
【写真】まさに奇跡の50代! 松岡充の撮りおろしショット
■ネブラという男「これは松岡充だな」
――出演にあたって、本作の第一印象をお聞かせください。
松岡:脚本のストーリー、そこに描かれている世界観が僕の核となるものに本当にビシビシ来て、衝撃でした。アーティストとして、30数年楽曲を創り、多くの作品を創ってきましたが、そんなたくさんある作品の中から核心を突いた部分を抜き出して脚本が書かれているような、そんな風に感じました。表現として、とても近いものを言っているな、という感覚でした。僕自身が、<もう1人の自分に><過去の自分に><未来の自分に>――そして<目の前にいてくださるオーディエンスに>ここまでドンピシャで伝えたいと思えるくらい当てはまってしまう作品に、僕は出会ったことがなかった。もはやその衝撃は、叫びに近いくらいの感情でしたね。
――演じられるネブラという男について、どのように捉えていますか?
松岡:先ほどの話につながりますが、役の名前としてネブラになっていますが、これは松岡充だな、と。すごく大雑把な言い方にはなりますが、僕が演じるネブラは“自分とは何者か”ということを、人生の晩年において思い、どうしても自分の人生に納得したいと考えたんだと思います。どういう道を行き、人にどう見られながら生きてきたかを、自分自身もちゃんと認識したい。それは、松岡充としてもそうですし、きっと見てくださった方にも当てはまることだと思います。
自分自身のことを、僕はこんな人間です、と分類して明言することは簡単ですが、それを自分自身で本当に納得できているかどうかは、不安定なことじゃないかなと。そこに自信を持つには、自分が大切にしている人たちが自分のことをどう思ってくれているか、そこが自分の認識に変わっていくこと。内省だけじゃなく、自分じゃない誰かがいないと見えてこないものだと思います。ネブラには、それを言ってもらえる人が身近にいなかったんでしょうね。
それで、たまたま出会った潤花さんが演じるスアという女性にお願いをして、見切り発車で「自分が何者か?」という問いかけをやっていくのですが、彼女が鏡のように映してくれる存在になっていったのだと思いますね。
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松岡:あるがままを大切に、余計な加工をせず、素直に出すことが一番ですね。歌でもそうなんですが、手を加えれば加えるほど、歌っている本人は気持ちよくなることがありますが、聴いている側からすると耳障りになってしまうようなことって、多々あると思うんです。
この作品は、韓国で生まれた作品だからこそ、日本で上演するにあたって、もともとあるものから減らさないこと、変な加工をしないでピュアでナチュラルな状態を保つことが求められると思います。方法論やアプローチは人それぞれ違っていても、原作の軸や本質を決してブレさせないように意識して臨んでいます。
――劇中の楽曲についてはどのようにご覧になっていますか?
松岡:僕はミュージシャンなので、どうしても分析してしまいがちなんですが、音楽的には今の日本人が好むような定番のコード進行や、アンサンブルの構築方法ではないので、非常に珍しく感じられます。ただ、あまり触れたことのないようなサウンド感だからこそ、自然と涙が出てしまうような、新たな感動を生む力があるように思いますね。
このサウンド感を、言葉でヒントを挙げるとするならば、昭和の戦後復興期に国民が必死になって頑張っていた時代の音楽、みんなを奮い立たせるような熱量の音楽ですね。世代によっては懐かしさを感じるというか。コンピューターの音があふれ、人の体温を感じにくくなっている令和の今とは対照的に、人の心が震えるような魂の響きや温もりが宿っていると感じています。
■韓国発ならではの“マルチ”キャストに「ここまで贅沢な構成は初めて」
――キャストにも魅力的な実力派がそろっている印象です。
松岡:このキャストじゃないと無理だな、と正直に思いました。キャストの皆さんも、簡単には手に入らない、努力と実力に裏打ちされたスキルと表現力を持っていますが、そんな精鋭が「マルチ」という立ち位置を担ってくださっています。とても心強いです。
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誰が何曲を歌う、などではなく、マルチという特殊かつ本当に考え抜かれた構成こそが、この作品の挑戦であり、大きな魅力です。きっと、このカンパニーにこれだけのキャストが集まることができたのは、それだけ作品の力と、新しい可能性に、意味を感じ取ったからではないでしょうか。
