
【モンスター戦を控えた兄・潤人は「いつもどおり」】
東京ドームでの激闘からおよそ6週間がすぎた。プロ生活33戦目にして初黒星を喫した中谷潤人は、"モンスター"井上尚弥戦で左眼窩底を骨折。試合後に手術を受け、現在は治癒に向かっている。とはいえ、まだ体を動かすことはできない。
マネージャーとして日々のトレーニング、本番の試合、そして私生活でも兄を支える2歳下の弟、龍人に話を聞いた。世界タイトル3階級を制した中谷潤人には、ルディ・エルナンデス、岡辺大介というふたりのトレーナーがいるが、龍人もまた兄に寄り添う。日本での練習時にはミットを持ち、細かな助言や叱咤激励もする。彼が語った2026年5月2日とは......。
「井上選手が持つWBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級王座への挑戦は、兄はもちろんのこと、チーム全体が望んでいました。日本のボクシング界にとっても歴史的な一戦となったように思います。潤人はすごく高いモチベーションで、5月2日を見据えていました。
結果的には負けてしまいましたが、潤人のよさが出た試合だったと僕は感じています。沖縄での走り込みの合宿を経たうえでLAキャンプに入るスケジュールを立てたのですが、大一番なので、僕は『沖縄の日程を長めにしようか?』と提案しました。すると、『いつもどおり、普段と変わりなく仕上げたい』という返事でした。兄の言葉を聞いた時、今までやってきたことを信じているからこそ、自信を持って井上選手と対峙するんだな、と納得しましたね。
沖縄滞在は2月25日からの4日間で、連日20kmを走り込みましたが、気合が入った表情をしていました。ロスでも特に気負うことなく、毎日集中してトレーニングできましたね。本当に、これまでと変わらない感じでした」
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龍人も小学5年から潤人と共にボクシングジムに通い、U15の大会で全国2位となっている。だが、プロへの道は選ばなかった。毎日のように兄のスパーリング相手を務め、殴られることが嫌になってしまったのだ。中学時代はボクシングと並行して陸上部に所属し、走り幅跳び、砲丸投げの選手として活躍した。
【計量後、ホテルの部屋で潤人がこぼした言葉】
笑顔を絶やさない龍人の存在は、チーム中谷の空気を和ませる。潤人が歯を食いしばってハードなメニューをこなす際、そっと水を差し出し、汗を拭く阿吽の呼吸に加え、弟の所作に兄は安らぎを覚えるのだ。
そんな龍人は、モンスター戦の前日計量における兄の姿を鮮明に記憶している。
「正式な計量のあとに、ファン向けの計量もやりましたよね。その時に、雄叫びを上げた潤人を目にして驚きました。ホテルの部屋に戻ってからも、今までにない楽しみ方をしているのがわかりました。表情が生き生きしていましたよ。また、印象的だったのは、ホテルの部屋で、『あぁ、ありがたいな』と噛み締めるように発した一言です。僕に対してというよりも、独り言のようでした。
普段から周囲への感謝を忘れない、と語っていますが、今回もサポートしてくださる人々にお礼を述べていました。そのシーンは心に残っていますね」
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試合2日前にチェックインした東京ドームホテルでは、兄弟で同じ部屋に泊まった。横並びのベッドで眠りについた。
「試合の前々日も前日も、潤人は熟睡していました(笑)。こんなにも平常心でいられるのかと、びっくりでしたよ。僕はロスでは問題なかったんですが東京ドームホテルにチェックインしてからは、かなり緊張して、なかなか眠れませんでした。そわそわしちゃって、何度もトイレに立ちましたね。まどろみはしましたが、結局、あんまり寝ていないような状態で当日を迎えました。
試合の日、僕は午前6時くらいに身支度を始め、潤人は7時くらいに目を覚まして、何の変化も見せずにスマホをいじったりしていました。普通に笑顔でしたね」
兄を先頭に花道に現れた"チーム中谷"の姿が東京ドームのスクリーンに映し出された折、龍人の目の下には隈ができていた。
「ウォーミングアップする兄の動きは、とてもキレがありました。昨年末のサウジでのセバスチャン・エルナンデス戦時のような疲労感もなく、いい仕上がりだなと。前座試合の間、僕もずっと控え室にいたので、会場の雰囲気は花道で初めて感じたんです。あれだけの大きな箱が満員になっていて、圧倒されました。チケット完売とは聞いていましたが、現実を突きつけられる思いでした。リングに向かう途中で僕は『よし、やる時だ!』と吹っ切れたんです。
