
お笑いコンビ『尼神インター』として活動していた誠子が9月25日、自身のXで自ら“仕事募集”を呼びかけ、注目を集めている。
《たくさんお仕事がしたいです 夢を叶えるため、やりたいライブをするため。冒険のようなお仕事がしたいです ご依頼内容や企画相談などを明記の上、ぜひご連絡ください。誠子より》
4月には携帯電話の番号も公表
添えられていたのは、柳の木の下で撮った笑顔の自撮りと、仕事用のメールアドレスだった。
「今の時代、仕事用とはいえ、不特定多数のSNSユーザーが閲覧できる場所にそのままアドレスを公開するのは極めて異例です。専用の問い合わせフォームや公式サイトを窓口にする方法もあるだけに、かなりオープンな“仕事募集”といえるでしょう。ただ誠子さんの場合、4月にもメールアドレスに加えて携帯電話の番号まで公表して同じく《冒険がしたいです》と投稿し、話題になったこともあります」(芸能ジャーナリスト)
大胆なアピールに対して、Xでは、
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《まず自分が何ができるかを伝えなくちゃ》
《何がしたいかじゃなくて 何が出来るかなんだよ》
と、具体的な“売り”を求める声も上がっているが、その積極性の裏には不退転の覚悟があった。
「2007年、NSC大阪の同期・渚(現・ナ酒渚)さんと尼神インターを結成し、ボケを担当した誠子さん。“勘違いブリッ子”の彼女に、ヤンキーキャラの渚さんが容赦なくツッコむ漫才で頭角を現し、全国区の人気者となりました。
しかし'23年12月、翌年の活動を話し合う席で、渚さんが突然“解散したいです”と切り出し、そのまま部屋を出たそうです。誠子さんは“解散するからには、でっかいチャレンジを”と、これを機に19歳から所属した吉本興業の退社を決断。'24年3月末からフリーとして歩み始めたのです」(スポーツ紙記者、以下同)
以降の歩みは、まさに“冒険”の連続だ。
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「下北沢の劇場に手書きの企画書を持ち込んで演劇コントを上演。'25年12月から全国5都市のライブハウスで開いた初の単独ツアー『Tsuki-月-』では60分の創作落語に挑み、バンド演奏ではオリジナル曲も披露しました。料理家と手がけるライフスタイルブランド『merci』のプロデュースにも力を入れています。
今年4月には、20代からの夢だった京都へ移住。ヨガで20キロの減量に成功した姿も注目を集めました。10月からはラジオ関西の昼の生ワイドラジオ番組『Clip』の月曜パーソナリティーとして、地元・兵庫での生放送レギュラーも決まっています」
一見すると仕事も順調に見えるが、なぜ今“公開営業”なのか。
「本人としては、何か特定の仕事をやりたいというわけではなく、自分にどんな仕事が向いているのか、広くアイデアを募りたいのでしょう。バラエティー、ラジオ、落語、音楽、ブランド業と引き出しは多い。それをクライアントがどう料理してくれるのか、相手側に委ねるスタンスにも見えます」(前出・芸能ジャーナリスト)
柳の下で見せた、あの笑顔。フリー3年目の誠子の“冒険”は、まだ始まったばかりだ。
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週刊女性PRIME

