クルマのハンドルを握ると豹変し、罵声、クラクション、あおり運転......。「人格が変わる」という言葉の裏で、見過ごされてきた危険性と責任。それは本当に、その人の"性格"のせいなのだろうか。助手席の証言や犯罪心理学などの視点から、その深層に迫る。
* * *
【助手席で目撃したドライバーの"本性"】
それは本当に"人格"の問題なのか!?
5月5日、東京都文京区で発生した軽自動車の横転事故を巡り、同乗していた加害者の母親が報道番組の取材に対し、「息子はクルマに乗ると人格が変わる」などと発言。ネット上などで波紋が広がった。
確かに、「ハンドルを握ると人が変わる」という表現は昔からよく聞かれてきた。だが、自動車ジャーナリストの桃田健史(けんじ)氏は明確に否定する。
|
|
|
|
「人格そのものが変わることはありません。『ハンドルを握ると人が変わる』というのは、あくまでイメージとして誇張された表現でしょう。
私は長年、自動車メーカーや関連技術を取材してきましたが、『人格が変わることへの対策』という視点で、メーカー関係者から話を聞いた経験は一度もありません」
その上で桃田氏は、こう言い切る。
「ドライバー本人や周囲が、『運転すると人格が変わる』という言葉を安易に使うのは好ましくない。運転者にはルールを守る義務があり、それを逸脱した行為を『人格が変わるから』といった表現で正当化すべきではありません」
一方で、こう補足する。
|
|
|
|
「ただ、運転によって興奮状態が強まる人がいる可能性は否定できません。もし本人が自覚するほど、異常な高揚感や衝動性を感じているのであれば、専門の医師に相談する必要があると思います」
取材を進めると、ドライバー本人よりも、むしろ助手席に乗った経験のある女性たちから数多くの証言が寄せられた。その中で印象的だった、外資系企業に勤める40代女性の証言を紹介する。
「学歴も職歴も申し分なく、普段は本当に穏やかな男性でした。でも、高速道路に入った瞬間、まるで別人のように豹変。汚い言葉を吐き続けながらクラクションを鳴らし続け、前の車をあおる。渋滞で割り込まれただけで激高......正直、恐怖の時間でした」
別の男性についても、忘れられない記憶が残っているという。
「普段は静かなタイプだったのに、運転するとカーブを猛スピードで攻めるんです。こっちは内臓が揺さぶられてクルマ酔いするし、"むち打ち"みたいになるし......」
|
|
|
|
モーターサイクルジャーナリストの青木タカオ氏からは、こんな証言も。
「車道でバイクに幅寄せしたり、無理な追い抜きを仕掛けてくる四輪ドライバーは、昔から一定数いますね」
では、なぜ人はクルマのハンドルを握ると、こうした攻撃性を増幅させるのか。犯罪心理学者で、東京未来大学副学長の出口保行(やすゆき)教授に話を聞いた。出口教授は、法務省で心理職を務めた経歴を持つ。
「前提として、私はこれまで刑務所や拘置所で1万人以上の犯罪者の心理分析をし、交通事故を起こした者の心理分析も数多く行なっています。
その上で言えば、クルマを運転すると脳がフル回転し、その緊張状態によって興奮状態に陥ります。その結果、普段とは異なる心理状態になり、攻撃的になったり、物事の判断力が鈍るのです」
車内という閉鎖空間がもたらす影響も指摘する。
「車内は外の世界とボディによって隔てられており、『守られている』という気持ちが強くなります。その分、普段できないような大胆な行動をするようになる場合がある」
加えてクルマを自在に操れる感覚が、一種の"万能感"を生み出すという。
「普段はおとなしめで内向的に見える人が、クルマを運転すると豹変する場合があります。
社会では自分の思いどおりになることが少ないと感じている人間も、クルマを運転すると進むも止まるも右折も左折も、すべて思いどおりになる。すべて自分の思いどおりに操れるわけですから、万能感に支配されます。
これが自我肥大を起こさせ、気持ちが大きくなり、普段ではできないような大胆な行動に及びます。こうした運転を行なうタイプには"隠れ自己中"が多い」
では、運転中であっても、人格や性格が変わったように見える状態を抑えるための対策はあるのだろうか。
「常に自分の運転がおごったような運転になっていないかセルフチェックすること。クルマを運転してストレス発散をすること自体は何も問題ありませんが、交通法規はほかの犯罪に比べて軽く見られているところがあります」
その実態は、矯正施設での心理分析にも表れている。
「刑務所や拘置所で事故を起こした人間を心理分析していると、盗みとか詐欺は絶対にやらないし、できない。それは悪いことだから。でも交通違反は誰でもやっているし、多少のことは許されると思って徐々に行動がエスカレートしてしまった、という話をよく聞きます」
その心理を、出口教授はこうまとめる。
「これを"モラルスリップ"と言いますが、少しの逸脱が許されると感じると、徐々に逸脱が大きくなってしまいます。自分を戒められるかどうかにかかっています。窃盗も詐欺も殺人も交通違反も、法令を犯していることに変わりはありません」
クルマは、運転を誤れば"走る凶器"にもなりうる。ハンドルを握る以上、感情に支配されることなく、常に冷静な安全運転を意識したい。
取材・文/週プレ自動車班 イラスト/アフロ

