バックルームズのシステムはまるで「現代社会」。若干21歳の監督が語る、都市伝説を通して考える現実

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2026年08月29日 19:10  CINRA.NET

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Text by 稲垣貴俊
Text by 今川彩香

すべてはたった一枚の画像から始まった。2019年、匿名掲示板に投稿された、黄色い壁紙と古びた蛍光灯に囲まれた何もない部屋の写真。「現実の外側に出てしまうと、バックルームズに迷い込む」——その設定は、都市伝説としてネットに広がっていった。

やがてこのネット怪談(クリーピーパスタ)に興味を惹かれた人々によって、新たな設定や考察などが追加され、インターネット空間における共同創作文化へと発展した。当時16歳のケイン・パーソンズは、「バックルームズ」を短編映像化。2022年にYouTubeへ公開した9分間のその短編は、VHSの記録映像のような質感と、説明を省いた演出で9,000万回以上再生された。

その4年後、彼はA24製作の長編『バックルームズ』で監督デビューし、世界48か国で初登場1位を記録する。たった一枚の画像に魅了され、無限に広がる創作の世界に迷い込んだ少年は、この奇跡と言える長編映画をいかに創り出したのか? なぜ、自身が生まれる前の1990年を舞台に選んだのか? 

現代社会を映し出す「巨大なシステム」としてのバックルームズを、21歳の監督が語った。

―映画デビュー作が記録的なヒットとなったことの感想をお聞かせください。

ケイン・パーソンズ(以下、ケイン):率直にうれしいです。オンラインのコミュニティから生まれた特殊な作品を映画にする以上、ハリウッドというシステムのなかでうまくいかないことがあったり、企業の思惑ゆえぶち壊しになったりする可能性はいくらでもありました。「どんなふうにダメになるんだろう?」と神経質になっていましたが、ファンの皆さんが期待したであろう作品を、単なるファンサービスではないかたちで実現できたことに心から感謝しています。

ケイン・パーソンズ

2005年生まれ。独学で映画制作とVFXを学び、2022年にYouTubeで公開した短編『THE BACKROOMS(FOUND FOOTAGE)』で一躍注目を浴び、シリーズ累計で1億9000万回以上の再生回数を記録。その後も「バックルームズ」世界を軸に短編シリーズを展開し続け、YouTube登録者数は300万人超。本作で待望の監督デビューを飾った。

―そもそも、なぜ「バックルームズ」の象徴的な画像に魅力を感じ、自分で短編映像をつくってみたいと考えたのでしょうか。

ケイン:最初に惹かれたのは、あの写真に写っていた空間が、かつて自分が過ごしたことのある場所によく似ていると感じたからです。けれど、それがいつ、どこだったのかは思い出せない……そんな曖昧で抽象的なものでした。画像と一緒に投稿されていた言葉も、「この曖昧な空間はあらゆるところに存在する、澱んだ環境がひたすら繰り返される無限の空間だ」というコンセプトを示しています。

「もしうっかり、おかしな場所から現実の外に出てしまったら、バックルームズに行くことになる。古く湿ったカーペットの悪臭、狂気じみた単一の黄色、蛍光灯の激しく唸りつづけるノイズ、そして無作為に区切られた約6億平方マイルもの空っぽの部屋——それだけしかない空間に閉じ込められるのだ。近くで何かがうごめく音を聞いたなら、神のご加護を。そいつにも間違いなく、あなたの音が聞こえている」——「バックルームズ」ネット怪談(クリーピーパスタ)

ケイン:「あまりにも曖昧で、それゆえどこにでもありうる場所」だからこそ、バックルームズは多くの人々に響いたのでしょう。しかも、すべてが暗示されるだけで、たしかなものはほとんどない。ある意味では懐が深く、柔軟にさまざまなかたちへと適応させられるコンセプトでした。だから、多くの人が小さな物語やアイデアを考えられた。けれども、映画のような作品や、写真以外での具体的な映像化を試みていた人はほとんどいませんでした。

僕は2020年にBlender(3Dソフト)を学び、2021年の終わりからバックルームズを舞台としたファウンドフッテージ(※)作品をつくりはじめました。最初の作品はデモ映像のようなものでしたが、僕がオンラインに公開したなかで最も成功した動画になった。それだけが理由ではありませんが、この作品をより洗練された、シリアスな物語のウェブシリーズへ発展させられないかと思ったんです。

―YouTubeから映画に進出し、最も苦労したことを教えてください。

ケイン:特に難しかったのは、各フレームの細部にとことんこだわりたいと伝えることでした。ほとんどの映画は、観客が映像を一コマずつ分析し、部屋の位置関係を割り出し、別の区画と照らし合わせることを前提にはしません。しかしYouTubeの作品は通常、細部をできるだけ高い精度で作り込まなくてはいけない。なぜなら、ファンがあらゆる情報を照合し、すべてに意味があると考えるからです。映画の撮影はすさまじい速度で進むので、即座に判断を下すしかなく、時にはそれが理想の選択ではないこともあります。つねに時間に追われるなか、適切な判断を下しつづける。それが映画の世界であり、何よりも大変だったことです。