――今回は、上演台本・訳詞・演出をシライケイタさんが手掛けます。シライさんとのクリエイションに、どんな予感がありますか。
松岡:シライさんとは今回初めてですが、すごく大好きになりました。演出家というのは、非常に特殊な職業だと思います。主人公やヒロイン、特定の誰かの気持ちになりすぎることなく、その世界を“神の目線”で見ておかないと、全体が崩れてしまう。全キャストの感情が自分の中にあるような状態を作らなければならないんです。
だからこそ、強い信念をただ伝えるだけでなく、円滑に進めるためのコミュニケーション能力や相手への気遣い、そして何より、役者の能力や特性を見極める手腕が求められます。追い込んだほうが活きる人もいますが、ダメになる人もいる中で、そのあたりの見極めが本当にすばらしいと感じています。僕自身も、30数年SOPHIAというバンドを演出してきたと思っているので、その難しさは分かるつもりです。ただ、バンドのメンバーは幼なじみみたいな間柄だし、長年僕らのファンでいてくれている人が応援してくれている。その都度カンパニーが作られて、いろいろな方が集まる演劇の演出とは違うものではあるので一概に同じとは言えませんが。シライさんはご自身も役者であり、脚本も書かれる方だからこそ、いろいろな角度から演出をとらえることができる。稽古を経て、総合力の高さを感じていますね。
■「松岡充をやめてしまおう」かと思った過去――求め続ける“答え”
――作品のテーマにもつながるかと思うのですが、松岡さんご自身が、自分らしさを感じる瞬間、素の自分を実感できるタイミングはどのような時でしょうか。
松岡:僕個人として考えたときに、「1人になりたい」という時はあります。僕の中にいるもう1人の自分、いわゆる“自分らしい自分”とちゃんと対峙(たいじ)できるのは、1人になった時。活動の中でいろんな人と接し、その期待に応えるようさまざまなことを考えて頭の中がパンクしそうになった時、一回すべてを更地に戻さないとうまくスイッチを入れなおすことができません。スマホのデータなどもすべて消して、ゼロにしたくなるような瞬間があります。すべてフラットにすることで、自分らしく生きられると感じるというか。
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――その“気付き”はいつ頃に得られたものですか?
松岡:原点としていえるのは、30歳になる手前くらいでしょうか。当時はメディアに出て、求められるものに応え続け、数字や評判といった結果が出るたびに喜びの反面、「これは本当の自分ではない」感覚があって、心がボロボロになっていきました。一度すべてをぶっ壊して辞めてしまおう、とさえ追い詰められた時もありました。じゃあどこまで手放すのか、という話ですよね。バンドをやめるのか、今の活動をやめるのか――または、松岡充をやめてしまうのか。そんな中で、とあるきっかけがあって思いなおすことができて、創り上げたのが1998年にSOPHIAがリリースした『ALIVE』というアルバムです。
『ALIVE』は自分の生き方そのものを変えてくれた作品ですが、なぜ変わることができたのか、その明確な答えは当時からずっと分からないままでした。今、ちょうど『SOPHIA TOUR 2026 “We Believe ALIVE”/“そして僕らは老けて行く”』というツアーで、この『ALIVE』を振り返るような形をやっていますが、28年経った今、ツアーで僕はその答えをオーディエンスに求めてるのかな、きっと見つかるんじゃないかと思っています。これって、ネブラがスアに自分の存在理由を求めた姿とまったく一緒だと思うんですよね。
――松岡さん自身も“あの頃の自分”を振り返っているようなタイミングで、ネブラという役に出会われたことも、どこか運命的に感じてしまいますね。
松岡:本当に、劇中で描かれる物語と、僕自身のアーティストとしての軌跡や苦悩が完璧にシンクロしているように思います。劇的な運命を感じた作品といえば、過去を振り返っても『LAZARUS‐ラザルス‐』などごく一部ですが、このミュージカルも間違いなくその作品です。これまでの自分の歩みと作品のテーマが同じ軸で重なり合っているこのタイミングで出演できることは、本当に運命的で最高のことだと感じています。
(取材・文:宮崎新之)
ミュージカル『SHOWMAN〜4番目の影武者』は、2026年9月1日から13日まで、東京・新国立劇場 小劇場にて上演。

