横山めぐみ(写真は2012年) (C)ORICON NewS inc. 脚本家・劇作家・演出家の倉本聰さんが9月18日夕、多臓器不全のため自宅で死去した。享年91。倉本さんが理事長を務めていた財団が28日、発表した。『北の国から』で俳優デビューした横山めぐみは所属事務所を通して追悼コメントを発表した。
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横山は「倉本先生がお亡くなりになったという知らせを、先程受け取りました。亡くなられたのが9月18日ということですが、その日は先生の丸い文字を思い出しながら、先生の真似をして原稿用紙に万年筆で、文章をしたためておりました。私は1987年『北の国から’87初恋』で純くんの初恋の相手、れい役としてデビューしました。当時は『倉本聰の秘蔵っ子』とメディアに取り上げていただきました」と回顧した。
続けて「その後も『北の国から』シリーズ シリーズ・街『川は泣いている』『やすらぎの刻〜道』に出演させていただきました」とし「『セリフの語尾を変えない。語尾にはその人物のキャラクターを表現しているのだから。』という先生の教えが忘れられません」と悼んだ。
「お酒の嗜みも先生に教えていただきました」とし「数年前に京都から電話したのが、最後になってしまいました。私の『真珠夫人』の成功を喜んでくださり、『よろめきドラマのよろめき夫人だね』なんておっしゃって、『次は京都で会おう』と。その約束が果たせないままになってしまいました」と最後のやり取りも明かした。
最後に「倉本先生の『北の国から』のおかげで、今の私があります。感謝の気持ちでいっぱいです。心の整理がまだついておりませんが、倉本先生のご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。
倉本さんは、1935年東京出身。東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行い1963年退社後に独立。1977年富良野に移住して居を構えると、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。
代表作には国民的ドラマ「北の国から」をはじめ「優しい時間」「風のガーデン」の“富良野3部作”の他、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」など多数。2024年秋には構想60年の映画脚本「海の沈黙」を手掛けるなど数々の名作を輩出した。
2006年より「NPO法人C・C・C富良野自然塾」も主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い、元の森へと返す〈自然返還事業〉と、そのフィールドを使った〈環境教育プログラム〉にも精力的に力を注いだ。