(左から)鈴木芹里乃アナ、北川莉央アナ (C)ORICON NewS inc. テレビ東京で今年、鈴木芹里乃アナウンサー(23)と北川莉央アナウンサー(22)が入社した。オリコンニュースは20日までに、2人にインタビューを実施。2人は6月に迎えた“初鳴き”や半年が経過して感じたアナウンサー業の“ギャップ”を語った。
【写真】とってもフレッシュ!ガッツポーズする鈴木芹里乃アナ&北川莉央アナ 3歳からアナウンサーを志していたという鈴木アナ。母の実家がある石川県に帰省中に元日の能登半島地震の揺れに見舞われた。被害の様子を伝えるアナウンサーの様子を見て気持ちをさらに大きくしたといい「あの時のアナウンサーの姿勢が心に響きました」と語った。
北川アナがアナウンサーを志したきっかけはコロナ禍。医療従事者から涙ながらに現場の状況を聞く機会があったといい「いろんな人の仕事に対する思いを自分の言葉で放送にのせたいと思うようになった」と話した。
入社して10月で半年になる。この間に感じたアナウンサーという仕事とのギャップを聞くと、鈴木アナは「表現することはそれぞれ個性が出るので正解がないと思った。また、自分の発言に責任が伴っていることも改めて強く感じて言葉選びをより一層考えるようになった」と振り返った。
北川アナは「放送のために準備する時間がこんなにも長いんだと感じた」と語る。放送に至るまでにスタッフが何千ページにもわたる資料をつくって情報を集めていることを知り、驚きを感じたという。北川アナが「想像の100倍」と表現すると、鈴木アナは「準備が9割と感じた」と同調した。
2人が初めて放送で自分の声を流す“初鳴き”は6月の『テレ東音楽祭』だった。鈴木アナは「ガチガチに緊張していて、マイクの震えが伝わるんじゃないかというくらいだった」と振り返る。それでもやり遂げ、放送後には友人が「泣いて喜んでくれた」といい、アナウンサーとしてのやりがいを肌で感じる瞬間だった。
北川アナも相当緊張したようで、自分の出番になる直前の数分間は、「世界で一番長い時間だった」と表現した。緊張した時に出るクセだという足のももなどをグーでたたく仕草が止まらなかったそう。出番を終えた直後は実感がなかったというが、母が録画していた映像を見て「本当に自分がしゃべっていた。アナウンサーになったという実感が沸いた」と振り返った。
アナウンサーとしてやりたい仕事について、鈴木アナは競馬番組『ウイニング競馬』と経済番組『Newsモーニングサテライト』を挙げた。競馬に携わりたいのは『ウマ娘 プリティーダービー』が好きだからだという。また、現在はファイナンシャルプランナー(FP)の資格取得に向けて勉強中だといい「ゆくゆくは企画して取材して、番組づくりで深く突き詰めていきたい」と力を込めた。
北川アナは担当したい番組について『ワールドビジネスサテライト(WBS)』を挙げた。入社試験から口にしていたといい「報道に携わりたい。一番、数多くの取材に行ったアナウンサーと言われるようになりたい」と意欲を語った。
学生時代はチアリーディングに打ち込んだ鈴木アナ。自分のことを話すのは苦手だというが、目標のアナウンサー像について聞くと「挑戦させたいと思われるアナウンサーになりたい。恥じらいを捨てて、成果を出せる人になりたい」ときっぱりと語った。
さまざまな人の物語を言葉で伝えていきたいという北川アナは「“困ったら北川で”と言われるような、バラエティーもスポーツも報道も全ジャンルでオールマイティーにできるアナウンサーになりたい。この世に面白くないものなんてないはず。たくさん吸収していろんなことを伝えられるようになりたい」と意気込んだ。