
10年にわたって二転三転を続けてきた、北陸新幹線の敦賀(福井県)―新大阪間の延伸を巡る議論が、大きな局面を迎えている。2016年に与党プロジェクトチーム(以下、与党PT)によって「小浜―京都」ルートで決定したものの、工事に伴う環境への影響や財政面の問題から、着工に至らずにいた。
膠着状態が続いていたが、去年10月に発足した自民党と日本維新の会による新たな連立政権のもと、議論が加速。7月15日には、京都駅の地下を南北に横切る「南北案」ではなく、JR桂川駅の近くを通る「桂川案」に決定したと発表されたのだ。
発表を受けて会見に臨んだ京都市の松井孝治市長(66)は、さぞ喜んでいるところかと思いきや、次のように慎重姿勢を崩さなかった。
「具体的にどういう負担になるのかを精査し、しっかりと見極めていかなければならない――」
松井市長は以前にも「京都市は一度も北陸新幹線の誘致活動をしてはいません」と語っており、新たな新幹線の乗り入れを、諸手をあげて歓迎しているわけではなさそうだ。
|
|
|
|
国が定めた整備新幹線の着工条件の1つには「沿線自治体の同意」がある。京都市の担当者(総合企画局総合政策室政策総務担当)は今後のプロセスについて次のように解説する。
「与党PTが今回決定したルートや着工方針に沿って、国や鉄道運輸機構が着工に向けて具体的に動いていくことになります。また、我々京都市に対しても、与党PTから『この桂川ルート案でもって、地元の理解を深めていきたいです』という意向は伺っていますが、工事による影響は具体的にどんなことが想定されるのか、などの説明が国や鉄道運輸機構さんからまだないので、どう判断し、どう動くべきかがまだはっきりとはいえない状況なのです」
京都市は合意の前提条件として「5つの懸念・課題」を掲げているという。挙げられている課題は以下のとおり。
(1)トンネル工事などが京都市の貴重な地下水や環境資源に与える影響の有無、(2)工事に伴う大量の発掘残土の適正な処分、(3)工事による交通渋滞、(4)巨額な総工費に伴う京都市への財政負担の軽減、(5)歴史的な建造物や街並み、文化的資産への影響の有無、の5項目だ。いずれも、クリアするのはなかなか高いハードルという印象だ。
このうち、(4)の財政負担に関して、京都市の担当者はこう話す。
|
|
|
|
「今回の桂川案の総工費は約5.5兆円とされています。新幹線の工事費の負担については、まずJRが支払う『貸付料』を充てたうえで、残りの足りない部分を国が3分の2、地方自治体が3分の1を支払うというルールがあります。莫大な費用になることが想定されますが、これも国による試算などはまだ示されていません」
■いまだ残された地下水の水質・水位の問題
着工にあたってクリアすることが求められるもう一つのハードルが、「京都仏教会」をはじめとする地元の同意だ。これまで、京都駅直下を掘削する「南北案」に対して強く反対してきた一般財団法人京都仏教会の長澤香静事務局長に話を聞いた。
「私ども京都仏教会としては、なにも北陸新幹線に対してすべて反対しているわけではありません。ただ、これまで小浜-京都ルートの『南北案』、つまり京都駅の真下を南北に通るルートには強く反対してまいりました。
それは、京都の地下に存在する地下水への影響が理由です。京都市の豊かな地下水には、酒造、和菓子屋店、豆腐店、さらにはお茶・お花の家元さんなど、多くの人々が広く恩恵を受けてきたのです。『南北案』に伴う工事の影響によって水位や水質が変わったり、また水が出なくなったりなどしたら取り返しのつかないことになる。そのため、この案については『千年の愚行』と言ったのです。
|
|
|
|
実際には5年も6年も前からこの問題は浮上していたにもかかわらず、実際には市民の知らぬところで議論が進んでいたのです。そのため、2年半ほど前から、我々がこの新幹線延伸がはらむ問題について提言してまいりました」
今回の桂川案への決定について、長澤事務局長はこう語る。
「『桂川案』については、新幹線のルートが市の中心部から外れたことで、工事による交通渋滞は緩和されるかもしれませんが、地下水の水質や水位の問題、また残土の処理の問題は以前として横たわっているというのが我々の認識です」
京都仏教会は桂川案決定前の7月6日、京都市議会に対して「国の調査結果を鵜呑みにせず市独自の検証・調査を行うこと」「財政負担を精査すること」「納得できるまで工事着工を認めないこと」を求める請願書を提出している。そして7月21日、市議会本会議においてこの請願書は全会一致で採択されたのだ。
請願の全会一致採択を受け、長澤事務局長はこう期待を寄せる。
「我々としては、議論が新たな段階に入ったと受け止めています。新幹線は国家事業ですから、決定して予算がついたら、国は着工を押し通してきます。しかし地元住民として、国が提出してきた調査結果などに対して、京都市も仏教会もあらゆる検証・独自調査を行い、疑問がある点はきちんと申し上げていく意向です。新幹線の延伸が『千年の愚行』とならないよう、国と向き合ってやっていきたいと考えています」
■地元住民も「北陸に行く機会ない。人が増えて騒がしくなるとイヤ」
いっぽうで、“当事者”となるJR桂川駅周辺の住民の声を聞いてみると――。
近隣に住む50代の女性はこう語る。
「特にうれしくもないねえ。北陸なんか行く機会ないから。人が増えて騒がしくなると、イヤやなという方が強い」
また、60代の女性は、
「金沢に親戚がいるので新幹線の駅ができたら便利になると思ってたけど、完成するのは30年後でしょう。ということは、できるころには私も親戚も生きていない(笑)。工事の車が増えることや、地下を掘る振動とか、そっちの心配のほうが大きい」
40代の男性も、
「このへんに新幹線が通るとは聞いたけど、あまり話題になってへんねえ。具体的なことがなんにも発表されてへんから、実感がわかない」
このように、市民の間には冷めた空気や無関心さも漂う。
京都市と京都仏教会がタッグを組み、独自検証の姿勢を強める中、国や鉄道運輸機構は地元の懸念を拭い去り、合意形成に至ることができるのか――。
工期は26年とみられているが、着工までの道のりはまだまだ険しそうだ。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。