
TBS金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』を思い浮かべたとき、優しく温かみがありながら、どこか胸が切なくなるメインテーマを思い出す人も多いのではないだろうか。
“劇伴音楽”は、ドラマのシーンひとつひとつを印象づける大切な役割を担っている。作品によって、クラシックやジャズ、エレクトロニックなどさまざまなジャンルの音楽が使用されるが、『Tシャツが乾くまで』では、とくにピアノやアンサンブルの音色が心に響いてくる。
そんな本作の音楽を担当するのは、haruka nakamuraさんだ。TBSドラマの劇伴音楽を手がけるのは今回が初となる。
「喪失」「愛」といった物語の根底にあるキーワードの他、「人と人との関係」「家族」「夫婦」「世間のモラル」などを視聴者に問いかける本作で、どのように音楽を制作していったのか。驚くべき制作スタイルと、本作の演出を務める土井裕泰監督とのエピソードに迫る。
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劇伴音楽作りにおいて、haruka nakamuraさんは、「音楽の自我を押し付けるのではなく並走するようなイメージ」で作ることを心がけているという。
とある事故がきっかけで、当たり前に続いていくと思っていた幸せな日常が、突如崩れ去ってしまった二組の夫婦の喪失から始まる“愛”と“秘密”を描く本作。
楽曲制作にあたり、本作の演出を務める土井裕泰監督から「テーマとしては、隣にいる夫婦であれ、本当のところは分からない部分もあるし、理解し合えていないところもありながらも生きている」と話されたという。
劇伴音楽制作には、完成した映像に合わせて、音楽を制作していく“フィルムスコアリング”という手法と、イメージを共有した上で先行して曲を作り、シーンに編集の段階で当てていく手法がある。ドラマでは後者が主流で、本作もそうだった。
監督からの説明、脚本から、イメージを膨らませていくharuka nakamuraさん。さまざまな思いを抱えながらも前に進んでいく、「慈しみのようなものがある物語」と本作を捉え、登場人物たちの人間模様とともに、寄り添うような音作りを意識したという。
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また、haruka nakamuraさんの楽曲には、環境音に溶け込むようなアンビエント音楽(環境音楽)とジャンル分けされるものがある。今回土井監督からリクエストされたのは、“アンビエントな雰囲気でまとまりすぎず、フレーズが印象に残るもの”と“フレーズとドラマのイメージが直結するようなメインテーマ”だったそうだ。
背中を押してくれた一通の手紙土井監督からのリクエストを受け、登場人物たちの心情を表すような一歩踏み込んだメロディーをイメージしながら曲作りを進めていったharuka nakamuraさん。できあがった音源を最初に渡したとき、土井監督から次のようにつづられた手紙が届いた。
「人と人の間にある、言葉にはしづらい“ゆらぎ”のようなものが音から感じられました」
その内容は、まさに自身が今作品で指針として目指したものと同じだった。
小さい頃から土井監督の作品をよく見ており、「尊敬する存在」と話すharuka nakamuraさん。土井監督といえば、過去作はもちろん、「九条の大罪」(2026年・Netflix)や映画「花束みたいな恋をした」(2021年)など、数多くの話題作の演出を手がけてきたヒットメーカーだ。
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そもそも今回2人のタッグが実現した背景には、土井監督からのオファーがあった。
憧れの人からのオファー、そして思いがつづられた手紙。当時を振り返り、こう話す。「一緒にものづくりができることを光栄に思いました。(手紙の中の)ありがたいお言葉は、その後の楽曲制作期間にも背中を押してくれました」。放送が始まった後、「またいつか土井監督とご一緒できる日を楽しみにしています」と返事を書いたそうだ。
互いの信頼が本作をより良いものへと引き上げていったことは間違いない。
「なるべくファーストテイク」驚きの制作手法2008年リリースの1stアルバム「grace」ではギターを主に奏でていたが、2ndアルバム「twilight」(2010年)からはピアノを主体にし、オリジナル・アルバムを制作。これまで、「音楽のある風景」をテーマにした癒やしを感じる作品の他、テレビCMやドラマなど、数多くの映像音楽も手がけてきたharuka nakamuraさん。2024年には、第48回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞した劇場アニメ「ルックバック」(2024年)の主題歌と劇伴音楽も担当している。
普段から曲を作るときは、頭では考えずに感じたままの即興演奏を生かすようにしているそうだ。なるべくファーストテイクでできたものを大事にし、譜面も書かないという。付加する音やアレンジ、構成は後から考えていく。今回もその自然体のスタイルで取り組み、自分のサウンドを表現していくことができたと話す。
「落とし込みの作業は、シーンのキーワードを伺った上で、マネージャーであり、いつも音楽制作としても携わってくれているone cushion 山口響子とイメージなどを意見交換しながら二人三脚で制作しました」
そうして今作のために、20〜30曲ほど作ったというharuka nakamuraさん。「物語からのインスピレーションも多分にありましたし、ありがたいことに、自然に音楽を作ることができました」と話す。
劇伴音楽とは物語へ捧げる音楽本作では、主人公・瀬尾咲子(演:蒼井優さん)と夫・充(演:松山ケンイチさん)の幸せだった日々や、妻・あずさ(演:夏帆さん)を亡くした園田樹生(演:中島歩さん)と咲子が痛みを共有し、思い出を話したり、時に笑い合うなど、小さな日常の積み重ねの中にある喜びや不安、秘密が描かれている。
haruka nakamuraさんは、そんな登場人物たちの感情に寄り添いつつも、「音楽によって映像の色のようなものをあまり断定的にしないようにしています」とも話す。作品を見る人々の想像をかき立てる“余白”のようなものを感じるのはそのためだろうか。
「自分で制作するオリジナルアルバムのように自由に作る音楽ではなく、物語へ捧げる音楽は、作品に寄り添って混ざり合うことが大切だと感じています。ドラマにおいて音楽は作品を構成するいくつかの要素の一部なので。もし、その距離感を余白と感じていただけたならうれしいです」
初回放送から現在に至るまで、視聴者の間ではさまざまな考察が飛び交う本作。haruka nakamuraさんの元にも多くの反響、感想が届いているという。
「実際に放送を見ると音楽が映像の中で豊かに差し込まれていて、映像作品として一体化した実感が沸きました」と手ごたえを感じた一方で、自身の劇伴音楽について「まだまだ思うことがあり、これからも勉強していかなければいけないもの」だとも話す。
輝かしい実績も評価もある。しかし、そんなことは関係ないのかもしれない。これからも、音楽家・haruka nakamuraの心に響く音楽への追求は続く。
