【アストンマーティン・ホンダの現在地】Bスペックカーによる改善では完全に不十分。イタリア&スペインで露呈した深刻な現実

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2026年09月22日 13:10  AUTOSPORT web

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2026年F1第14戦スペインGP ランス・ストロールとフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)
 2026年、アストンマーティンF1チームとホンダはワークスパートナーシップの下で参戦、新たな時代へと踏み出した。ホンダはパワーユニット(PU)マニュファクチャラーとしての活動を再開、チームは天才デザイナー、エイドリアン・ニューウェイの獲得にも成功し、F1での成功を目指す上で強力な基礎を築いた形だ。しかし、今年一新された技術規則の下で、今のところアストンマーティン・ホンダは厳しい状況に陥っている。

 かつてF1チームでテクニカルディレクターの役割を担い、現在は解説者を務めるアンドリュー・ギャリソン氏が、アストンマーティン・ホンダの状況と動向を分析する。

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 こんなことはめったにないのだが、スペインGP後に私は、言葉を失っていた……。50年以上この世界に身を置いてきた私は、何度か退屈さに耐えなければならないレースを経験してきたが、その中でも史上最悪級に退屈だったから、というだけではない。どんな名前で参戦していようとも、私が昔から心から大切に思っているチーム、アストンマーティン・ホンダが、再び最後方の立場に逆戻りしてしまったからだ。予選でQ1を突破することすらできず、ましてやレースでポイントを獲得するチャンスなど、まったくなかったのである。


■モンツァで浮き彫りになった深刻な遅さ

 まずはエンジニアの視点からデータを見てみよう。モンツァで彼らが苦戦することは分かっていた。日本の友人たちはまだ最適な設定ができておらず、案の定、グリーンのマシンはグリッド最後尾に沈み、フェルナンド・アロンソとポールタイムとの差は驚きの3.364秒に達した。

 興味深いのは、タイム差が1周全体にわたってほぼ均等に生じていたことだ。つまり、レズモコーナーでもパラボリカでも、AMR26は特に速くなかったのである。予選においてS1では最速マシンとの差が1.166秒、S2では1.179秒、S3では1.153秒。これ以上ないほど一貫している。

 スピードトラップをざっと見れば、ホンダのパワー不足は一目瞭然だった。S1終盤、ロッジアに入る手前で、アストンマーティンの速度は最速マシンより30.5km/hも遅かった。アスカリへ向かうS2終盤では、その差が27.4km/h。フィニッシュラインでは、おそらく少し優れたエネルギーデプロイメントのおかげで差は17.7km/hまで縮まったが、スピードトラップでは23.4km/hの差があった。

 そこに2台ともDNFという結果が加われば、私にとって、見なかったことにしたいグランプリだったことは明らかだ――とはいえ、今回は現地にいたので、そういうわけにもいかなかった。

 レース後、チームの古株の一人が私にこう断言した。

「マドリードではかなり良くなるよ」

 そこで私は愚かにも、妻に「ちょっと仕事がある」と告げ、いったん帰宅して3日後に再び飛行機に乗ってマドリードへ向かった。


■シャシーの性能不足も明らか

 いやはや、金を無駄にするとはまさにこのことだ……。

 低速シケインが2つ、低速から中速のコーナーが7つ、さらに中速から高速のコーナーが8つあり、そして今や有名となった“モニュメンタル”を備えるマドリンクでは、マシンのパフォーマンスにおいてシャシーの出来が重要な役割を果たすはずだ。

 それを基準にするなら、AMR26はフィールド全体で3番目に悪いということになる。アストンマーティンより悪いのは、キャデラックとウイリアムズだけで、しかもウイリアムズのマシンは、年初から基本的に開発が進んでいない。

 アロンソはなんとかグリッド18番手を確保した。ただし、ハースのオリバー・ベアマンが予選に出場していなかった。そしてアロンソのタイムは、ノリスによるポールタイムよりより3.564秒も遅く、その差はモンツァよりさらに大きかった。

 そして、ここでも各セクターのタイムロスは一貫していた。S1で1.305秒、S2で1.175秒、S3で1.281秒である。

 最高速の差はそれほど大きくなく、11.3〜18km/h程度だった。つまりグリーンのマシンは、ストレートだけでなくコーナーでも同じように遅かったということになる。

 さらに、私がコース脇で見ていた限り、AMR26は縁石をあまりうまく使えないように見えた。そのため、あの偉大なアロンソをもってしても、2つのシケインを本来の腕前を発揮してこなすことはできなかった。


■Bスペックで改善も、根本的なコンセプト変更が必要

 Bバージョンのマシンがオリジナルよりはるかに良くなっていることは明らかだ。しかし、来年のマシンがこれまでのコンセプトから完全に決別したものになることを、心から願わざるを得ない。

 そうでなければ、シルバーストンにとってまた苦難の一年になってしまうだろう。パブで仲間に会うときに、これまでずっとそうであったような、重苦しい落ち込みの中で静まり返っている姿ではなく、笑顔が見たいのだ。

 ホンダの開発トップ交代が発表された。シルバーストンにも新しい血を迎え入れる必要がある。エイドリアン・ニューウェイ一人の力だけでは、2027年にコンスタントにポイントを獲得できるチームになるという奇跡を起こすことはできないだろうから。

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筆者アンドリュー・ギャリソンについて

 パドックでアンドリュー・ギャリソン(仮名)の姿を見逃すことはまずない。身長1メートル90センチ、体重120キロという巨躯を持つアイルランド出身のギャリソンは、モータースポーツ界で広く愛されるベテランであり、あらゆる仕事を経験し、あらゆる人物と仕事をしてきた。彼は、物事を分析するやり方に、きわめて独特なスタイルを持っている。ギャリソンにとって、物事は「正しい」か「間違っている」かのどちらかであり、その中間は存在しない。

 彼はレーシングカーについてあらゆることを語ることができる。なぜなら、実際にそれに関連するすべてを経験してきたからだ。10代のころからレーシングメカニックとして働き始めたギャリソンは、20歳になる前に見習いメカニックとしてF1の世界に足を踏み入れた。しかし、そのわずか2カ月後には、下位カテゴリーのレースでチーフメカニックを任され、チームトラックのドライバーも兼ねながら、地元のスーパーマーケットでサンドイッチを買い出しする係まで担当するようになった。

 やがて彼はチームのナンバーワン・メカニックに就任、実践的なアイデアが次々と採用されたことでデザインチームにも加わった。これが契機となり、やがて彼は、自身でシャシーを設計して出場する下位フォーミュラで活動するようになる。

 約10年間、自らのチームを運営し、他チームのエンジニアリングを手伝い、トップデザイナーたちの失敗も間近で見てきた後、ギャリソンはテクニカルディレクターとしてF1へ復帰。引退の時を迎えるまで、その職を務め続けた。

 声が大きく、歯に衣着せぬ物言いのギャリソンは、今もかつての部下たちに静かな畏怖の念を抱かせる存在だ。彼らの中には、いまやテクニカルディレクターやチーム代表になっている者もいるが、誰もが今もなお、ギャリソンに一目置いている。

 本人は新しいテクノロジーには少々ついていけなくなったと率直に認めているが、基礎に関する知識は深いため、今は、技術面だけでなく人間関係の問題についても語れる解説者として、高く評価されている。

[オートスポーツweb 2026年09月22日]

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