山暮らしする東出昌大(写真/尾藤能暢)山に暮らし、遊び、思索する――。時に含蓄あるセリフを吐いたかと思いきや、時に斜め上の言動でファンを驚かせる東出昌大。今、何かと目が離せないこの男は文章でも人を惹きつける。9月に彼の山暮らしの日々を綴った24扁のエッセイ『誰が為にか書く〜東京から離れた山暮らし日記』が刊行され、人間の生きる力とは何かを考えさせられる。そんな東出昌大のエッセイのなかから、同書籍未収録のエピソードを紹介しよう。
ある夏の朝、渓流釣りへ出かけた東出昌大が目にしたのは、釣り糸に絡まり木にぶら下がるカケスだった。「きっとこの釣り糸は、以前オレが来た時に枝に絡ませて回収出来なかった奴だ」直感的にそう思い、手を伸ばして糸を手繰り寄せるが――。
(以下、東出昌大の寄稿)
◆ミミズ36匹でイワナ38匹釣る=殺した命の数
7月28日、7時50分起床。本当は6時くらいに起きるはずが、昨晩も猟師仲間と5時間にわたる宴会をし、痛飲した為に二日酔いでグズグズと起き出した。今日は楽しみにしていた釣りだというのに、昨日の酒とタバコが背骨や肩にベットリ貼り付いているようで、身体が重く呼吸も浅い。昨日作った常温の麦茶を500mlほどゴブゴブと飲み込む。ひと息つき一昼夜の間に麦茶が饐え始めたことを感じるが、これくらい何の問題もない。
米を炊き、その間に身支度。最近飼いはじめたミミズのコンポストから活きのいいミミズを一匹ずつつまみ出しては餌箱にプッと入れていく。野菜屑や卵の殻などをミミズコンポストに入れると、ミミズがそれを食事にし、成長、繁殖をしてくれる。ミミズの排泄物などが混ざった土は最高の肥料になるし、釣具屋でミミズを買う必要も無くなり、穫れたてでニオイの強いミミズはイワナに対してバツグンのアピール力を持っている。そして何より小さな循環が生まれているようで嬉しい。
炊き上がった米をジップロックコンテナにミチミチに入れ、上にクマの時雨煮と梅干しを載せ無理くり蓋を閉める。軽トラに乗って、目的の川に着いたのは8時半だった。川の源流部を目指すべく1時間ほど山を登り、清流で喉の渇きを癒し、いざ竿を出す。
太陽は川と私に燦々と光を注ぐが、午前中のそれはキモチイくらいで暑苦しい熱線の印象は感じない。草はそこそこ伸びる前に鹿が食べ尽くす為、木以外の緑は少ない。
渓流釣りはヘラブナ釣りや海釣りのようにキャストしてからボーッとしていることは余り無い。自身も膝下まで川に浸かりながら、釣ってはポイント移動の為に遡上を繰り返す、移動の釣りである。釣りをはじめて30分ほど経った頃か、遠くの木の枝の下、振り子運動をする何かが見える。あの大きさにあの動きは、人工物か? 誰かが意思を持って木の枝にぶら下げて行ったのか? 段々近づくにつれ、それが鳥だという事に気付き、その異様な光景を間近で見ようとそばまで来て、釣り糸に絡まったカケスが首吊りのような状態で縊死している事に気付いた。
数秒、呼吸を忘れたように思う。
「きっとこの釣り糸は、以前オレが来た時に枝に絡ませて回収出来なかった奴だ」と直感的に思った。その針の先端に付いたミミズをカケスは食べようとし、口や首に引っ掛かり、吊るさった状態で死んだのだ。申し訳ないことをした。と思えど、命は生き返らない。カケスの重みで手が届くところまで下りてきている糸を手繰り寄せ「この鳥のせめて胸毛だけでも毛針に使って、命を繋げる何かに使おう」と思ったが、腐臭を放ちながらボチョボチョと崩れ落ちる体液に塗れながら、数匹のモンシデムシが出てきた。
腐臭を嗅いで、森の葬儀屋はこの吊るされた状態のカケスまで飛んで来たんだ。そして死肉を喰らい、命を繋げていく。カケスの死が無駄では無かったような気がして、だとてカケスには申し訳なくて。今日はミミズ36匹でイワナを38尾獲った。それはイコール殺した数で、回収出来なかった釣り針はカケスを殺したし、この川に来るまでにアリやバッタやトビケラも踏みつけて殺したと思う。
川べりで弁当を広げる。殺したクマの肉を食べながら誰かが作った白米を頬張り、人間ばかり恵まれ過ぎてやしないかと考えていた。
【東出昌大】
1988年、埼玉県生まれ。’04年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」でグランプリを獲得。’12年、映画『桐島、部活やめるってよ』で役者デビュー。現在は北関東の山間部で狩猟生活をしながら役者業をしている。著書に『誰が為にか書く〜東京から離れた山暮らし日記〜』がある