都内で予備校講師として働く田中勝義さん。授業資料を欠かさず持ち歩き、生徒を難関校に合格させた実績も持つ「カードの返済を滞納すると“ブラックリスト”に載る」――。ネットの相談サイトなどで、まことしやかにささやかれる噂がある。しかし、金融機関にそんな秘密の名簿が、本当に存在しているのだろうか。信用情報機関や元消費者金融社員への取材から、その真相に迫った。
◆麻雀やネトゲ課金で借金が膨らみ、カードを作れなくなった予備校講師
田中勝義さん(仮名・38歳)は、都内で予備校講師として働く男性だ。職場では「面倒見の良い先生」として慕われている彼には、同僚や教え子には決して明かせない、ある「秘密」がある。「クレジットカードを作れない」ということだ。
「“ブラックリスト”に名前が載っているんです」と、田中さんは言う。
「銀行やカード会社では、取引が遅れた顧客の情報を独自にリスト化して管理しています。一度掲載されると、少なくとも7年間は掲載され続けてしまう」というのが、本人の認識だ。
田中さんの返済が遅れ始めたのは、5年ほど前。趣味の麻雀やネットゲームへの課金のため、小口で借入を始めたのがきっかけだった。「20万単位で借りていくうち、どんどん額が膨らんでいってしまった」と本人は抗弁する。
現在の借入額はプロミスが約100万円、PayPay銀行のカードローンが約50万で、計150万円ほど。長期にわたり滞納を続けているため、回収作業は専門の債権回収会社(サービサー)や法律事務所の弁護士に引き継がれている。自宅には毎日のように電話や手紙が届いているものの、一切を無視する状態が続いている。
田中さんの口から何度も飛び出す「ブラックリスト」は、支払いが遅れた「金融事故」のリストを指す俗称だ。インターネットの相談サイトには「どのくらいの期間を滞納したらブラックリストに登録されるのでしょうか?」といった書き込みも見られる。では実際のところ、こうしたリストは実際に存在するのだろうか。
◆クレジット情報に掲載されるのは取引事実のみ。人種や犯罪歴は掲載されない
「いわゆる『ブラックリスト』という名称の公式な名簿はありません。もっとも、クレジットカードやローン、携帯電話端末の分割払いなどについて長期延滞が発生した場合、信用情報機関には『異動』という名称で情報が記載されます。この状態が、一般に『ブラックリストに載る』と表現されているものです」
債務整理や消費者被害に関連する案件を多く手がける榊枝真一弁護士は、このように説明する。ひとたび「異動」扱いになると、その後はどのような不利益を被ることになるのだろうか。
「審査基準は会社により異なりますが、住宅ローンや自動車ローンなどの審査で不利になってしまう可能性はあります。最近は社内経費の取得にクレジットカードの取得を求められる場面もあり、信用情報の影響が日常生活や仕事上の不便にもつながりかねません」
「異動」情報の扱いについて確かめるべく、金融機関やクレジットカード会社など約800社の加盟社を持ち、信用情報の収集・管理・分析を行う指定信用情報機関のCIC(シー・アイ・シー)を訪れた。はじめに、同社の側では「ブラックリスト」の存在をどう捉えているのかを聞いてみた。
「俗称のため定義が定まっていない部分はありますが、私共が観察する範囲では『人種』『犯罪歴』など、特定の属性を持った人々やコミュニティを排除する“裏リスト”といったイメージを持たれているように感じます。それは、我々が業務上扱う『信用情報』とはまったくの別物と言わざるを得ません」
同社経営企画部の担当者はこう話す。それでは、同社が扱う「信用情報」とはどのようなものを指すのか。
「弊社では、加盟社のカードを持つ顧客について氏名・生年月日などの属性、契約内容や支払回数、入金額や残債額などのデータがカード契約単位ごとに発行され、相互に閲覧できるようになっています。『信用情報』とは、こうした客観的な取引の事実を指します。そのうち『お支払い状況』には、『返済状況』という欄があります。61日以上または3ヶ月以上、支払いが遅れているものについては『異動』というコメントとともに、『異動発生日』が記録されます。ただし、登録されるのは『いつから支払いが遅れているか』という取引事実のみで、人種や犯罪歴といったデータは当社の側では保有もしていません」
顧客の信用情報を管理することの狙いは、どこにあるのだろうか。
「支払いの遅れの有無がわからないと、クレジット会社側では顧客にカードを発行すべきかが判断しづらい。過去の取引情報を共有することで、消費者の支払能力に応じた適正なクレジット契約が実現できるとともに、契約時の手続きが迅速化される側面は大きいです」
◆口頭でチェックを行い、反応や態度を見てカネを貸すことも
信用情報に「異動」情報が登録されたとしても、審査の判断基準は事業者によって異なる。元大手消費者金融の支店長で、現在は金融アドバイザーとして活動する大塚雅彦さんは、審査の実態をこう語る。
「貸金業法第13条では、業者が個人の顧客とローン契約を結ぶ際、CICやJICCなど指定信用情報機関の信用情報を使い、顧客の『返済能力』を調査することが義務付けられています。そのため自分が勤めていた消費者金融ではローンの申し込みがあった段階で、『与信・信用照会』といって生年月日と名前で取引情報の確認を行っていました。1日でも支払いの延滞があれば、取引を断る可能性はきわめて高い。
とはいえ消費者金融は民間企業ですし、社員としては契約を取って成績を伸ばせるならそれに越したことはありません。店頭に借りに来られた場合は過去に支払い遅れがなかったかを口頭で確認し、嘘をつかないかチェックした上で貸付を行うこともありました」
自分の取引情報に「異動」情報が記載されているかどうかは、「信用情報開示」という仕組みを使ってあらかじめ調べられる。CICの場合、申し込みはインターネット・郵送のどちらも可能。インターネットの場合、スマートフォンにマイナンバーカードによる本人確認用アプリをダウンロードし、オンラインでの本人確認を経て、その場で「開示報告書」をダウンロードできる。
「支払いの遅れが続くと、将来、住宅ローンを組む段階になって影響が出てしまうこともある。『信用情報の自己管理』という意識づけを、日頃からぜひ持っていただきたい」とCICの担当者は語る。
「ブラックリスト」に掲載されていると噂される情報は、自分で見ることができる。まずは、自分の「信用情報」について正しく知るところから始めたい。
榊枝真一(さかきえだ・しんいち)
弁護士法人あおぞらみらい法律事務所代表弁護士(東京弁護士会所属)。弁護士歴約20年、司法書士資格も持つ。先払い買取トラブルへの対応を中心に、医療・エステローンの中途解約や任意整理、消費者の金銭トラブルを幅広く扱い、信用情報の回復にも力を入れる
大塚雅彦(おおつか・まさひこ)
金融アドバイザー。大手消費者金融で営業店及び研修店支店長として、貸付・回収・人材育成に従事した。弁護士交渉や出廷での経験を生かし、退職後はサービサーを経て3つの法律事務所に勤務。業者側での経験を活かして過払い返還請求などに関わった。現在は省庁等の顧客管理セミナーで講師も務めている
<取材・文・撮影/松岡瑛理(本誌)>
【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san