―YouTubeの短編とは異なり、長編映画はより具体的な物語を必要とします。これまで以上に「バックルームズ」を深く解釈し、物語をつくり込んでいくプロセスはどのようなものでしたか。

ケイン:自分自身に要求したことは、これまでとあまり変わらなかったと思います。僕はYouTube時代から、作品の核心をきちんと理解したい、作品の思考や理念に身を捧げたいと考え、一定のロジックに基づく世界を構築してきました。バックルームズとはいかなるものでありうるのか、そこにはどんな人々がいて、どんな疑問を抱くのか。そんな問いを探究し、さらなる疑問を生み出すような答えを与える作品をつくりつづけています。

もっとも、以前の作品はより分析的で、人ではなく「場所」に焦点を当てていました。映像は人々が撮影したものの断片にすぎず、カメラを持つ人の人生を理解できるほど長くはないので、登場人物の物語には重点を置いていません。しかし当初から、僕はファウンドフッテージの形式を離れ、登場人物が物語を転がす、より従来型の物語形式でバックルームズを掘り下げてみたいと考えていました。

そこで今回は、本来のコンセプトを翻案するのではなく、何も知らない登場人物たちをとおして、あの膨大な世界への入り口を見つけようと思いました。この空間を理解しようと奮闘する人々をとおして、このコンセプトに触れられる作品にしようと。登場人物の体験に没入できれば、予備知識にかかわらず、彼らに降りかかる出来事や、この空間との関係に興味を持てる。「バックルームズ」をまったく知らない人も、何年も追いかけてきた人も楽しめる映画になるはずだと思ったんです。

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

―主な登場人物は、家具店の店主・クラークとセラピストのメアリーです。クラークは自らの失敗から、精神的なバランスを崩していたところ、バックルームズに魅せられていきます。メアリーは彼の治療にあたりますが、うまくいかない。なぜ、このような設定になったのでしょうか?

ケイン:この映画は、建築や物理的なシステムを題材としています。建築物の構成や、家のなかにある家具は、そこに暮らしている人々に大きな心理的影響を与える。主人公のひとりであるクラークは、そういう物理的な要素を理解し、その世界を生きている——己が望んだほどではないものの——人物がふさわしいと思いました。

逆にセラピストのメアリーは、人間は環境の変化や、自らつくった環境にどう反応するのかという心理のシステムを見ている。彼らを通じて、物理的な領域と心理的な領域を両方描くことができました。

また、2人がそれぞれつくっているコマーシャルは、彼らの仕事に関する事実を示唆しています。経済的状況ゆえ、2人は自ら情報を発信し、世間に己のイメージを広めるという、本来ならばやりたくないことをしている。ここでも2人はコインの表裏なのです。

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―物語の舞台を、ご自身がまだ生まれていない1990年にしたのはなぜですか。

ケイン:僕のつくってきた「バックルームズ」シリーズは、主に1990年のカリフォルニア州サンノゼ、シリコンバレー周辺を舞台にしています。そこには、すべてをつなぐ場所だといえるASYNC研究所があり、登場人物は偶然その土地に居合わせている。80〜90年代、数々のスタートアップ企業が生まれて技術革新が進んだ、急速な変化の中心であり、その周縁でもある場所です。

当時、この地にはある種の思想や文化が空気のごとく漂っていました。ASYNC研究所や、映画終盤に登場する人物はそれを表していますが、現在ではそうした文化が、まったく別のかたちで表れていると思います。

バックルームズを、現代の僕たちが対峙している問題の数々——たとえば現在の産業のあり方が社会にもたらすさまざまな影響や、単一の文化がこの世界をのみ込んでしまい、僕たちがひどく狭くて騒々しい箱のなかへ押し込められたこと——を反映するものとして扱うなら、そうした問題が表面化し、すべてが変化していった2000年代以前、いわば「つかの間の猶予期間」だった時代を舞台とするのがいいと考えました。

そうすることで、現実世界とバックルームズの差異を強調できる。すでにバックルームズと同じ論理があからさまに作動している現代を舞台にするより、そのほうが効果的ですよね。

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―ご自身はVHSテープのような物理メディアにはあまり接していない世代ですよね?

ケイン:僕は2005年生まれですが、子どものころはインターネットにあまりアクセスできず、かなりアナログな少年時代を過ごしました。VHSテープで作品を観たり、親戚が残したレコードやテープで音を聴いたり……あの時代の最後を体験したにすぎないとはいえ、そうした経験はあるほうだと思っています。

―インターネットやスマートフォンなどがない世界を舞台にすることにこだわりはあったのでしょうか?

