2026年のWEC富士6時間レースを制した8号車トヨタTR010ハイブリッド 『for the Engineering Race』という新スローガンを掲げて2026年のWEC世界耐久選手権を戦っているトヨタレーシング。9月27日に富士スピードウェイで行われた第6戦の6時間レースでは、1周のラップペースでは決して最速ではなかったものの、チームの的確な戦略判断とドライバーの技量を武器に、見事大逆転優勝を飾った。
地元戦勝利の歓喜に揺れるパドックで、8号車のレースエンジニアを務めるライアン・ディングル氏に、大逆転の舞台裏を聞いた。
■「あそこでタイヤを換えないのは、当然の選択」
8号車TR010ハイブリッドは、セバスチャン・ブエミがスタートドライバーを務め、ブレンドン・ハートレー、そして平川亮とつないで6時間を戦った。通常、6時間レースでは真ん中のスティントを担当することが多い平川だが、ライアンエンジニアによれば、今回の富士ではある確信を持って、平川を最終スティントに抜擢したという。
「亮は富士で速いから」と、日本のレース界でキャリアを積んだ後、ドイツ・ケルンのトヨタレーシングに渡ったライアンエンジニアは流暢な日本語で説明する。
「そして、天気予報を見ると最後に雨が降るかもしれなかった。亮はそもそも富士での雨の経験が豊富だし、今週末だけを見ても土曜日に雨の中で一番走ってた。だから、最後にあの状況とポジションで亮がクルマに乗っていて、ちょっと安心していたんだよね」
その状況とは、残り45分、セーフティカー下で行われた最終ピットストップを指す。この直前、6番手を走行していた8号車はこの一斉ピットの際、タイヤ無交換と短い給油時間のおかげで、首位に浮上する大逆転を果たしていた。
「あそこでタイヤを替えないのは、当然の選択ですね」とライアンエンジニア。
「前後のクルマのタイヤの状況とか、残りのレース距離を考えると、あそこはトラックポジション優先だから」
そして、一番のカギとなったのは短い給油時間だ。ピットアウト後、『FIA WEC+』アプリ上で確認できたバーチャル・エナジー・タンクの容量は、8号車がどのライバル勢よりも少なかった。ともすれば、「チェッカーまでガス欠にならずに走り切れるのか?」と心配にもなる動きだが、この給油量は冷静な判断から生まれていた。セーフティカー導入の原因となった1コーナー手前でのクラッシュで破損したバリアの修復に、ある程度時間を要すると読んでいたのだ。
「バリアのダメージを見て、ちょっとこれは時間がかかるんじゃないか、とチームで考えていた。最後は、デビッドさん(デビッド・フローリー/テクニカルディレクター)が、『残りの(グリーンフラッグ下での)レースはこれくらいの周回だ』と判断してくれて、その分のエネルギー(燃料)を入れました。だから、デビッドさんの判断でチームは助かりました」
トップで平川をコースに送り出すことには成功したものの、まだ安心はできなかった。背後には15号車BMW Mハイブリッド V8、その後ろには今週末ずっと速さを見せ、決勝も常にリードし続けた36号車アルピーヌA424がいた。そして、残り20分でレースは再開する。
「正直、BMWはうまく(あの位置に)来てくれたな、と(笑)。BMWはその前のスティントのペースを見ても、うちの方がペースは良いと思っていたし、彼らもタイヤ交換はしていなくて。もちろん、彼らの最高速は心配ではあったんだけど、亮がリズムに乗っていたら行けるだろうと思ってた」
その読みどおり、平川は15号車BMWに対するリードを拡大。しかし、36号車アルピーヌのビクトール・マルタンスは15号車BMWをオーバーテイクし、残り数分のところで平川のテールに迫った。
「アルピーヌは今週末ずっと速かったけど、前に亮がいてクリーンなエアでは走れていなかったから、最後はそこまでのペースではなかった。それはもちろん、亮のスキルで、あのペースで走ることができたから。亮じゃなかったら、いけなかったかもしれない」
0.5秒という僅差でフィニッシュラインに逃げ切った平川は、レース後の記者会見で、最後の数周はチームから無線で的確なフィードバックがあったと感謝していたが、エンジニアサイドからは、36号車アルピーヌが15号車BMWをターン15でオーバーテイクしたことを伝えていたという。
「あとは、エナジータンクは余裕があったから、好きなエネルギーを使っていいよ、という話。あとは応援の言葉も入れながら、やりました(笑)」
なお、勝負を決めた最後のピットに至るまでも、8号車は戦略的な動きを採っていた。中盤、ブエミからハートレーへと交代する際にも、同時ピットインしたライバル勢よりわずかに給油量を減らすことで、トラックポジションをふたつ上げていたのだ。「オーバーテイクよりは、前に出てポジションを守るほうがいい」というのがその判断の根拠だった。
今回のトヨタはピットボックスが1コーナー寄りだったことも、戦略的な動きが取りやすかった要因であったかもしれない。同時ピットしたライバル勢の給油時間を確認した上で、リグを引き上げるタイミングを調整し、前に出ることも可能だからだ。(追記:後に中嶋一貴チームディレクターに確認したところ、このピットでのショートフィルはピットイン前に決めていたとのこと)
開幕戦では優勝を飾ったものの、シーズン最大の一戦であるル・マンでは僚友の優勝を3位表彰台から見守ることとなり、悔しさも味わってきた8号車陣営。富士での劇的な逆転勝利を、「ホームレースだし、もう最高!」とライアンエンジニアは手放しで喜んだ。
そして、残り2戦を前にしてランキングリーダーの座にも立った。
「残り2戦、もしかしたらウチとしては一番(相性の)いいサーキットではないかもしれないけど、今よりもいいポジションはないわけだから、頑張っていきたいと思います。ありがとうございました!」
最速のマシンでなくとも、最適な判断を下してミスなく戦えば、勝利を奪えるのが耐久レースの醍醐味。その“強さ”を残り2戦でも体現して、タイトルを目指していく構えだ。
[オートスポーツweb 2026年09月27日]