
「お主も悪よのォ」
時代劇などで耳にしたことのあるセリフの“生みの親”で、悪役俳優として名を馳せた田口計さんが、1月27日に亡くなっていた。93歳だった。本人の希望もあって葬儀は行われず、田口さんの長男と次男の2人だけが火葬に立ち会ったという。
1955年に映画でデビューして以来、ドラマや舞台でも幅広く活躍した田口さん。
「人気時代劇シリーズの『水戸黄門』や『大岡越前』、『暴れん坊将軍』などで悪役を演じていましたが、東京大学の文学部英文学科を卒業した知性派でもあり、海外の人気作品の吹き替えでも活躍しました」(テレビ局関係者、以下同)
そんな田口さんは、晩年やり残したことがあったと、次男の淳さんはこう語る。
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「趣味でシャンソンを演奏するグループをつくっていて、ホテルの会場を借りて定期的に小さなライブをやっていました。それを最後にもう一度やりたかったようです。ただ、足元がおぼつかなくなり、声も出なくなってしまっていたので、それが心残りだったのかなと思っています」
パパのシャンソンは最高
シャンソンを愛した田口さんを、家庭では妻が支えていた。
「母は、父の“1番のファン”みたいな感じでしたね。父のシャンソンは特別うまいわけではなかったですが、“パパのシャンソンは最高”と、いつも言っていました。本当に仲のよい夫婦でした」(淳さん)
10年前には、舞台直前に胃がんが見つかったものの、治療を受け、その後は体調も落ち着いていた。夫婦で旅行に出かけたり、食事を楽しんだりと、穏やかな日々を過ごしていたという。次男とフランス人女性との間に生まれた孫娘が幼いころに一緒にフランス語でシャンソンを歌ったことも、田口さんにとっては大切な思い出だったという。
そんな孫娘の一人から、ある日「人生楽しい?」と尋ねられたことがあった。田口さんは、しばらく考えた末にこう答えたという。
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「人生はつらいことが多かったかな」
長い芸能生活の中で、表には出さない苦労があったのかもしれない。それでも、芝居や音楽と向き合い続けた。
夫婦で同じ病室に入院していた
しかし、昨年の秋に田口さんは自宅で不調を訴えて救急搬送される。ほどなくして妻も体調を崩して入院。夫婦で同じ病室に入院していた時期もあった。
その後、田口さんは介護付きの施設へ。身体全体が衰え、施設からは「いつ他界してもおかしくない」と告げられていた。そして、救急搬送から約3か月後、静かに息を引き取った。
「育ててくれたことには感謝しかありません。亡くなったことは悲しいですが、父には本当に“お疲れさまでした”という気持ちです。天国で大切な人たちと再会して、楽しく過ごしてほしいですね」(淳さん)
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悪役として強烈な存在感を放ち、晩年まで芝居とシャンソンを愛した田口さん。今ごろは天国で、旧知の仲間たちと好きだった芝居や音楽の話に花を咲かせていることだろう。
週刊女性2026年9月22日号

