている男でした。スズキタゴサクと差をつけたいという思いもあり、山田を喋らない男にするのはアリだなと。“これは言わなければいけない”と思うセリフは、長いこと人と話していないので、声帯が退化して、声が潰れているというイメージで話す。脚本では、そのセリフをおどろおどろしいフォントに変えて表現していました。無口になるとそれ自体が不穏になるので、映画で『名無し』を表現するうえでもうまくいったなと感じています」。
■遠回りしてきたからこそ、今の自分がいるのかもしれない
シリアスとコメディの間を縦横無尽に行き来するなど、佐藤の役者としての存在感は増す一方。しかし「暗黒の20代」というように、これまでの道のりは険しいものでもあった。
大学を卒業する頃には「役者になりたい」という想いがありながらも、「役者として飯を食っていけるわけがない」と感じてリクルートに就職し、「1日で辞めた」という佐藤。「その後には2つの養成所に行って、2つともダメで、また就職をして。でもやっぱり“役者をやりたい”と思い、劇団『ちからわざ』を旗揚げして。いろいろなところに迷惑をかけながら、あっちこっちに行き来して。もう無茶苦茶ですよ!」と声を上げつつ、「でもそうやって遠回りしてきたからこそ、今の自分がいるのかもしれないね」としみじみ。「“これが当たり前だ”という常識のようなものを、気にしないところがあるのかもしれない」と自己分析する。
それは表現者として、胸に刻んでおきたい性質だとも。「僕には“演じる欲求”とは別腹に、“書くという欲求”があるんですが、どちらにしても表現する人間としては、“安住してはいけない”という気がしていて。“常識に風穴を開ける”という言い回しは使い古されたものではありますが、やっぱり表現者としては、そういった心意気を持っていたい」と貪欲でありたいと決意をにじませる。
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『名無し』は、5月22日(金)より全国公開

