「安打製造機」張本勲さん死去、86歳 引退後は「サンデーモーニング」でお茶の間の人気者に

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2026年09月10日 21:00  日刊スポーツ

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2024年11月、2024プロ野球最優秀バッテリー賞表彰式 笑顔を見せる張本勲氏

プロ野球歴代最多通算3085安打を放ち「安打製造機」の異名で東映、巨人、ロッテで活躍した張本勲(はりもと・いさお)さんが9日、死去した。86歳だった。日本プロ野球名球会が10日に発表した。オリックス・イチローと並ぶ首位打者7回など数多くのタイトルを獲得し、現役引退後は「球界のご意見番」としても人気を集めたレジェンドが、静かにこの世を去った。


   ◇   ◇   ◇


希代のバットマンが旅立った。関係者によると、9日午後3時20分ごろ119番があり、張本さんは東京・大田区の自宅近くの路上に止めた自家用車の運転席で見つかった。その後、病院に搬送され死亡が確認された。事件、事故ではないとみられる。


張本さんは地元広島の松本商(現瀬戸内)から名門・浪商(現大体大浪商)に転校して野球に励み、58年に東映(後に日拓、日本ハム)に入団。松木謙治郎コーチの指導でプロ初年度からレギュラーを勝ち取り、13本塁打で新人王獲得。61年に初の首位打者、62年は球団初のパ・リーグ優勝、日本一に貢献してMVPにも選ばれた。不動の4番外野手として出場を続け、67年からは4年連続で首位打者を獲得した。


76年に長嶋茂雄監督に請われトレードで巨人へ移籍。張本と王で3、4番に座る「OH砲」で同年と翌77年にセ・リーグ連覇の原動力となった。ロッテに移った80年5月にはプロ野球唯一の通算3000安打を達成。81年に引退した。


「安打製造機」、左右に打ち分ける「広角打法」など代名詞も多く、90年には野球殿堂入りも果たした。現役23年間で打率3割以上は16度マーク。3085安打はNPB歴代1位。2752試合出場(同4位)、1676打点(同4位)、504本塁打(同7位)。ベストナインには外野手で16回、オールスターは18度出場。長嶋茂雄&王貞治の「ON」コンビを擁した巨人が君臨し、注目度でセ・リーグに後れを取っていた時代のパ・リーグにおいて、傑出した実力で存在感を示していた。


本塁打王を取ってもおかしくない長打力もあったが、あくまで打率の追求がこだわり。引退後には「今年は本塁打王と思う時もあるんだけど、やっぱり打率が気になるんだね」と語る時もあった。セへの対抗心も人一倍。捕手で20年に亡くなった野村克也さんによると、オールスター戦では「ノムさん、『ON』に打たせないでくださいよ。MVPを持っていかれちゃうから」と言っていたという。


引退後は野球解説者としても活躍し、TBS系「サンデーモーニング」ではレギュラーご意見番として約20年にわたり出演。現役選手らへの歯に衣(きぬ)着せぬ物言いは常に話題となり、お茶の間の人気者となった。最近も7月27日に都内で行われた「サントリードリームマッチ」に出場して打席に立つなど元気な姿を見せており、最後まで野球人として人生を全うした。


◆張本勲(はりもと・いさお)1940年(昭15)6月19日生まれ、広島市出身。58年11月、浪華商から東映に入団。59年新人王。62年は打率3割3分3厘、31本塁打で優勝に貢献しMVP。76年から巨人、80年からロッテ。81年限りで現役引退。通算3085安打はプロ野球記録。首位打者7度、最多安打3度、最高出塁率9度、ベストナイン16度、オールスター出場18度。90年殿堂入り。引退後は評論家を務めた。181センチ、85キロ。左投げ左打ち。

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