
正午の時報。「全国戦没者之霊」と記された標柱の前に立たれた天皇皇后両陛下、そして戦没者遺族を含めて4千人以上の参列者が1分間の黙とうを捧げている。8月15日、終戦から81年がたったこの日、全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれていた。
天皇陛下はおことばで、
「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います」
と述べ、平和を希求する誓いを新たにされている。そして愛子さまも、御所でお一人、黙とうを捧げられていた。
沖縄慰霊の日、広島原爆の日、長崎原爆の日、そして終戦の日は、上皇さまが“忘れてはならない4つの日”と挙げられた日だ。そして、阪神・淡路大震災が起きた1月17日、東日本大震災が起きた3月11日を加えた“6つの日”には、天皇皇后両陛下と愛子さま、上皇ご夫妻はどこにいらっしゃっても黙とうを捧げられてきた。
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この事実は、宮内庁も逐一発表し、ホームページにも掲載されている。この意味を、皇室研究家で神道学者の高森明勅さんはこう解説する。
「直系の愛子さまは別格として、秋篠宮家など傍系の皇族方は黙とうなさっていても公表を控えている可能性があります。今年6月の記者会見で、陛下は『いい手本になっているといいんですけれども』と、天皇であるご自身を手本に皇族としてのあり方を教えられていると述べられています。このことは、愛子さまを後継者にふさわしく育ててこられたということだと私は受け止めています」
メディア各社の世論調査でも明らかなように、もはや「女性天皇・女系天皇」を容認する国民が大多数となっている。そして「愛子天皇」を待望する声も高まるばかりだ。それにもかかわらず、先月公布された改正皇室典範は、保守派が掲げる男系男子による皇位継承の堅持という、“男尊女卑”的な側面が色濃いものとなった。
結婚後も皇室に残った女性皇族は、皇統譜に登録されたまま住民基本台帳にも記載され、配偶者と子どもを一般国民とする形には、女性皇族を“二級皇族扱い”しているという批判が上がった。さらに、旧宮家の男系男子の養子縁組を認め、その子どもが男子ならば皇位継承資格を認めるとされ、天皇家から遠い旧宮家に皇統が移る可能性も生じさせたのだ。
■陛下と秋篠宮さまが抱かれていた違和感
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そんななか、8月18日から9日間の日程で、南米のパラグアイを公式訪問される秋篠宮さまと紀子さまは13日、記者会見に臨んだ。皇室担当記者はこう振り返る。
「天皇陛下は6月に、皇室典範改正の議論について、『国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります』と述べられています。秋篠宮ご夫妻の記者会見でも、同様の質問が確実視されていました。会見前日の12日に秋篠宮ご夫妻は両陛下に挨拶されているほか、以前より陛下と秋篠宮さまは、“どう語るべきか”と話し合われていたようです」
そして秋篠宮さまは記者会見で、制度に関わることであるとして具体的な言及は控えるとしながらも、改正皇室典範については、
「私自身もいろいろと考えるところはありましたし、先般、天皇陛下が話されたことももっともだと、そのとおりだと私は思っています」
と述べられたのだ。近現代の皇室に詳しい歴史学者で静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは次のように話す。
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「天皇陛下のおことばにかなり強く賛意を示されていることがうかがえます。今回の改正は、陛下や秋篠宮さまはもとより、皇室の方々のご意向をどのようにくんできたのか、国民の多くも疑問を抱いたものとなっています。
秋篠宮さまは会見で、皇室の重要な役割は、『人々の暮らしや社会の状況に目を向けて、人々の幸せを願い、またその気持ちに寄り添っていく』とも述べられました。まさに天皇陛下が再三おっしゃっているように、戦後の象徴天皇の姿、国民に寄り添い、ともに歩む皇室の理想を言い換えられたお言葉といえます。
またお務めに臨むことについても、『女性、男性の区別というのはない』ともおっしゃっています。天皇家の直系の内親王や孫に当たる女性皇族方より、遠く離れた旧宮家の養子の方が優遇される方向性が示された改正皇室典範に、陛下と秋篠宮さまは同じような違和感を抱かれたのだと思いました」
さらに、今後改善の余地があるのかどうかについて尋ねられた秋篠宮さまは、
「世の中って進歩していくことが大事ですから、常にどうあったらいいのかということをですね、いろんな人が考えていくことが大事」
という認識を示されたのだ。前出の小田部さんはこう続ける。
「秋篠宮さまは、“男尊女卑”から“男女平等”となっていくことが、これからの皇室において進歩であるということを、お言葉に込められていたのかもしれません。
また改正皇室典範は、現状では将来即位される悠仁さまが男子のお世継ぎをもうけられなければならないという重圧も増しました。そうしたご負担も考慮されたようにもお見受けしました。
そして“象徴天皇制や皇室のあり方は、国民の理解や信頼、敬愛に基づく”というなさりようは、上皇さまや天皇陛下が折々にお示しになってきました。それを踏まえて秋篠宮さまは、“国民が理解できるあり方が女性天皇・女系天皇であるのならば、そのことを認めなければならない”ともおっしゃったのだと思います」
■“精神の継承”には「愛子天皇」しかない
国民が望むのであれば、「愛子天皇」でも構わない――。皇室の中では、すでにそれが合意されていると、読売新聞が7月18日付朝刊で報じているのだ。
「悠仁さまがお生まれになる前の2005年、当時の小泉政権下の有識者会議が『女性・女系天皇』容認の方策を示したときのことです。読売新聞はある宮内庁の元幹部が明かした内容として、天皇陛下は有識者会議の結論に理解を示しつつ、『慎重に進めてほしい』と望まれていたと報じたのです。
当時の状況では、直系長子優先での皇位継承が認められた場合、愛子さまが将来即位することになるので、この元幹部は陛下が“その未来を見据えられていた”と感じ取ったとも記しています。また元幹部は、秋篠宮さまも『その方向でよい』と賛同されていたとも証言しています」(前出・皇室担当記者)
悠仁さまご誕生後、皇位継承のあり方を巡る国会の議論は停滞する。しかし上皇さまをはじめ皇室では、ご結婚後の悠仁さまに必ず男の子がお生まれになる保証はないことなどから、常に安定的なあり方について話し合われてきたという。前出の高森さんは語る。
「読売の報道は、上皇陛下の側近だった元宮内庁長官の羽毛田信吾氏らが『女性・女系天皇』容認の発言をしていることと整合性があります。さらに言えば、皇室が男系の世襲継承よりも、長い歴史の中でもあるべき形とされてきた、“精神の継承”を重要視されてきたということにほかなりません。
秋篠宮殿下は御代替わりの際、『皇太子』に類する称号や待遇を固辞されています。傍系の表示である『秋篠宮』という宮号を維持され、悠仁さまの即位を想定した記者の質問も避けられています。これもまた、『愛子天皇』へ向けて、“その方向でよい”とおっしゃったという話を裏付けています。
こういったご意向は、平成の御代に上皇陛下と天皇陛下、そして秋篠宮殿下の“三者会談”によって形作られ、共有されてきたことだと考えるのが自然でしょう。今回の記者会見で、秋篠宮殿下がお答えになったことは、『女性・女系天皇』による皇位継承が、皇室の総意であることを示しているように思いました」
天皇陛下に続く、秋篠宮さまによる異例のご発言――。皇室と国民との絆、そして象徴天皇のあり方を守るため、皇室は一丸となり、「愛子天皇」にその未来を託そうとしている。
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