
【写真】ドキュメンタリー映画『魂のきせき』出演者・森永都子のコメント(詩)
本作は、性暴力をはじめ、さまざまな痛みを抱えて生きるサバイバーたちにカメラを向け、9年という時間をかけて制作されたドキュメンタリー。
映画監督の小林茂は、性暴力のサバイバーであることを公にしながら活動を続ける一人の写真家との出会いをきっかけに、本作の製作を決意する。大切な友人が、幼少期に受けた性虐待によるPTSDで長年苦しむ姿を見ていたからだ。
やがてカメラは、それぞれ異なる痛みを抱えながら生きるサバイバーたちへと向けられていく。悔恨、怒り、うつ、不眠、解離、自傷、希死念慮。言葉にならない痛みとともに生きるということを、どう映すのか。
長期化する撮影のなかで、小林は映画製作の意義を問い、自分自身の過去と向き合う。幼い頃の記憶をたぐり寄せると、そこに戦争の昏い影を背負って満洲から引き揚げてきた家族との日々が浮かぶ。異なる時代、異なる出来事に刻まれた傷は、ときに遠く、ときに近く、響きあうことがあるのだろうか――。
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映画史に残る傑作『阿賀に生きる』の撮影監督としても知られる小林監督が、本作の撮影を託したのは、当時まだ『鉱 ARAGANE』を発表したばかりの小田香。録音に川上拓也、編集に秦岳志と、現在の日本のドキュメンタリー映画界を支えるスタッフが集結した。
出演者とスタッフによる9年にわたる協働を経て完成した本作は、2025年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、東京国際映画祭で上映され、多くの観客に驚きと深い感動を与え、大きな反響を呼んだ。
このたび解禁された、いくつものイメージが折り重なる印象的なポスタービジュアルは、『どうすればよかったか?』『急に具合が悪くなる』などの宣伝美術を手がけるグラフィックデザイナー・成瀬慧が担当している。
映画『魂のきせき』は、10月24日より全国順次公開。
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<コメント全文>
■小林茂(監督)
みずからの性被害を明らかにしてドキュメンタリー映画に登場するということを、どのように考えたら良いのだろうか。3名のサバイバーと伴走してきた10年。彼らの「勇気」と「希望」にカメラを向ける日々は、彼らの苦しみが流れ込みながらも、い
ま思えば楽しい時間であった。この鬱蒼とした暗闇の中でも、深海に生きる魚族のように、自らがもえて光を放つ彼らは美しかった。その微かな光こそ映画の中で輝くだろう。
■小田香(撮影)
撮影していると、その姿をうつしながら、お話を聞きながら、心を開いたり閉じたりする。ずっと開いたままだと溢れてしまうし、閉じたままだと声を聞くことができないから。『魂のきせき』を撮影しているときも開閉しながら撮影していたが、閉じていても大きな感情がじぶんを貫いてくることがたびたびあった。目の前の人が、今ここに生きていること。それにうたれた。涙が出た。共感や理解ではないと思う。みなさんがご自身の毎日を生きていること。その毎日は今日も続いてる。
■にのみやさをり(出演者)
映画のスタッフの誰が欠けても、たぶん、この映画はできあがらなかったと思います。ひとりひとりが今ここにいることや被害/加害について向き合い続け、考え続けた、今も考え続けている、その道程にこの映画は在る、そんな気がします。できるなら、簡単に答えを出して考え続けることを止めてしまうのではなく、この映画の先でもずっと、ずっとずっと、考え続けてほしい。誰もが被害/加害の当事者になり得る、あなたも、あなたも、君も、私も。だからこそ。
■高橋和枝(出演者)
人生には、立ち止まり、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる時があります。そんな私が、一人で歩いていた道で映画と出会い、『魂のきせき』という旅が始まりました。9年間、手探りで「奇跡」を信じ、一歩ずつ「軌跡」を積み重ね、その歩みの中で数えきれない「きせき」に出会ってきました。振り返れば、そのすべてが誰かと共に歩んできた物語でした。これからも、この物語の続きを、映画を通じて皆さんと共に紡いでいけたら幸いです。
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