「嵐が社会を動かした」同志社女子大メディア創造学科教授が語る「エンタメ力」の強さ

0

2026年05月29日 05:00  日刊スポーツ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

日刊スポーツ

同志社女子大学メディア創造学科、影山貴彦教授

1999年(平11)の結成から約27年、日本中から愛されたアイドルグループ嵐が31日に東京ドームでラストライブを迎える。連載「感謝の嵐」第5回は、「嵐が社会を動かした」。同志社女子大メディア創造学科教授の影山貴彦氏(63)が嵐の「エンタメ力」は国民的アイドルの中でも別格だと語り、「エンターテイナーの中のエンターテイナー。日本のエンタメ界に大きな歴史を刻んだ5人」と強調し、こう締めた。「嵐の前に嵐なし、嵐の後に嵐なし」。推し活が社会現象となる時代、その中心に嵐がいた。【松浦隆司】


   ◇   ◇   ◇


「メディアエンターテインメント論」を専門にする影山氏は取材の途中、「プライベートな話ですが…」と前置きすると、「妻が嵐の二宮(和也)くんの大ファンなんです」と打ち明けた。幸運にもプラチナチケットをゲットした妻(50代)は、15日のラストツアー京セラドーム大阪公演に駆けつけた。帰宅後「本当に夢のようだった」と興奮気味に感想を語ったという。


放送マンから大学教員に転じて20年以上。学生たちとのやりとりから見えてきたこともある。嵐のファン層の幅広さ、「推し活」の熱さだ。「教え子からは結成当初から嵐のメンバー5人が好きという“箱推し”が多いことも教わった」。特定メンバーだけでなく、5人をひとつのブランドとして応援する傾向が強い。 嵐の「エンタメ力」の強さについて「個を大事にしながら同時にやっぱり5人は嵐という看板を大切にした」と指摘し、「70年代、80年代のアイドルとは少し違う」と分析した。


個性が立つのに、ばらけない。嵐の特異性は、結成から約27年、5人が1人も欠けずに走り切った点にもある。アイドルグループの歴史は脱退や解散と隣り合わせだ。影山氏は近年のエンタメを語る上で、「パフォーマー同士の仲の良さ」がファンの支持を左右する要素になっていると指摘。嵐は「仲の良さ」を強く体現しつつ、同時に「嵐」という看板を誰より大切にした。個人の活躍が重視される時代にあっても、5人は「グループとしての嵐」に立ち返り続けた。


背景にはファンの存在がある。嵐はさまざまな障害を乗り越えて看板を守り抜いたと分析した。「ファンを大切にしよう」という思いが長期活動の底力になった。


いまや「推し活」は個人の趣味を超えて社会も動かす。「推し活っていうものが、いかに社会全体に大きな影響力を与えるのか。今回、嵐を通じて私たちは見ている」。


ラストツアーだけで経済効果は1000億円規模との試算もある。東京ドームまで5大ドームを巡り全15公演で約69万人の観客動員が予想される。札幌公演では飛行機の増便や臨時列車、空港の売り場のにぎわい、聖地巡礼まで起きた。嵐が「来る」と街が動いた。


フィナーレに向けて、嵐が伝えたかったのは「やり切った」という実感だという。メンバーそれぞれが納得のいく形で終わり、ファンにも納得してもらえる形で走り切る。「伝説を作るのは簡単ではないが、嵐は伝説になろうとしている」。後続のグループにとっても「むしろ道は太くなった。いいお手本を嵐が作った」と述べ、嵐が残した“型”が次の世代の支えになる、と指摘した。


影山氏は嵐を「国民的アイドル」として別格と評し、「エンターテイナーの中のエンターテイナー。日本のエンタメ界に大きな歴史を刻んだ5人」と語る。さらに、こう締めくくった。


「嵐の前に嵐なし、嵐の後に嵐なし」


「個」を磨きながら「嵐」を守り抜いた5人が“箱推し”の熱量を社会現象にまで押し上げた。


◆影山貴彦(かげやま・たかひこ)同志社女子大メディア創造学科教授。1962年(昭37)12月28日、岡山市生まれ。早大政経学部卒。86年に毎日放送(MBS)に入社。プロデューサーとして「MBSヤングタウン」ほかテレビ、ラジオの番組を手がける。ABCラジオ番組審議会委員長、GAORA番組審議会副委員長、日本笑い学会理事。近著に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」(実業之日本社)など。

    ニュース設定