「面白かったけど…」『Tシャツが乾くまで』に“共感できない”人たちの言い分。ずっと続いたモヤモヤは“狙い通り”だったのか

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2026年09月17日 16:10  女子SPA!

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画像:『Tシャツが乾くまで』TBSテレビ公式サイトより
 9月11日に最終回を迎えたドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系)。『silent』(フジテレビ系)をはじめ、これまでヒット作を手掛けてきた生方美久氏が脚本を担当するということで、放送前から注目を集めていた。そして放送が始まると、先の読めない展開、心を掻き乱す会話劇などにより、多くの視聴者をくぎ付けにし、ラストまで大きな盛り上がりを見せた。

 ただ、ストーリー展開や登場人物の言動に首をかしげる人も多く、決して絶賛一色ではない。最終回の放送終了後にも、SNS上には賛否両論が寄せられている。最後まで一言物申したい人が多かった理由を考えたい。

◆重厚なサスペンスを期待したら

 まず描き方についての言及は少なくない。1話で凄惨な事故に遭い、幼い1人息子・翔(久保田薫)を残して亡くなったあずさ(夏帆)が、“イマジナリーあずさ”として各登場人物と軽快にコミュニケーションをとっていた。最終話では面識が一切ないはずの咲子の前に姿を現すなど、あずさの作中での扱われ方に首を傾げたくなる瞬間は筆者としても結構あった。SNSを見ても、そこに違和感を覚えた人は少なくなかった印象だ。

 また、1話は「本当にあずさは亡くなったのか?」「事故ではなく事件だった可能性も?」など、いろいろ考えを巡らせたくなる、重厚なサスペンスドラマの始まりを予感させる幕開けだった。しかし、蓋を開けてみると、会話劇中心のヒューマンドラマだったことに拍子抜けした人もいたのではないか。

◆見たい展開しか見たくない人たち

 共感できない部分が多かったことも背景にありそうだ。充(松山ケンイチ)の失踪癖や、咲子(蒼井優)のバツ4など、主要キャラが抱えている苦悩に共感できないという人は珍しくなかった。とはいえ、充が失踪癖になった理由、咲子がバツ4になった理由は説明されている。

 充は「子に無関心な親」に育てられた結果、人と深い仲になることが難しくなった。一方、咲子は”毒気味”の親に育てられた結果、“理想の家族”を希求するようになった。丁寧に描かれていたわけではないが、決して説明不足だったとは思わない。

 そもそも、生方氏が放送前に番組公式サイトで「共感や感動を目指した物語ではないので、人間観察の感覚でお楽しみください」とコメントしている通り、そこはむしろ計算通りな部分と言える。それでも、咲子や充の共感できない言動や性格を人間観察として楽しめず、中には腹を立てる人さえ出てきたことを鑑みると、共感できる展開、もとい“見たい展開”しか見たくない人が少なくないのかもしれない。

◆性愛に由来しない男女の幸福

 樹生(中島歩)と咲子の恋模様の決着に首を傾げている人もいた。樹生は咲子と同棲を持ちかけ、咲子も驚きながらもまんざらでもない表情を見せるなど、2人は良い感じだった。

 ただ、充が帰還して以降は樹生の存在感は縮小。とはいえ、最終回にかつて充が経営していた喫茶店「ひこうき」にて、充と思われる人物からの電話を受けている時、晴れ晴れとした表情を浮かべている咲子を、樹生はどこか切なそうに眺めていた。

 樹生は咲子から女友達認定を受けていたが、この距離感が樹生にとって喜ばしいことなのかどうかはわからない。それでも、あずさを亡くし、両親とは距離を置きたい樹生にとって、自身と1人息子の味方になってくれる咲子が近くにいるのはありがたいように思う。性愛に由来しない男女2人の幸福だってあるはずだ。

◆テレビドラマの功罪

 もちろん、男女の恋の行方を破局か、交際か、という二択ではなく、また異なる“男女の友情”に着地したことに収まりの悪さを覚えるのも無理もない。とはいえ、「ゴールがその2つしかない」と思い込ませてきた主犯格の中には間違いなく“テレビドラマ”がいる。

 本作では、当初あずさと充に不倫の疑いがかけられていたが、それでも男女の友情が成立することが丁寧に描かれてきた。テレビドラマに植え付けられた固定観念を、テレビドラマである本作を通してアップデートしても良いのでは。

◆充にとっての家庭は“鳥かご”から“巣箱”へ

 ラストの咲子と充の選択に対するモヤモヤ感を抱える人もいる。

 咲子は仕事が充実しており、気心知れた友人が周囲にいるため、結婚せずとも幸せであることに気づく。一方、充は離婚したことにより、家庭を“逃げ出したくて仕方のない鳥かご”ではなく、“いつでも帰ってきて良い巣箱”と捉え直すことができた。泣く泣く離婚を選択したが、自分たちなりの幸せの形を模索し、居心地の良い関係性を獲得した。

 従来の夫婦をメインにしたドラマであれば、関係を再修復してもとの形に戻るか、離婚して再出発か、というパターンになりがち。ただ、咲子と充は関係を再修復しているが、もとの形には戻っていない。離婚して2人の関係性が0になり、交わることのない道を別々に歩み始めたわけでもない。

◆人付き合いはもっと多様

 十人十色という言葉があるように、人付き合いも十組十色であって良いはずだ。にもかかわらず、「夫婦」「恋人」「家族」「友達」など、人間関係を表す一般的な呼称は意外と少ない。

 咲子と充の関係はこれらのどれでもありそうで、どれでもない。世間一般で言われている関係性ではない、別の関係性を手に入れた。本作からは「もっと個々人に合った関係性を見つけてみては?」というメッセージを感じた。予定調和を望む人からすれば、中途半端な行く末に映っているのかもしれない。しかし、夫婦、さらには人付き合いの多様さを示す、前向きなラストに思えた。

 好き合っているものの一緒に暮らさない咲子と充、性愛を伴わない友情を築いた咲子と樹生など、本作で描かれた関係性は現実世界ではレア度が高い。しかし、こういった関係が増えていくことで、新しいコミュニケーションが生まれ、人付き合いの選択肢が広がるかもしれない。物申したい人が結構いた、ということはそれだけ芯を喰った内容だったことの表れであるように思う。

<文/望月悠木>

【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki

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