ケイン:iPhoneのようなテクノロジーは、物語の論理を損ない、緊張感を弱めがちなので、基本的に登場させたくないと考えていました。現在の世界はあまりにも便利で、あらゆることが摩擦なく進むようになった、と言えばいいでしょうか。

生々しい恐怖をリアルタイムで描きたいときに、人間同士のコミュニケーションをスムーズにし、切迫した状況からたやすく脱出できる機械があると、世界のルールは確実に変わります。1990年という、あらゆるものが過剰に膨れ上がる時代を選んだことで、創作の自由度は高まりました。

―その一方で、「誰もが既視感を覚える」というバックルームズのコンセプトには、人の記憶や意識が集積されていく「クラウド」的な発想があるような気もします。

ケイン:僕自身はバックルームズを具体的に説明したり、定義づけたりしたくありません。それは映画に語らせたい。この空間を自然や生物のようなものとしてとらえ、登場人物に観察させ、そして説明させたいのです。観客は、彼らの説明を受け入れてもいいし、別の説明を考えてもいい。

けれども見るかぎり、バックルームズとは——それが何で、どこにあり、どう説明しようとも——僕たちの暮らす現実世界、とりわけ人間が作った世界の構造を認識し、解釈し、その情報を内部に蓄える領域のようです。その背後に知性や意図があるのかはわかりませんが、内部でそうした環境を合成し、物理的な空間情報のキャッシュを生成している。もちろん、必ずしも技術的なプロセスとは限らないので、これが現実の「スキャン」だとは言えません。

最もシンプルに言えば、これは巨大なシステムです。僕たちの世界が、物理的にどのような構造をしていて、どんな物質や粒子で構築されているのかという情報に執着し、それらを取り込み、集約しようとしている。ときには人間もそのなかに巻き込まれるのです。

―そもそも、「バックルームズ」をホラーだと考えていますか?

ケイン:僕は「バックルームズ」をホラーとは呼びません。なぜなら、バックルームズをひとつのラベルに限定したくはないから。観客を怖がらせたい場面や、ストレスを感じてほしい場面ではそうした手法を意図的に使いましたが、正直に言うと、僕は(ジャンルという)ラベルは宣伝のためにあるものだと思っています。

強いて言えば、僕は「バックルームズ」を超自然的SFの一種だと考えたい。真の問いは、「実際にバックルームズにアクセスできるとしたら、1990年の現実世界にどんな事態をもたらすのか」ということ。複数の人物を通して、この空間の研究とその帰結を描くなら、もちろん多くは恐ろしいことが起こると思います。しかしそこでは、大きな希望を感じることや、感動的な出来事もたくさん起こりうるはず。そのときバックルームズは、単なる殺人と死にあふれたホラーハウスではなくなると思うんです。

―なるほど。しかし、本作を含むシリーズではバックルームズを恐ろしい空間としてデザインしてきたわけですが、この空間における「恐怖」のカギとは何でしょうか?

ケイン:人間の脳にはとても単純な仕組みがあると思います。「意図的にテンポを制御すれば、新しい情報がだんだんと明かされるだけで、強い魅力を感じる」のです。とりわけ、「もっと知りたい」と思わせる超自然的なコンセプトがある場合は。

バックルームズにも、地図を描くようにして理解が深まり、満足感を得られるシステムがある。したがって、当初からいまに至るまで、その「恐怖」が最もよく発揮されるのはファウンドフッテージ形式だと思います。テンポを落とし、観客の期待をコントロールできる。たとえば廊下を歩いたり、階段を下りたりする時間をわずかに延ばす。あるいはしばらくの間、ただ先に進むだけの時間をつくる。音楽のない都市探検の動画にあるリズムや、森や洞窟といった未知の環境へ足を踏み入れるときの本能的な感覚を与えられるのです。

そのうえで、ジャンプスケアとは異なる恐怖をじっと探します。静かな部屋にいるとき、大きな音より小さな音のほうが恐ろしく感じることがあるように、実際に身のすくむような恐怖には、そういう奇妙なぎこちなさがある。過去20年ほどのホラー映画が描いてきたほど露骨な恐怖ではないけれど、それがバックルームズにはぴったりだと考えています。

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

―今後、あなたの「バックルームズ」はどのように展開していくのでしょうか?

ケイン:この映画は、バックルームズの基本的なコンセプトを広く伝えるものです。今後の創作では、必ずしも現在期待されているような恐怖ではないかたちで、このコンセプトの根底に近づきたいと思います。ある意味では、もう少しコンセプチュアルなものになるでしょう。

先ほどのテクノロジーの話でいえば、いずれ登場人物が未来の技術に興味を抱くことになるかもしれません。人間はいつの時代もそうですが、特に90年代の人々は未来志向だった。そうした文化的なテーマも、このシリーズを通して描いていきたいと考えています。
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