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【井上の右アッパーに「あぁ、これはやってしまったな」】
潤人はこれまでの試合と同じように、リングサイドに座る父、母とグローブタッチをし、タラップを駆け上がる。レフェリーの注意を受け、コーナーを出る際、龍人は背中越しに告げた。
「やるだけのことはやってきたから、あとは出すだけだよ! 自信を持っていこう!!」
龍人は言葉を選びながら、5月2日の東京ドーム対決を振り返った。
「頭を振って、前の手でフェイントをかけて、井上チャンピオンのパンチが届かないポジションを取る。膝を折って相手よりも低く構える。立ち上がりは、想定どおりで非常にいいなと。序盤は、お互いに当たっているパンチがなかったですよね。言ってみれば、僕らの作戦どおりでした。最初のインターバルで僕は、『井上選手のパンチどう?』って訊いたんですよ。そうしたら『大丈夫だけど、速い』と答えました。
ただ、ポイントがチャンピオンに流れてもおかしくない、とは感じていましたね。潤人は前に出られていなかったので......あの状態のままでは勝てなかった。5ラウンド開始前にルディが『出ろ!』と告げたんです。そこから潤人は追い上げました。ポイントも取れていましたし、あのままの状態で流れ、ノックアウトシーンが生まれればいいなと考えながらリングを見詰めていました。この調子だぞ、と思うと同時に、一瞬も気を抜けない相手だと実感しました。井上選手は一発がありますし。
何より、『井上選手は攻守にわたってタイミングがいい』と潤人は語っていました。躱(かわ)すことも、パンチを当てることも、コンビネーションもです。10ラウンドのバッティングで、少し相手を休ませてしまったかな......」
龍人は、第11ラウンドに井上が放った右アッパーが明暗を分けたと述べた。中谷の左眼を窩底骨折に追い込んだ一撃である。
「左のグローブで目を庇いながらサークリングしていましたから、『あぁ、これはやってしまったな』と。傷を負ってしまいましたし、向こうが一枚上手でしたね。ポイントを失っていたので、最終ラウンド前には『倒しにいかないと!自分でチャンスを作っていくんだよ!!』と声をかけました。第12ラウンドも悪くなかったように感じましたが、やはり骨折がキーになりましたね。
総合的に井上チャンピオンが上回っていたんじゃないですかね。特にスピードです。それと、対応力も。こちらがどんなに仕掛けても、『経験済みなのでアジェストできるよ。こういう場面も対応するように、やってきているんだよ』とでもいうような動きでした」
【試合後の潤人の様子】
ジャッジの採点は4ポイント差が2名、2ポイント差が1名の0−3で中谷は敗者となる。
「控え室でルディが、両親に『勝たせてあげられなくてごめんね』って謝ったんです。その時、ルディが責任を感じる状況を生んでしまったんだと、申し訳なく思いました。『そんなことはないんですよ』って心底感じました」
左眼が痛むにもかかわらず、気丈に記者会見場に足を運ぶ兄の姿を見ながら、龍人は感じた。
「闘いを終え、自分の思いを述べる責任を果たさなきゃ、という気持ちだったのでしょう。ただ単にすごいなぁと見ていました。そのあと、病院に直行したのですが、あまり言葉は発していませんでしたね」
手術は腫れが引いてから行なわれた。
「今、兄はゆっくり生活しています。ペットと遊ぶくらいで、運動もできないですし。目に汗などが入ると回復が遅れるようです。スポンサーさんへの挨拶回りは時々やっています。兄弟で井上戦について話したいなという思いもあるのですが、潤人のケガが治ってからかなと。
『1試合だけど数試合分の経験を積んだ』と言っていましたね。潤人は今後のプランをまだ口にしないので、判断を下してから家族全員サポートしようと、両親とは語り合っています。
あの試合は全体的によかったんですが、まさに潤人の生き様を見せた闘いでしたね。8ラウンドにお互いのパンチを躱して笑い合ったシーンは、僕にはわからない次元でした」
傷が癒えたら、中谷潤人はまた走り出す。そして、龍人も並走する。固い絆で結ばれた中谷家の歩みはひとつの「家族のあり方」をも伝えてくる。
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