【映画コラム】戦争が終わった後に残るものは…『ハート・オブ・ビースト』『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

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2026年09月25日 08:20  エンタメOVO

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『ハート・オブ・ビースト』(9月25日公開)




 かつて陸軍特殊部隊で生死を共にした退役軍人のジェームズ(ブラッド・ピット)と、元軍用偵察犬で義足のオーディン。戦場を離れた現在も、彼らは相棒として深い絆で結ばれていた。

 ところがアラスカ上空を飛行中、思わぬアクシデントに見舞われ、「魔の領域(ハート・オブ・ビースト)」と呼ばれる奥地に不時着してしまう。彼らは生還を目指し、互いに支え合いながら過酷な大自然を進んでいくが…。

 アラスカ奥地に取り残された退役軍人と義足の元偵察犬。そんな“一人と一匹”のサバイバルを描くところに、本作の面白さがある。

 これまでにも、さまざまなシチュエーションで主人公一人の生存を描く映画は数多く作られてきた。『キャスト・アウェイ』(00)のトム・ハンクスや『オール・イズ・ロスト〜最後の手紙〜』(13)のロバート・レッドフォードのように、ほぼ主演俳優の独り舞台となる作品も珍しくない。

だが、そこに一匹の犬が加わるだけで、“一人サバイバル映画”の描き方が大きく変わってくる。

 しかも、ジェームズとオーディンは、共に戦争による身体的、精神的な傷を抱えている。ジェームズだけでなく、オーディンも戦場での経験によるトラウマを抱え、時折フラッシュバックに襲われる。

 だから、本作におけるサバイバルには二つの意味がある。一つは、激流や断崖、野生動物などが待ち受けるアラスカの大自然から生きて帰ること。もう一つは、戦場で負った心身の傷を抱えながら、過去をどう乗り越えて生きていくかということだ。

 単なる自然対人間のサバイバルではなく、生き残るとは何なのかを、一人と一匹の関係を通して描こうとしているところに本作のユニークさがある。

 その意味では、間接的な手法で戦場を描いた『ヒンド・ラジャブの声』、戦争から生還した兵士のその後を描いた『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』、そして大自然でのサバイバルを通して戦争の傷を描いた本作が、相次いで公開されたのは象徴的だ。

 アプローチはそれぞれ異なるが、いずれも戦争が終わった後にも残り続けるものに目を向けている。戦争が続く現在、こうした作品が相次いで作られることには、戦争が人間に何をもたらすのかを問い直す意味もあるだろう。

 もっとも、本作で何より目を奪われるのは、壮大なアラスカの自然と、オーディンのけなげな姿だ。

 義足というハンディキャップを抱えながら主人公を支え続ける彼の存在感は強烈で、気がつけばブラピを完全に食っている。ブラピ自身も、オーディンを演じたジャーマン・シェパードを「この映画のトップスター」と称しているほどだ。

 もちろん、ブラピあっての企画であることは間違いない。だが、これほどまでに“共演者”にお株を奪われる大スターというのも珍しい。

 よくこんな“損な役”を引き受けたものだと思うが、考えてみれば、人間の共演者に食われるよりは、犬に食われるほうが、まだましなのかもしれない。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(9月11日公開)




 ニューヨークの貧しい家庭に生まれたアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン(ロドニー・ヒックス)は、貧困と差別から抜け出すため18歳で海兵隊に入隊する。1966年、ベトナム戦争の最前線へ送られ、そこで強いられたのは“敵”を殺すことだった。

 23歳で帰国しても戦争は終わらなかった。大きな音や暗闇におびえ、家族との関係も崩れ、やがてホームレスになる。ネルソンを待っていたのは、過去の記憶にさいなまれる日々だった。

 本作が興味深いのは、ネルソンを単純な「戦争の被害者」として描いていないことだ。彼は戦争によって傷つけられた人間であると同時に、戦場で人を殺した側でもある。その二つが切り離せないところに、戦争の恐ろしさがある。

 塚本晋也監督は、ベトナム戦争に従軍した兵士の体験を基に、「人を殺した者は、その後をどう生きるのか」という問いに向き合う。『野火』(14)でも戦場で人間性を失っていく兵士を描いたが、本作では戦争が終わった後まで続く苦しみに焦点を当てた。

 70〜80年代のアメリカ映画には、『タクシードライバー』(76)『ディア・ハンター』(78)『地獄の黙示録』(79)『ランボー』(82)『プラトーン』(86)『フルメタル・ジャケット』(87)『7月4日に生まれて』(89)など、ベトナム戦争を題材にした作品が相次いだ。戦場そのものだけでなく、帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)や社会への不適応、戦争が人間に残す傷も描かれてきた。

 しかし、戦争から半世紀以上が過ぎた現在、ベトナム戦争はかつてほどアメリカ映画の中心的な題材ではない。そんな時代に、日本人監督がこの戦争と向き合ったことには意味がある。

 ベトナム戦争の当事者ではない塚本監督だからこそ、ネルソンを英雄にも単純な犠牲者にもせず、「あなたは人を殺しましたか?」という問いを真正面から投げかけることができたとも考えられる。

 そして今、この映画を見ると、ウクライナやパレスチナ、イランで続く戦争を思わずにはいられない。戦場で銃を持ち、人を殺す兵士たちは、戦争が終わった後、その記憶を背負って生きていかなければならない。本作の問いは、ベトナム戦争という過去の出来事に限らないのだ。

 ネルソンの人生に変化が訪れるのは、自らの戦争体験を人前で語り始めてから。退役軍人病院でダニエルズ医師(ジェフリー・ラッシュ)のカウンセリングを受け、過去を言葉にしながら自分自身と向き合っていく。

 ただし、人を殺したという事実が消えるわけではない。過去を語ることは、罪や傷を帳消しにするためではなく、その記憶とともに生きるための一歩として描かれている。

 子どもの頃、ベトナム戦争を遠い外国の出来事として見ていたであろう塚本監督が、半世紀以上を経て、その戦争で人を殺した兵士の心の奥に分け入った。そのこと自体に深い感慨を覚える。

 本作のタイトルは、ネルソン一人に向けられた問いではない。戦争を遠くから眺める私たちもまた、その問いから逃れることはできない。

ベトナムからウクライナ、パレスチナ、イランへ。戦争の場所が変わっても、「人を殺すとはどういうことなのか。そして、その後を人はどう生きるのか」という問いは消えないのである。

(田中雄二)

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